東の森の迷宮探索 - 2階
岩をくりぬいて作ったような階段を下りていく。ひんやりとした空気が流れている洞窟が広がっていた。
空気が動いているということはここ以外に出入口がありそう。
階段を下りている間に、首筋がちくちくとした。
ゲーム的にはエリアが切り替わるタイミングなのだろう。
岩肌は濃い青色。触れると少し冷たい。
「地図を作りながら進もうか」
「どんな魔物がいるかも確認しておきたいね、お姉ちゃん」
「何かいたら言いますわね」
地図を描くため、クレアがペンとメモを出す。
青っぽい岩肌のまま、ぐねぐねと曲がった通路が続いている。
外に比べれば薄暗く感じるが、視界は良好。天井を見上げても光源が分からない。
迷宮は、常識が通じない部分も多いので気にしないことにしよう。
しばらく歩いても分岐は見当たらない。だが、ときどき部屋のように大きく開けた空間があった。
どの部屋も水が湧き出しているようで、半分ぐらいは池のように水没していることも多い。
「魔物、いないね。お姉ちゃん」
「奥の方に引っ込んじゃったのかな?」
魔物どころか、道が続いていること以外には何も発見はなかった。
スティーブによると何かいたことは確かだし、1本道ならいずれ出会うことになると思うのだけど。
やや肌寒さのある通路を更に進む。
「なんだか急激に温度が下がってきましたわ」
「うん」
吐く息が白くなるぐらいには寒い。
わたしの鎧は金属製。
このぐらいなら大丈夫そうだけど、あまりに寒くなると凍傷の恐れが出てくる。
大丈夫かなと確かめてみたが、鎧は常温のままだった。
普通の金属なら冷たくなると思うけど、魔力を含む金属だから何らかの特性があるのかな?
どんどん寒くなり、今までよりも大きな空間に出た。
正面には岩肌でなく、真っ白な氷の壁がそびえ立っている。
3メートルぐらいだろうか。ここから上がるのはちょっと大変そうだ。
部屋の左右には大きな池。池の中央には道があり、先へと続いている。
リルファナが、静かにと人差し指を顔の前に立てた。
「何か上にいますわ」
氷の壁の上にも大きな空間があるようだ。段差の上は壁が全て凍り付いている。
その壁の手前、大きな四足獣が大きな身体を丸くして眠っているようだ。
しかし、わたしたちが部屋に入ってきたことに気付いたのか、急に獣が立ち上がった。
「キマイラですわ!」
ほとんど獅子のような容姿だが、頭部が獅子と山羊の2つの頭を持っている魔物だった。
合成獣やキメラとも呼ばれるキマイラは、2種類以上の動物や魔物を合成された魔物で、様々なタイプが存在する。
キマイラの強さは元になった生物の強さと、合成された生物の数によって大幅に変化したはずだ。
獅子と山羊の2種類のキマイラは、セブクロにも存在している。
キマイラにしてはあまり強い部類ではなかったが、それでもレベル40は超えていたはずだ。
スティーブたちが戦いを挑まずに逃げたのは正解だったね。D級どころか、下手するとC級でも太刀打ちできないだろう。
キマイラは周囲1メートルほどに冷気を帯びていた。
自動的に効果を発揮し続けるオーラ系の特殊能力で、薄い魔力の膜が張られているように視認できる。
わたしたちが逃げないからか、キマイラが苛立つように吠え、崖からわたしたちのいるフロアへ飛び降りた。
ずしんと振動が響き、周囲の気温が少し下がる。
近付くと冷気の攻撃や、速度低下の弱化を受けそうだ。
「氷防護」
それを見たクレアは、氷属性に対する防御力の上がる魔法を詠唱した。
わたしたちの周囲に魔力の輝きが降り注いだ。
なんだか、洞窟内で感じる寒さも少し軽減された気がする。
オーラ系の能力は体力を一定値以上削るか、戦意を喪失するまで消えることはない。
強い魔物ならば討伐されるまで消えないこともあるぐらいだ。
よって様子見は無意味。
一気に倒すのが最も被害を受けない方法だろう。
「行くよ、リルファナ!」
「はいですわ!」
霊銀の剣に火剣と、いつもの強化魔法をかけて突っ込む。
冷気のオーラの中に入ると、動きがほんの少し鈍くなった。
キマイラが獅子の首をあげ、大きく息を吸い込む。
「ブレス!」
わたしの後ろを追いかけてきたリルファナが、警告を聞き左側へと逸れる。
わたしは反対の右側面へと駆け込んでいく。こちら側は山羊の頭のある方だ。
リルファナとわたしの間に氷のブレスが噴き出され、白い冷気となり舞い散った。
「チャンスですわ!」
セブクロと同じなら、キマイラはブレス中は一切行動できない。正面に立つと危ないが、絶好の攻撃タイミングでもあるのだ。
わたしとリルファナで左右から顔を斬りつける。
「火炎斬!」
「火炎刺」
わたしの霊銀の剣と、リルファナの短刀による火炎の攻撃が、キマイラの顔を狙って放たれた。
物理スキルと魔法剣は性質が違うため、属性をあわせることで相乗効果を期待することもできるのだ。
無属性のスキルに、自由に属性を乗せられることが分かればこうなるよね。
反撃を食らったキマイラが、後ろへと飛び退いた。
2つの頭からは出血しており、致命傷ではないが浅い傷でもないことは一目で分かる。
山羊の頭が魔力を収束しはじめた。
山羊の頭は回復魔法を扱う。
思った以上にダメージが大きかったのだろう。
「雷粒」
クレアの弱体化魔法が山羊の頭に向かって飛んだ。
ぱちぱちと雷がはじけ一瞬、山羊の頭の詠唱が止まった。
のんきに敵が回復するのを見ているわけにもいかない。
攻撃を加えるため、一気に距離を詰める。
「ミーナ様!」
左から走り寄っていたリルファナの警告。
攻撃できる間合いに接近する頃には、獅子の頭が上がっていた。
回復を止められないよう、わたしの方を向いている。
むむ。ブレスを吐いている間は動けないとは言え、ゲームとは違い、首が回る方向にブレスを吐くことぐらいはするか。
加速によって速度がのっているため、すぐに立ち止まることができない。
キマイラがブレスを、わたしの方へと吐き出そうと、こちらを向いている。
キマイラが回復してしまうのは諦めて避けるか?
……いや、ここは前に出る!
一気に足から滑り込む。
キマイラのオーラによって、地面も凍っていて滑りが良い。
ブレスを吐き出す直前、キマイラの顎を目掛けてブーツを蹴り上げた。
スライディングの速度も乗った、金属製のブーツの蹴りだ。無事では済むまい。
「ぎゃいん!」
予想以上に綺麗なヒットだったようだ。
キマイラも、わたしが攻撃することを予想していなかったのだろう。
獅子の頭は犬のような鳴き声をあげ、蹴り上げられた顔を慌てて下げる。衝撃で頭が少しふらついていた。
「爆発」
「炎短剣投擲」
クレアが唱えた魔法によって、山羊の頭の周囲で小さな爆発が起こり、火炎の渦が巻いた。
更に、左から飛んできた短剣が、山羊の頭に刺さった。
その隙に立ち上がり、目の前の獅子の頭を目掛けて剣を振った。
キマイラの2つの頭からは、かなりの量の血がしたたり落ちていて、すでに瞳から戦意が消えている。
キマイラを覆うオーラも消失していた。
◇
キマイラを倒した途端、氷の壁からびしびしと音がしてヒビが入っていく。
氷壁が崩壊すると小さな通路ができていた。
小部屋のようになっているようで、何かが置いてあるのが見える。
さて、通路も気になるのだが、先へ進む前にキマイラの解体だ。
「でも、いきなりこんな強い魔物がいるなんてびっくりだね。お姉ちゃん、リルファナちゃん」
「ええ、敵の数が少ない分、強敵がいたようですわね」
びっくりしたという割には的確な戦い方だった。
クレアも成長しているのだろう。
わたしの調理スキルによると、肉も食べられる。
山羊の部分はともかく、ほとんど獅子だけど美味しいのかな?
皮や牙、肉を回収し終えたあと、よく見ると最初にキマイラがいた段差の上にも通路が開いたようだ。
「とりあえず前から行こうか」
「ええ、通路というよりは部屋ですわね」
今までと違い、薄暗くなっているのでランタンを取り出す。
とりあえず目の前にできた通路を進むことにした。