迷宮化
階段を下りると、倉庫も兼ねていたのか広い空間になっていた。
大きな棚で仕切られた空間がいくつも続いているようだ。食器棚、本棚、タンス、サイドボードなど様々な種類の棚がランダムに続いている。
どの棚もかなり大きく3メートル以上の大きさがあるが天井とは隙間があいているものも多い。ここの棚も光の魔力の影響か綺麗な形を保っている。なんだか首筋がちくちくする。
階段の高さと天井の高さがあってない気がするのだけど?
「迷宮化してるな」
「上の魔力が強かった。ダンジョンがあってもおかしくない」
「ダンジョン?」
この世界にはダンジョンと呼ばれるものが3種類あるそうだ。
1つは今まで探索してきたような人間が近寄らない洞窟や廃墟。探索したらそれっきりというものでもある。
2つ目はなんらかの魔力の影響により変異した場所を指すらしい。ダンジョンは空間が歪むため元の地形より大きくなることもある。罠や魔物が配置されていて、破壊したり倒しても時間が経つと人知れず復活するらしい。もちろん宝物なども自然復活する。
ダンジョンを構成している魔力が切れるとダンジョンとしての維持ができなくなり元に戻るそうだ。
魔力の影響によって作られたダンジョンは、そのダンジョンにあわせた一定の戦闘力があれば危険度は低い。大抵の場合、進めば進むほど報酬が手に入りやすいことから神が人に与えた試練という人もいるとか。極稀にだが魔力を蓄えた魔術具がダンジョンを作り出すこともある。
3つ目は瘴気の影響により変異した場所である。
瘴気とはヴィルトアーリとは次元がずれた『深淵』と呼ばれる世界に存在する魔力の1種といわれており、ヴィルトアーリの外からやってきた魔神や魔族が使用する。深淵とつながってしまった場所に瘴気溜まりが出来ることで発生するダンジョンだ。
魔力の影響で出来たダンジョンとほぼ同じようなものだが、こちらには致死性のトラップが仕組まれていることもあり危険度が高いとされている。代わりに報酬も大きいらしく、神の試練と比較して悪魔の囁きと言う冒険者もいるらしい。
なお、冒険者がダンジョンと言うと後者2つを指すことが多い。深淵の詳細はゲームでは出ておらず、いずれアップデートで実装されるのではと言われていた程度だ。
首筋がちくちくしたのもダンジョンに入ったときの影響らしく、感じ方は人それぞれだが何かしらの違和感を覚えるのだそうだ。ゲームでいえばダンジョンに入り画面が切り替わった感じなのだろう。
「棚を上れそうにない。きっと壁」
「視界はどう?」
「見えてる。広くない。迷路になってるのは分かるけど通路が狭くて下に何があるかは分からない」
ミレルさんが棚をよじ登ったが、棚を越えようとすると見えない壁があるかのようにはじかれてしまうようだ。壁になっている部分を突くと波紋のようなものが現れる。
しばらく突いていたが、諦めたようでポーチからペンと紙を出してメモを取り始めた。地図を描いているようだ。
ミレルさんの描いた地図を見ながら棚で区切られた通路を進んでいく。棚の上の隙間から見える光景は幻覚でしたなんていうこともあるそうだけど、このダンジョンはそこまで意地悪ではないみたい。
「放置されていたダンジョンにしては魔物がいないわね」
「光のダンジョンだろ。こんなもんじゃないか?」
「あまりに少ないのも先を考えると嫌なのよねえ」
ジーナさんの独り言のような呟きに父さんが答えた。
ダンジョンを構築した魔力によってそれぞれの傾向が出る。出現する魔物の属性が偏るというのが顕著な例だが、魔物の数や罠の傾向などもあるようだ。
光のダンジョンは罠はほとんど無く、生息する魔物は数が少ないものの強い個体が多い。またダンジョンに生息する魔物が少なければ少ないほどボスが強くなりやすい。
時々ミレルさんが棚をのぼって方向の確認をしたり、地図を描き入れたりしながら進んでいく。
少し広くなった場所に出た。広場の奥には通路が続いている。
その手前に光輝く大きな犬がうなり声をあげて威嚇している。獰猛そうな姿とは裏腹に神々しさをも感じる魔物だ。それ以上近付くなら殺すと言っているように感じる。
「バーゲストか!」
ミレルさんが器用に背中の弓を手に取りながら後ろに下がると、ジーナさんが前に出て両手剣を構えた。父さんとアルフォスさんも武器を構えた。わたしもそれに釣られて木剣の方を手に取った。
あんなモンスター知らないよ!?
正確にはバーゲストという犬型の魔物は存在していたけど、あんな色じゃなくて普通に黒っぽい犬だったし、もっと小さかったはずだ。
ミレルさんが弓でバーゲストの行動を制限する中をジーナさんが両手剣を構えて突っ込んだ。
矢で牽制され、左右に避けれないバーゲストは真っ直ぐに突っ込んでくる。バーゲストがジーナさんの首筋を狙って飛び掛った。ジーナさんはそれをかわしざまになぎ払う。バーゲストは広げた口から背中へと真っ二つに断ち斬られた。
飛び掛ったところを上下に分かれたバーゲストは、血しぶきをあげながらこちらに飛んでくる。そこを父さんに剣で打ち落とされ、丁度目の前に落下した。
うええ、村で生活しているうちに動物の食肉加工を手伝ったり、森の魔物を倒してたこともあったから多少はこういうのも慣れたつもりだったけど、純粋な魔物の死体となると気持ち悪さが違う。
今の音に反応したのか、奥の通路から更に3匹のバーゲストが駆けて来るのが見えた。
「おかわり3つ」
「これぐらいなら余裕でしょ」
普段は物静かな笑顔の表情のジーナさんが、獰猛な顔つきで笑っている。
……ジーナさんは戦闘狂なのかしら?
ミレルさんは3匹並んで走るバーゲストに矢を放ち、避けさせることで少しずつ差がつくように走らせる。そこをジーナさんが迎え撃つとバーゲストが3匹順番に飛び掛る以外はさっきと同じような光景となった。
3連続の攻撃でバーゲストたちは物言わぬ躯として転がっている。更にバーゲストが寄ってくるかもしれないとしばらく警戒するが、もう追加の魔物は来ないようだった。
「バーゲストは牙が高い。アルフォスも手伝う」
「おう!」
「ほんと変わってないな、お前ら」
「冒険者なんてそんなもの」
ミレルさんとアルフォスさんがなれた手つきで解体しはじめると父さんがため息をついた。ジーナさんは剣を持ったままで見張り役のようだ。
アルフォスさんと父さんがバーゲストを解体しながら雑談していたけど、ダンジョンでは出現する魔物の属性が偏っているだけでなく、そのダンジョンの属性に染まった魔物も出現するらしい。
それでも傾向があるらしく、バーゲストは火や闇属性には染まりやすいが光はあまり見ないとか。ゲームには無かったことだ。
……違いが多いせいでイレギュラーに遭遇したときに中途半端なゲーム知識が足を引っ張る可能性もあるなあ。
「解体おわった」
「牙以外はいらないのか?」
「大してお金にならない」
「……変わったところもあるんだな。昔は全部持ち帰ろうとしてただろう」
「昔の話。今はそれほどお金にも困らない」
「A級冒険者の稼ぎはどんだけなんだ」
「……正規の依頼料が貰えるなら一仕事すれば1ヶ月は遊んで暮らせる」
A級冒険者の稼ぎはすごい額のようだ。
B級以下の冒険者では対応できない仕事をまわされることも多いため、お金があってもそんなに遊んでいられない現実もあるらしいけど。
実際、アルフォスさんたちもA級に上がってからほとんど休みがないとのことだ。父さんに会いにも来れなくなったって言ってたしね。
アルフォスさんより早めに解体が終わったミレルさんはバーゲストの牽制に撃ち込んで床に散らばった矢も拾っていた。
そこからは時々広場のような場所があって光のバーゲストが出現したが、ミレルさんやジーナさんにあっさり屠られていた。
途中で寄り道するといってミレルさんはどんどん先へ進む。
「宝箱。上から見えた」
――そこには、まさに宝箱と呼ぶしかない装飾された箱が袋小路に置かれていたのだった。