東の森の迷宮探索 - 報告
遅い時間になったが、ガルディアの町まで帰ってきた。
冒険者ギルドに入ると、受付の窓口にレダさんが座っている。
「お、帰ってきたさね。別パーティからも報告が入ってるけど、迷宮内に魔法門が開いたって?」
「はい。2階のキマイラを倒したら開いたんだと思います」
「なるほど。……え? キマイラ? 詳しく説明するさね」
そうだ、この世界だとレベル40を超えた辺りで、手ごわい魔物と認識されるのだった。
レダさんはわたしたちの強さを知っているので、他の冒険者に危険が及ぶかもしれないと考えたのだろう。
迷宮の2階に入ったところから、順番に報告する。
「ふむ。2階はキマイラだけと言ってもオーラ持ちと……。3階は……。あ、これ貼っておいておくれ」
レダさんが手元の用紙にメモなどを書きながら、何か考えている。
丁度、近くを通りがかった他の職員に指示もだしていた。
「明日の同じぐらいの時間にもう1度、2階を回ってもらえるかい? 今、ガルディアにいる冒険者で、キマイラを相手にして確実に対処できるのはミーナちゃんたちだけさね」
「構いませんよ」
迷宮に存在する魔物は、基本的に迷宮が消えるまで再出現し続けるが、各魔物によって時間差がある。
再出現するタイミングが分からないので、レダさんは24時間以上空けてから確認したいのだろう。
今日は早めに町を出たので、明日は少し遅めの時間に出発すれば24時間後になる。
ドゥニさんたちのように手慣れたC級のパーティならキマイラとも戦えると思うけど、念のためかな?
「他に何か気付いたことはあったかい?」
「あ、レダさん。魔物たちが不利だと判断して逃げたんですが、よくあることなんですか?」
クレアが問いかけた。
わたしとリルファナは、ゲームと違うんだなぐらいにしか捉えなかったけど、クレアも気になったのか。
「そうだねえ……。絶対ないとは言い切れないけど、一部の魔物を除いて動物型の魔物はあまりそういうことはないさね」
実際に『魔物』と分類される動物は、死ぬまで戦い続けることも多いらしい。
そもそも動物と魔物の分類自体が、あれは危険だから魔物、あっちのは襲ってこないから動物といった感じでゆるいものだ。それと、レベルの低い魔物では逃げることを優先する魔物もいる。
「それですと、あの迷宮の魔物は頭が良いのかもしれませんわね」
「ふむ。単に臆病なだけなら問題ないが、知恵が回るとやっかいさね……」
レダさんがメモを取る手を止めた。
「報告はこれで十分かね。今日は情報をまとめてから帰るから、夕飯はギルドで食べるさね」
「分かりました」
迷宮や強力な魔物が出現するとギルドマスターは忙しくなるようだ。
報告の報酬を受取り、素材も買取カウンターで売っていくことにする。
キマイラの肉も、蟹の甲殻も多すぎて使いきれないからね。
ついでに、さっきレダさんが職員さんに渡していた張り紙を読むと、『2階に特殊スキル持ちのキマイラの目撃情報あり。調査中。しばらくはB級以上推奨』と追記されていた。
オーラ持ちだからかB級以上推奨としているようだ。
討伐を成功させた、わたしたちが確認するように頼まれたのも納得できる。
隣の建物にある買取の受付には、いつものお兄さんがいた。
「おう、久しぶりだな」
そういえば、ここ最近は買取を頼みに来てなかったね。
買取をお願いして、解体してきた蟹の素材やキマイラの素材を並べる。
ファングシールの素材もあるが、炎属性で倒してしまったせいか、あまり品質はよくなさそう。
「お、蟹か。迷宮に行ってきたのか?」
「はい。やっぱり持ち込みが多いんですか?」
「ああ、蟹はちょっと過剰気味だな。素材としては悪くないし、王都やアルジーネのギルドに運ぶことになりそうだ」
最近の持ち込み量が多いため手慣れたのだろう、蟹の素材はさっと目を通しただけで査定が終わったようだ。
「んで、……こっちのは初めて見るな」
「キマイラとファングシールです」
「魔獣と、こっちのは海の魔物か? どっちもあまり見ない素材だな」
お兄さんが、色々な道具を使って並べた素材を確認していく。
大きさ、柔軟性、何に使えそうかなどを調べているのだろう。
「かなり上等な魔物の皮だな。こっちの肉は油が多い。捨てちまってるみたいだが、油も持ってきてくれれば使えそうだ」
キマイラの皮の査定のあとはファングシールだ。
肉の周囲に付いている油の塊を見ているけど、燃料か何かに使えるみたい。
基本的に使い道が分からなければ捨てちゃう部位なんだよね。次からは持ってこよう。
「どこかの店に持ち込みで、装備を作ってもらえば良い装備が作れそうだけど、買取でいいのか?」
「はい、お願いします」
「了解。ええと、全部でこんなもんだな」
合計で小金貨8枚と大銀貨2枚となった。キマイラの素材が大半を占めているらしい。
お金はギルドカードに入れて貰う。
レダさんに夕飯は不要だと言われたので、夕飯は『がるでぃあ食堂』で済ませてから家に帰ることにした。
◇
のんびりと夕飯を食べて帰宅。
とりあえず宝箱から出たアイテムを鑑定することした。
ネックレス、短剣、7枚のコイン、ポーチ、水色レンズの眼鏡、上品なガラス瓶だ。
テーブルに並べて、3人で気になったものを交互に鑑定していく。
まずはリルファナがガラス瓶を取った。
「耐久上昇(大)、品質劣化防止(大)となっていますわ。耐久上昇はガラス瓶の割れにくさですわね」
「素材が手に入りにくい薬を入れるのに良さそうだね、リルファナちゃん」
「ええ、そうですわね」
クレアはネックレスを選ぶ。
銀色の細いチェーンと、小さな飾りでシンプルなものだ。
「防御力上昇(小)、魔力上昇(小)、魔力回復(小)だって!」
「3つも付いているのは良いですわね」
「クレアが使うと良さそうかな」
「うん、分かった!」
わたしとリルファナは、魔力が切れても戦える。
そもそも魔力量が多いので、魔力切れまで戦うこともほぼないだろうけど。
「眼鏡にしようかな?」
「アクセサリー系の装備だと良いですわね」
「『鑑定』」
鑑定結果は視力補正(小)、青色光軽減(小)。
青色光ってパソコンとかスマートフォンから出ているブルーライトのことだよね。
この世界にあるの……?
「微妙……?」
「お姉ちゃん、青色光ってなに?」
クレアには分からないよね。
わたしにも光の波長を知らない相手に説明できる自信がないよ。
「青色に見える光のことですわ!」
「リルファナちゃん、それを軽減するとどうなるの……?」
「青色をずっと見ていると目に悪いと言われていますの。そのような環境にいる特別な職人用だと思いますので、あまり気にしなくても良いと思いますわ」
「そうなんだ」
リルファナの説明で、青水晶の加工職とか、そういう人が使えるのかなと思いついた。
そもそもそういった人たちがブルーライトの知識を持っているか分からないし、そのぐらいで目にダメージがあるかは知らないけど。
残りはポーチ、短剣、7枚のコインの3つだ。
「次はお姉ちゃんからね」
クレアにより、わたしから鑑定することになった。
「マジックバッグっぽいポーチにしようかな」
普段から使うかもしれないというものを色々と持ち歩いているので、採取品次第ではマジックバッグの容量も足らなくなりそうになってきている。
所持できる量が増えるだけでもありがたいのだ。
鑑定するとマジックバッグ、容量(小)、冷蔵機能(大)とでた。
前はミレルさんが鑑定したから知らなかったけど、ちゃんとマジックバッグって表示されるんだね。
そして最後の冷蔵機能。これは欲しかったやつだ。
ラーゴの町で聞いた話だと、すごい珍しいんじゃなかったっけ。
「これ冷蔵機能付きだよ!」
「ええ! すごく高いんじゃなかったっけ?」
「すごいですわ!」
2人もびっくりしている。
「お弁当とか、食材も持ち歩きやすくなるよ」
「あとで試してみましょう」
冷蔵機能の部分がどの程度の効果なのか、しっかり確認しておかないとね。
「私は短剣にしようかな」
クレアのことだから何となくコインにするかと思ったけど、前に2人で見つけた硬貨も、古いだけで何もなかったから避けたのかな。
見た目はシンプルな鞘に入った短剣で、わたしが作ったものと大して変わらない。
迷宮の宝箱から出たのだから、何かしら効果はついていると期待しているけど。
「氷結効果、氷属性強化(小)だって。リルファナちゃんが使う?」
「それが良いかも」
「では使わせていただきますわ」
リルファナが短剣を鞘から引き抜いた。
真っすぐな透き通った氷の刀身が輝いている。
「あ、これ……。アイススティングですわ」
「え、セット装備?」
セット装備は、セブクロでは一番レアリティが高く、同じ名称のセット装備を揃えることで追加の効果を発揮する装備のことだ。
アイススティングは『氷と炎の協演』と呼ばれるセット名だったかな?
ファイアスティングと呼ばれる火属性の短剣と対になる、2つだけのセット装備。
たしか、セット効果も単純に武器の攻撃力が増すぐらいだったと思うけど、40レベルぐらいで使える初心者向けのセット装備だったはず。
「お姉ちゃん、セット装備ってなに?」
「ええと、いくつかまとめて使うと、特別な魔法効果がつく装備のことだよ」
「そうなんだ」
うっかり、セット装備と口走ってしまったが、何でそんなこと知ってるのと聞かれなくて良かったよ。
「では、最後のコインを鑑定しますわ」
リルファナがコインを鑑定する。
「なんでしょう? 空と出ますわ」
魔法的な効果が何もないものを鑑定しても、何も認識できない。
空と認識できるなら、そういう魔法効果ということだ。
「うーん、なんだろう?」
「明日、冒険者ギルドで聞いてみようか。分からないようなら、今度ケレベルさんの家を訪ねても良いかな」
7枚全てのコインを鑑定してみたが、全て空となった。
「ただいまー」
レダさんが帰ってきた。
「おや、珍しい魔道具さね。迷宮で見つけたのかい?」
レダさんはこのコインを知っているようだ。