東の森の迷宮探索 - 3階
キマイラを倒したら開いた通路を進むと、すぐに小部屋となっていた。
左右に氷でできた小さな祭壇のようなものがあり、ドンと宝箱が1つずつ置かれている。
白をベースに青系の装飾が施された箱だ。
「迷宮のボスだったのかな? お姉ちゃん」
「うーん、崖の上にも通路が開いたし、ここで最後という気はしないかな」
この迷宮の中ボスみたいな扱いだったのかもしれない。
「罠はないようですわ」
「ありがとう、リルファナちゃん」
リルファナが罠の有無を調べてくれた。片方の宝箱を開ける。
宝箱の大きさの割に、あまり入っていなかった。
「短剣とネックレスが1つずつ、あと古い硬貨かな? コインが何枚か」
「あら、この短剣見覚えがありますわ……。何でしたかしら?」
わたしも形に見覚えがあるので、セブクロでもよく知られていた短剣だと思う。
「こっちも開けるよ、お姉ちゃん」
クレアがもう片方の宝箱を開いた。
「ポーチと眼鏡、何も入ってないガラス瓶が5本入ってるよ」
「パッと見た感じだけでは使い方が分かりませんわね」
ポーチはマジックバッグかな?
眼鏡は水色のガラスが入っているサングラス。ガラス瓶は蓋付きで、香水の瓶のように上品な模様が刻まれている。
鑑定は帰ってからにして、全部マジックバッグに仕舞う。
マジックバッグに入れてしまえば、ガラス製品だろうが雑に扱っても割れないので便利だね。
キマイラを倒した部屋に戻り、左右の通路を覗き込む。
どちらも折り返しのスロープで、最初にキマイラがいた崖の上までつながっているようだ。
「まだ先があるね」
「うん」
崖の上の通路は、上り階段となっていた。
3人で階段を上っていくと階層をまたぐときの違和感が首筋にあり、階段の先は1階と同じような砂浜の景色が広がっている。
ただ、1階よりも温度が低いようで肌寒い。
「1階に戻っちゃったわけじゃないよね?」
「景色は似ていますが、1階と同じかは分かりませんわね」
見回しても、近くに人はいない。
しかし、すぐ近くにある石床の上に魔法門が開いているのを見つけた。
魔法門の帯びる魔力の色は青。
入口の魔法門は黄色だったので機能や特性が違うものだろう。
「どこに繋がってるのかな?」
揺らめく魔法門をよく見ると、入口にあった黄色の魔法門が見えている。
「迷宮の入口のようですわ」
「うん、この床の模様は見覚えがあるよ、リルファナちゃん」
「入口への近道だね」
長いダンジョンの中間や、クリア後に入口への近道ができるのは、ゲームにはよくあることだ。
もちろんセブクロにもあったけど、ゲームのプレイしやすさの向上という意味合いが強いものが、この世界にもあるとは驚いた。
「本当に戻れるか確かめてみようか。くぐってみるね」
「はいですわ」
近道には一方通行のものもある。
戻れなかったときのためのサインを決めてから、青く輝く魔法門をくぐった。
目の前には迷宮の出入口である魔法門。
それと、スティーブたちがいた。突然出てきたわたしに驚いて立ち止まっている。
「……クレアの姉ちゃん?」
スティーブたちは、 甲殻がいっぱい入ったカバンを持っていた。
蟹の素材がたくさん集まったので町へ帰るところだったらしい。
通りがかったところで、わたしが出てきた魔法門が突然開いたため、どうしようかと話し合っていたようだ。
「ここが3階につながってるのか?」
3階から来たことを伝えると、興味がわいたのかスティーブがわたしの出てきた魔法門に近付いていく。
そのまま魔法門に入ったが、3階に跳ぶこともなく反対側に抜けてしまった。
「通れないな」
「一方通行なのかな?」
移動が楽になるかと期待していたが仕方ないか。
わたしも同じように魔法門を通ると、目の前にリルファナとクレアが立っていた。
「どうだった? お姉ちゃん」
「なかなか戻らないので心配になりはじめたところでしたわ」
「あれ? スティーブたちと話してたんだけど見えなかった?」
クレアたちからは、わたしが通り抜けてしまうと、わたしが見えなくなったらしい。
どうやら、この魔法門に人は映らないようだ。靄のように揺らめいているので動いているように見えるが、実際は景色自体も写真のように停止しているのかもしれない。
「こっち側から通った人だけが、1階からも通れるみたい」
「ふむ」
何度かスティーブのパーティメンバーにも手伝ってもらい、色々と試してみる。
結果、わたしたちだけが3階の砂浜へと戻ることができるようだ。
「ありがとうね、スティーブくん」
「おう、クレアたちには世話になってるからな」
スティーブたちは最近、お試しでパーティを組んでいるらしい。
男女2名ずつで、戦闘のバランスも良く、仲も悪く無さそう。
特に問題が起こらなければ、いずれ正式に組むようになるんじゃないかなと思わせるパーティだ。
「魔法門の報告は、こっちのパーティでしても良いのか?」
「うん、報告が多い方が情報の精度も上がるだろうからね」
「分かった。じゃあ俺たちは町へ戻るな」
わたしたちも一緒に戻っても良かったのだけど、3階にどんな魔物がいるか確認だけしておくことにした。
◇
魔法門から少し離れると、1階と同じ蟹系の魔物を発見した。
毒蟹と麻痺蟹がたくさん。1階の蟹よりも2周りぐらい大きいので、レベルが少し上かもしれない。
「蟹ばっかりだね、お姉ちゃん」
「うん。せめて食べられるのが出れば良いのに」
サイズが大きくても蟹は蟹。難なく倒す。
1階では放置したけど、今回はしっかり解体しておくことにした。
これ以上は進むと野営する必要があるだろう。準備はしてあるが、今日は様子見のつもりだった。
「ミーナ様、クレア様、あちらから何か近付いて来ますわ」
蟹を解体していると、リルファナが何かが接近してくることに気付いた。
リルファナの指さす方向は海。
いくつかの波しぶきが徐々に近づてくるのが見えた。武器を構えて待ち受ける。
「リルファナちゃん、なにあれ?」
「トド? アザラシ?」
「ファングシールですわ!」
名前から考えると、牙の生えたアザラシのようだ。
セブクロにはアザラシに似たような魔物が色々いたけど、パッと見で区別がつかない。
海からあがってきたファングシールは4匹。可愛らしい外見だが、長い牙と獲物を見つけたというギラギラした目付きが怖い。
魔物として強そうだとは思わないので、レベルは低いと思う。
「ええと、弱点は?」
「火だったと思いますわ」
「了解!」
ファングシールはボォーという低音の鳴き声で威嚇を繰り返す。
わたしたちが武器を構えているからか、一定距離をあけたままそれ以上は近付いてこない。
「火剣!」
「防御値強化付与!」
わたしは剣に魔法剣を、クレアは強化魔法を3人にかけた。
リルファナはクレアの前で短刀を構えている。
浜辺の上だというのにファングシールは意外と素早かった。
数も相手の方が多いので、クレアの護衛を優先して前に出たくないのだろう。
このような場合の戦い方も決めてある。
「火球!」
「火球!」
わたしとクレアで端にいるファングシールに火球を放つ。
「火球」
「氷針」
ほぼ同時に、リルファナが反対側にいるファングシールに二重詠唱で魔法を放った。
両端のファングシールが火だるまになる。しかし、すぐにごろごろと砂に転がって消火してしまった。
耐性があると思われる、氷針の氷柱はほとんど効果がなかったようだ。
ダメージは通っているようで、ファングシールたちは怯えたように引き返そうとし始めた。
「土壁」
咄嗟に、わたしとクレアがダメージを与えたファングシールの前に土壁を出した。
高さもあまりないし、突進で壊れてしまうだろうが、時間稼ぎぐらいにはなるだろう。
「逃がしませんわ! 炎短剣投擲」
リルファナがファングシールに短剣を放つ。
背後から短剣を投げつけられたファングシールから悲鳴があがり、動きが鈍くなった!
「火球!」
クレアが更に追撃する。
燃え上がる身体で転がりながら、消火するファングシール。
「追いつきましたわ」
足元は砂なのに、そう思わせない速度だ。
リルファナが一刀の下に切り伏せた。
ファングシール1匹を倒すことはできたが、残りの3匹は海の中に逃げてしまった。
「逃げちゃったね。お姉ちゃん、リルファナちゃん」
「戦えないと判断した途端、引き返すとはね」
「賢い魔物ですわ」
セブクロでは逃げ出す魔物はほとんどいなかったし、逃げ出すタイミングも体力が一定以下になったらなど分かりやすかった。
他にも行動パターンが変化している魔物もいるだろう。
弱い魔物だからといって、油断してはいけないと改めて認識する。
「暗くなっちゃうし、これで戻ろうか」
「うん!」
「逃げたファングシールは戻ってきそうにないですわ。解体してしまいましょう」
倒したファングシールと、残っている蟹を解体したら、今日はガルディアの町へ戻ることにした。
なんだか広そうな迷宮なので、野営準備などもしっかりして来ることにしよう。