鍛冶 - 携帯炉
寝るときに気付いたが、枕元に置いてある狐のぬいぐるの横に、ハーミのぬいぐるみが1つ追加されている。
3つあったぬいぐるみのうち、1つはわたし用に買ったものだったようだ。クレアが置いたのだろう。
――翌朝。
今日は、霊銀の剣を作っておくことにした。
感覚的なものだけど、そろそろ1本目の耐久値が怪しくなってきたので、壊れそうな気がするんだよね。
材料もあるし、すぐ必要となるものだ。午前中に終わらせてしまおう。
朝食後、地下でカルファブロ様の炉を展開。必要な道具を取り出し魔力を消費して武器を作る。
この作業ももう慣れたものだ。
すぐに今使っているのと同じ形、同じ性能の霊銀の剣が出来上がった。
使い慣れた重心なので、いきなり交換することになっても問題ないだろう。念のため、庭で軽く試す必要があるけど、それは後回し。
魔力はポーションで補給して、短剣も数本作っておこう。
「あれ?」
短剣を打っていると、周囲の空間がキラキラと輝きはじめた。輝きからは、大きな魔力を感じる。
……何か設定を間違えてるのかな?
と、短剣を打つのをやめても、周囲の輝きは止まらない。
輝きは徐々に灼熱色へと変化し、炉の近くに集まりだした。
炉の近く、2メートルほどの輝きはゆらゆらと漂い、薄っすらと違う景色を映していた。
「魔法門? 迷宮でも開いちゃったんじゃないよね……」
輝きの向こうの景色を慎重に確かめる。
洞窟の内部のようだが、テーブルが置かれている。壁にはいくつもの松明。
テーブルの丁度向こう側、初老のドワーフがジョッキを傾けたまま、こちらを見て固まっている。
うん、見覚えのある景色だ。
「ええと、……お久しぶりです。カルファブロ様」
気付かれてしまったし、煌めく魔法門を通って挨拶することにした。
「う、うむ……。そういえば、炉にそんな機能をつけていたのを忘れていたわい」
カルファブロ様は、頬を掻きながら間の抜けた返事をした。
「まあ、折角来たんじゃ。少し話をしようかのう」
テーブルに、前に出してくれた甘いジュース風のお酒と、おつまみのお皿が置かれる。
わたしが使っているカルファブロ様の携帯炉について話を聞いた。
炉はカルファブロ様が作ったものではあるが、別にカルファブロ様専用だったわけではないそうだ。元々、鍛冶の設備のある火の神の神殿という場所に設置されていたという。
さらに、カルファブロ様の許可があった者だけでなく、腕のある鍛冶師なら自由に使うこともできた。
その際、鍛冶師たちが魔力を消費しながら炉を使う。魔力が一定量たまると、カルファブロ様の元へ導かれるという造りになっている。
カルファブロ様に会うためには、自分の使用したときに運よく魔力がたまり、魔法門が開かねばならない。聖域に招かれるかは、とても運任せだ。
そんな火の神殿もずっと昔に無くなり、何者かによっていつの間にやら運ばれた炉は、人界に降りたカルファブロ様しか使わないものとなってしまう。
そして、そのままミニエイナの鉱山の片隅に眠ることになった。
「しかし誰一人としてこの方法で、ここに来た者はおらん。……必要な魔力量が多すぎてしまったようじゃな」
「なるほど……」
「して、ミーナよ。まだまだ魔力は不足していたと思うのだが、どれだけ鍛冶をしたのじゃ?」
「ええと、何回か武器を作ったぐらいです。原因は予想ですけど……」
わたしが鍛冶をすると大量の魔力を消費することを説明した。
「あれだけ魔力を消費すると、ほとんどの人は武器が打てるとは思えないのですが」
「ふむ……。どれ、ちょっと調べよう」
カルファブロ様がわたしの頭に手を乗せた。
しばらくすると手を放す。
「なるほどな」
「どうでした?」
「どうやら転生者とは相性が悪いようじゃな。お主、鍛冶に関する能力を持っておったじゃろ?」
「はい。鍛冶スキルなら、修理用として大体の人が持っていたかと……」
「そのせいで炉の方では、炉を使えるだけの鍛冶の腕があるという認識をしておるようじゃ。しかし、実際のお主は鍛冶の基本的なことすら知らない」
「……そうですね。わたしたちの世界では、専門職でもなければ鍛冶というもの自体を見ることはないです」
「その齟齬を、炉は魔力で補ってしまうようじゃ。誤作動でしかないが、お主の魔力量では強引に動いてしまっているようじゃな」
わたしでも武器が作れるのは、炉の正しい機能ではなかったということか。
それだけなら、それで済む話なのだけど。
大量の魔力を消費した際に、一部の魔力が魔法門を開く魔力としてどんどんたまってしまっていたようだ。
「ええと、正規の方法で作っていないというのはまずいですか?」
「ん? 使えるなら使えば良いと思うがのう」
なんか怒られる方向に進んでいる気がしたけど、別に良いようだ。
カルファブロ様にとっては些細な事でしかないのかもしれない。
「と言っても、魔力がたまるたびにお主だけが、わしに会いに来るというのも困るかのう……」
ありがたみが無くなるよね。
「……それだけでもないんじゃが」
思考を読まれた。
やっぱり神様だけあって鋭いのかな。
「いや、お主が分かりやすすぎるだけじゃろう」
お、おう……。
「ちょっと調整ついでに、改良するから炉を持ってきてくれんか? わしが不用意に下界に降りるとどうなるか分からんでな」
「分かりました」
魔法門の前まで歩く。ふと思いついたことがあって立ち止まる。
「あの……出た途端、閉じたりしませんよね?」
「ああ、そうか……。わしが維持するから大丈夫じゃ」
今の言わなかったら、閉じてたよね?
「ええい、はよ行ってこい!」
しっしと追い払うような手つきをされてしまった。
魔法門から出て、携帯炉をキューブ状に戻す。拾い上げて神の聖域に入る。
神の聖域に、こんな簡単に出入りして良いんだろうか。まあ、神様が良いって言ったんだから良いんだろう。
「とりあえず、門が簡単に開かぬように調整するかのう」
カルファブロ様が両手で、キューブ状の炉を包む。
燃えるような魔力が全体を覆うと、周囲の空間に大量の文字が飛び出した。周囲には文字が大量に飛び交い、絡み合っている。
「ふむ、この辺りか」
カルファブロ様は片手で文字を消し、書き直す。
「お主らの世界でいう『ぷろぐらみんぐ』みたいなものじゃよ」
興味津々で見ていると、ほほと笑いながら、カルファブロ様が教えてくれた。
古代の秘宝級の道具を、簡単に書き換えちゃうなんて、やっぱり神様はすごいんだね。
どうせなら、魔法関係に興味のありそうなクレアにも見せたかったな。
「これで最低でも2年に1回しか開かぬようにした」
「もう1度、魔力を満タンにしてしまえば2年間は消費が減ります?」
「魔力がたまらないだけで、そうはならぬ。……どうも転生者はずる賢いというか、ケチくさいものが多いのは気のせいかのう?」
魔力消費軽減の抜け道はふさがれていたようだ。
限られたシステム内で、いかに効率を求めるかは、ある意味ゲーマーの性だと思う。
「まあ、それはいいとして。……ほれ、これで良いじゃろう」
あちこちに浮いている文字の書き換えが終わったようで、カルファブロ様から携帯炉を受け取った。
どう変わったんだろう?
「心配せんでも、使い勝手が悪くなったりはしておらんよ。魔力効率も少しは良くなったはずじゃな」
「おお! ありがとうございます」
「それとじゃな、大幅に魔力消費を減らしたいのなら、鍛冶の基礎、道具の使い方や作業の流れだけでも覚えると良いぞ」
「ど、努力します」
この世界では、鍛冶師はありふれた職業だ。
しかし、鍛冶の技術を習うならば、鍛冶屋に行けば良いというわけでもない。
鉱石や素材の扱い方や温度の取り扱いなど、工房や鍛冶師の技術は財産でもある。
ちょっと習いたいといって、教えてもらえるものではない。
わたしは冒険者であり、一人前の鍛冶師としてやっていきたいというわけではないからね。あとで考えよう。
そのあとは、最近何をしていたかといった雑談をしてお暇した。
その際、装備についても聞いてみたのだが、ゲームとは違って能力が複数付いた装備というのは滅多にないらしい。
絶対に作れない、というわけではなさそうだったけど腕だけでなく運も絡むようで難しそうだ。
「その炉のように、世界の理によって補正されて作られたものは特殊なものが多かったがのう」
生産をメインにしていた昔の転生者は、量産することができたのだろう。
簡単に強力な武器を手に入れるのは難しそうだし、あるものでどうにかするしかなさそうか。
◇
魔法門を通って地下室に戻る。
振り返ると門は閉じていた。
もう少し短剣を作ってしまおうかと、携帯炉を展開する。
特に見た目は変わっていないようだ。
「お姉ちゃん、もうお昼だよ!」
クレアがやってきたので上の階へと戻る。
わたしが来ないので、クレアとリルファナでサンドイッチを作っていたようだ。
「あら、ミーナ様、下にいましたの? 気配がなかったので出かけているのかと思いましたわ」
あれ? 霊銀の剣と短剣を1本作っただけだったから30分も経っていないはずなのに。
もしかして、神様に会っているからといって、絶対に時間が止まっているわけじゃないのかな?
「今回はわしが呼んだわけじゃないからのう……」
どこからともなく、カルファブロ様の声が聞こえた気がした。