東の森の迷宮探索 - 1階
すっかり忘れていた。
早い時間だと、依頼の貼られた掲示板前は、依頼を探す冒険者たちで混んでいることを……。
仕方なく、人だかりの後ろから迷宮探索の依頼を探す。
「あれだよ、お姉ちゃん」
クレアが上の方に貼られた依頼票を指さした。
迷宮の探索は常在依頼扱いになっているため、受注処理をする必要はないようだ。
依頼内容は迷宮内部の報告となっている。
地図や出現する魔物の情報だね。
他には、迷宮の場所と現在の調査範囲。大雑把な特徴が書かれている。
「よく見えませんわー」
リルファナが跳びはねている。
身長が低いので前に人が並んでいると見えにくいようだ。
「前に探索した遺跡のすぐ近くだよ、リルファナちゃん」
「それと1階は推定で半分ぐらい探索済み。2階の探索はC級以上推奨ね」
最後に『詳細を知りたい方は受付へ』と書かれていたので、受付に並ぶ。
ギルドが混雑している時間でも、窓口はそれぞれ数人ずつ並んでるぐらいだ。依頼の受注処理だけなら、そんなに時間もかからないからね。
「新しく見つかった迷宮の詳細を聞きたいのですけど」
「はい、東の森の迷宮ですね」
森での採取依頼を受けた駆け出し冒険者によって発見されてから、まだ1週間経っていないらしい。
依頼内容は、依頼票に書かれている通りで内部の調査となる。
報酬は報告内容に応じて決まり、内部で見つけたものは全て冒険者のものだ。
ちなみに、前にレダさんに聞いたように、迷宮を見つけたからといって、場所や調査内容を報告する義務はない。
周囲には情報を隠して、自分たちで先に調査するというのも構わないことになっている。そのため、見つけたばかりの迷宮が報告されることは滅多にないそうだ。
今回は発見したのが駆け出し冒険者だった。
そのため、内部を調査するのは危ないとギルドにすぐ報告し、未探索のまま情報が広がったという珍しいケース。
「現在、報告されている限りですと、迷宮の1階は浜辺のような場所だと報告されています」
浜辺……。
行ってみないとよく分からないな。
「2階の報告はほとんどないため、探索はC級以上を推奨しております。見たことがない魔物がいたという話もありますので、ご注意ください」
とあるD級の冒険者グループが2階への道を見つけたが、下りてみたところ「やばい」と思い引き返したらしい。
ガルディアの町に、B級の冒険者はほぼ常駐していない。2階の探索をC級に頼みたいところでもあったようだ。
「C級で2階を探索しているグループは、まだいないってことですか?」
「少なくとも詳細を聞きに来たり、報告に来たグループはいません」
C級まで上がると冒険者としての実力も付いてくる頃なので、報告せずに調査しているグループはいるかもしれない。
でも、ガルディアの町を拠点にしているグループは、あまりがつがつしていないので報告ぐらいはしそうだ。B級以上の冒険者がガルディアにいない原因でもあるが、がつがつと稼ぎたければ王都に行っちゃうからね。
有料だったが、報告された範囲の地図があるということで購入。価格は小銀貨2枚。
売り上げの一部は報告者にも回るようになっているので、パーティ外への共有はやめて欲しいとも言われた。言いふらしたりと、あまりに酷い場合はギルドランクの降格などもあるらしい。
ギルドにある情報は、そのぐらいのようだ。
思ったほど調査は進んでいなかったみたいだね。
消耗品を補充して、お昼のお弁当を買ってから町を出発した。
◇
前に調査した遺跡が見えてきた。調査も終了し、入口にあったテントなどは全て片付けられている。
目的の迷宮は、もう少し森の奥へ入ったところだ。
「なんだか魔力が強くて気持ち悪くなってきた……」
「クレア様、大丈夫ですの?」
「うん、……徐々に慣れると思う」
迷宮のある場所へ近づくと、様々な魔力が渦巻いているのがわたしでも感じ取れた。
魔力の感知能力が急に上がったせいで、濃い魔力はクレアにとって気持ち悪く感じるようだ。少し顔が青ざめている。
「クレア、無理はしないでね」
「うん」
魔力の中心地が見えてくる。
金色の魔力が崩れた遺跡を覆うように揺らめいていて、魔力をよく見ると中には浜辺のような場所が映っていた。本来の崩れた遺跡の内部は全く見えない。
魔法門だ。
「野外タイプですわ」
迷宮は、今まで探索したような入口が地続きで繋がっているタイプと、魔法門から侵入するタイプの2つがある。
基本的には、どちらも入り方が違うだけだ。
あえてあげるならば、魔法門タイプの迷宮の構造は、周囲の影響をあまり受けないことが多いらしい。
今回の場合、森の中に出現したのに、内部は海岸というわけだ。
「入ったら少し休憩して、探索を始めよう」
「うん!」
「分かりましたわ」
魔法門へ足を踏み込む。
迷宮に入ったときの、首筋がちくちくする感覚は同じだ。
◇
石組みの床に魔法門が開いている。今まで入ってきた森の様子が映っていた。
周囲を見回すと、海岸のどこかといった風景が広がっている。
広がる砂浜、打ち寄せる波、ヤシの木があちこちに生えているようだ。
日差しも強い。近くの密集したヤシの木の下で、魔力酔いのような状態のクレアを休ませるため少し休憩。
その間に、近くの気になるものを調べてみることにした。
一定以上に密集しているヤシの木は、迷宮の壁と同じ扱いになっているらしい。
破壊不可能で、侵入するのも難しそうだ。
霊銀の斧を作って、わたしが魔法剣で思い切り伐採しようとすればどうなるか分からないけど、今はやる必要もない。
ヤシの実は採取できた。
食べられるので、いくつかマジックバッグに入れておこう。
また購入した地図に、海の中に入ろうとしても透明な壁があって入れないと注意書きがあった。
迷宮は魔力で構成されているため、魔力量により制限がかかるのだろう。
「海岸をずっと進んでいけば岩肌があるようですの。その辺りに2階へ下りる階段があるようですわ」
「どうする? お姉ちゃん」
「1階は冒険者が多いみたいだし、2階に行こうか」
ギルドも2階以降の情報が欲しそうな感じだったし、人の探索している場所に宝箱が残っている確率は低い。
膨大な魔力が渦巻いていたのも外だけだったようで、中は普通だ。
クレアの様子も大丈夫そうだし、階段へ向かうことにした。
「海岸沿いは蟹系の魔物が多いようですわ。強くはありませんが注意していきましょう」
「何がいるの?」
「地図に書いてあるのは足長蟹、爪長蟹、毒蟹、麻痺蟹ですわ」
D級でも探索できるだけあり、どの蟹もあまり強いタイプではない。
ただし、毒や麻痺の状態異常になる泡を噴射するタイプの蟹もいるようだ。
「お姉ちゃん、解毒と麻痺治療も使えるよ」
「なら平気そうだね」
「うん!」
自信満々にクレアが告げた。
状態異常用のポーションもあるし、1階は大丈夫だろう。
2階へ向かって歩き出すと、海岸で爪長蟹2匹と戦っている冒険者たちがいた。
長く鋭い爪を持つ蟹で、足長よりも少し強い。レベルは15ぐらいだったかな?
「あ、スティーブくんだ」
よく見ると、わたしたちと同期とも言えるスティーブがいた。
片手半剣を構えているところを見ると、アドバイス通り武器は買い替えたみたいだね。
町ではたまに見かけるけど、しっかり武装しているスティーブは初めて見たかも。
4人のパーティで、危なげなく蟹たちを倒した。
スティーブはトドメを刺したあとも、気を抜かず周囲を見回す。
「あ」
そのおかげで、わたしたちに気付いたようだ。
「よう、久しぶりだな」
「うん。王都とかラーゴの町に行ってたんだ」
図書館でも会うことがあるからか、スティーブは1番話しやすいクレアに話しかけてきた。
「クレアたちも1階の探索か?」
「2階に行ってみるつもりだよ」
「あそこは危険そうだったけど大丈夫か?」
どうやらスティーブたちが2階を発見したパーティだったみたい。
「洞窟になってて、すごい冷気をまとった魔物がいたんだ。すぐに戻ったよ」
どの魔物だったのか、図書館でも調べたけど一目見ただけではよく分からなかったそうだ。
「洞窟ってことはランタンがいるのかな?」
「いや、必要ない。中は明るかったぜ。すぐ戻っちまったし、奥の方は分からないけどな」
「そうなんだ。ありがとう、スティーブくん」
「ああ、気を付けてな」
あまり引き留めても悪いので、情報を貰ってすぐに分かれた。
すでに蟹の解体を始めたパーティメンバーの3人に、スティーブも合流する。
「氷針」
どこからともなく現れた青い甲殻を持つ毒蟹に魔法をぶっ放す。レベル20程度の弱い魔物なので一撃だ。
「火球」
対抗するように、クレアも黄色い甲殻を持つ麻痺蟹を吹き飛ばした。
「解体はしませんの?」
「食べられないからね、毒あるし……」
素材も大した額ではない。
足長や爪長の方が大きい分、買取額も高いぐらい。
多少は時間がかかるけど、迷宮内の魔物は放置しておいても勝手に消えていく。放っておいても問題はない。
解体すると手元に残るのは、少し不思議な現象だ。
通りがかった冒険者が、魔物の死体が消える前に回収するかもしれないけど、別にそれならそれで構わない。
下の階で何が手に入るか分からないから、できる限りマジックバッグを空けておきたいからね。
「ここですわね。階段も広そうですわ」
リルファナが岩肌に開いた穴を覗き込んでいる。
「よし」
クレアとリルファナと顔を見合わせる。
「お昼にしよう」
「ええ!」
2人には出鼻がくじかれたような顔をされた。
2階は誰も探索していないから危険性も増すし、ここで休憩していくべきだ。
それに珍しくクレアの腹時計が働かなかったみたいだけど、もう昼食の時間である。