ラーゴの町 - ウイングキャット
船員さんと翼猫の戦いに、加勢するために走る。
「町の方に行かせるなよ!」
「ああ、だがどうする?」
「俺たちじゃ倒すのは厳しい、船長が呼びに行った兵士たちが来るまで待つしかないだろう」
船員さんたちの大声が聞こえた。
戦闘能力がなさそうな、向こうから走って逃げてくる人たちとすれ違う。
「魔物が出た! 気をつけろ!」
「はい!」
わたしたちは武器を持って鎧を着ているからか、すれ違う人たちに止められることはなかった。
なぜ町中に魔物がいるのだろうか。
原因も気になるが、とりあえずどうにかしなければならない。
翼猫、見た目は大きな翼で飛び回る猫。
名前や見た目は可愛らしいが、実物は気分次第で人間にも襲い掛かってくるという獰猛な魔物だ。
風の魔法を操り、付近にいる魔物を仲間として呼び出すという『援軍召喚』の能力を持っている。
セブクロでのレベルは20ぐらいだったかな?
たまたま近くに出現した高レベルの魔物を呼ばれることもあるので、安定しない倒しにくい魔物でもあった。
船員さんたちの近くまで来ると、陸地にいた魔物の姿も見えてきた。
小さなワニのような姿。前に倒したクロコダイルと似ている。
しかし、鈍い銀色のラメが入った鱗という決定的に違う点があった。
「スチールか……」
「硬そうですわね」
スチールダイルと呼ばれる魔物で、セブクロでのレベルは50以上。
非常に硬い鱗を持ち、普通の鉄製の武器では刃が通らない。多少鍛えられてはいるだろうけど、船員さんたちが相手取るには厳しそうだ。
翼猫とは何の繋がりもない魔物なので、召喚の能力で呼び出されたのだろう。
たまたま近くにいる魔物だったのか、現実となると召喚スキルに距離は関係ないのか。
「手伝います!」
「冒険者か? 助かる!」
船員さんたちが作る横並びの陣形の間を抜けると視界が開けた。
スチールダイルが1匹、翼猫が2匹。わたしはこの中で最も危険なスチールダイルへと近寄る。
「火射撃」
弩を構えたリルファナが、炎を纏う太矢を放つ。
片方の翼猫を見事に撃ち抜き、翼猫がぐるぐると回りながら落ちた。
リルファナが、弩に次の太矢を装填するのを横目に、スチールダイルを斬りつける。
鉄製の武器とも少し違う、ガチッという低音が含まれた金属音を響かせて弾かれた。
スチールダイルの行動はクロコダイルと変わらない。わたしに噛みつこうと、頭を左右に振りながら狙ってくる。
それを躱しながら攻撃を加えてみるが、スチールダイルの方が硬いのかほとんどダメージが通らないようだ。
「癒し」
「おお、嬢ちゃんやるな!」
「助かったぜ」
クレアが、後ろに倒れていた船員さんたちの治療に入ったようだ。
鉄製だけでなく、霊銀の剣でもダメか。
人が多いところで魔法剣は使いたくなかったのだが、仕方ないかな。
ちらりと周囲を確認すると、落とされた翼猫は、数人の船員さんたちが囲んでトドメをさしていた。
周囲では、こちらの戦いを見守っている人も多い。うーん、どうしよう……。
そう思っていると弩を構えたまま、リルファナが近くまで走りこんできた。
「もう一発行きますわー」
そう言いながらまだ元気な方の翼猫に、2発目の火射撃を撃ち込んだ。
船員さんたちが、新しく落とされた翼猫に群がった。
スキルの無詠唱。
スキルを放つときに、スキル名を叫ぶ理由は魔法と同じ。
失敗しないように集中力を高めるためという理由と、自分が使うスキルを味方へ知らせるためだ。
発声を発動の鍵とする一部のスキルを除くと、スキルの使用に必ずしも発声を伴う必要はない。
このままスチールダイルと、魔法剣なしで戦っていても埒が明かないだろう。
――その方法で行くか。
スチールダイルの攻撃を回避しながら、隙を狙って首元を狙って斬りかかる。
「雷斬!」
と言いながら、スチールダイルに刃が当たる瞬間に雷剣を霊銀の剣にかける。
先ほどまでとは全く違う手ごたえが、手首に返ってきた。
鱗の硬さから一瞬だけ火花が散る。刃はそこで止まらず首筋を切り裂き、血しぶきが舞った。
剣を振り抜いたところで、雷剣の効果を切る。
戦い慣れた戦士でもなければ、魔法剣には見えないはずだ。
突然のダメージに焦ったスチールダイルが数歩下がった。
警戒するかのようにわたしを見ている。
「やった!」
「すげえ!」
明らかにダメージが通ったことで、周囲の人たちから歓声があがる。
属性攻撃スキルと、魔法剣では全く威力が違う。
ただの属性攻撃でスチールダイルを切り裂くのは難しいと思うが、そこに気付いた人はいなそうだ。
リルファナが短刀を抜いて横に並ぶ。
「わたくしが引き付けますわ」
「お願い!」
あまり派手なスキルを使いたくないというのが通じたのだろう。
リルファナはスキルを使わず、スチールダイルの注意を引くことに専念してくれる。
注意の逸れたスチールダイルに、雷斬という呼び名の雷剣でトドメをさした。
◇
「助かったよ。翼猫が積み荷の間に紛れ込んでたらしい」
戦っていた船員さんのうちの1人が駆け寄ってきた。がっしりした身体つき、頬や額に小さな傷が残っていて戦士か傭兵といった風体だ。
戦闘の指揮も執っていたので、戦える人の中でのリーダーなのだろう。
翼猫もスチールダイルも諸島に生息している魔物だそうだ。
推測だが、交易品の積み込み時に翼猫が船倉に入り込み、扉を閉められて出れないまま、暗くなった部屋で眠ってしまった。
積み荷を出し始めて騒がしくなったところで、起き出しびっくりして襲ってきたのではないかということだ。
翼猫の行動は猫に近く、気まぐれなだけで積極的に人を襲うということもない。探検気分で船に忍び込むこともあり得そうだ。
あくまでも魔物に分類されているので、ブリーダーといった特別な職業以外の人に懐くこともないけど。
「兵士を呼んできた!」
「船長! 遅いっすよ!」
ぞろぞろと兵士を連れた、船長と呼ばれた男がやってきた。
人当たりの良さそうなすらっとした男だ。しっかりと整えた茶髪、服も船員が着ているものよりも上品だし、言われなければとても船長には見えない。
戦っていた船員さんに、わたしたちが加勢したことが説明され、船長さんがこちらにやってきた。
連れてこられた兵士さんたちは、状況の検分をしているようだ。
思ったよりも怪我人が多かったみたいで、クレアはまだ治療を手伝っている。
「あそこの船の船長をしていますトーヴと申します。魔物たちを倒していただいたそうで、ありがとうございました」
「ガルディアの冒険者のミーナです。たまたま通りがかっただけですのでお気になさらず」
「ええと、お嬢さんたちは冒険者ですかね?」
「そうですけど……」
「ああ、すみません、言葉遣いが若い冒険者には思えなかったので……。では、ギルドでの依頼完了という形でお礼させていただきますね」
初対面の相手だったので普通に返したつもりだったけど、こちらの世界ではわたしの言葉遣いは丁寧すぎるのかな?
ギルドでの依頼扱いというのは、突発で起こった事故や事件などの手助けをした際、冒険者ギルドを通じて依頼を行ったのと同じように報酬として謝礼を支払うシステムだ。
この方法だと、お礼としてお金を支払うよりも、依頼完了というギルドの査定が増えるので、冒険者としてもお得。
もちろん、このシステムを悪用されないように、兵士さんや騎士さんなどの証言や証拠も必要だが、今回は丁度連れてきている。
他にギルドでの手続きや、どのような依頼とするかなどが少々面倒ではある。
今回の場合は、討伐依頼扱いになりそうだ。
「ええと、謝礼の方ですが……。正直な話、仕入れであまり手持ちがないので、現在積んでいる交易品を売却した後でもよろしいですか?」
もちろんお礼する側の支払い能力も加味するけれど、解決した内容によって謝礼の金額も決まる。
スチールダイルの強さから、B級以上の依頼扱いになりそうだと思っているのかな?
B級の冒険者に討伐依頼を出すとすると、金額もそれなりに高いはずだ。
「お金じゃなくて、あの魔物の素材でも構いませんよ?」
討伐依頼として処理したら、あの素材は船長さんのものとなる。
この辺りでは見かけない魔物だし、使い道は知らないけど、翼猫の素材は縫製の素材として人気があった気がする。
リルファナが使わなければ、ガルディアのギルドに売ってしまおう。
「おお、それなら助かります」
通常は素材を査定してから、報酬分をわたしたちに分けることになる。
でも今回は、素材の売却額がわたしたちの報酬に足らないと、船長さんが追加で現金を払うことになり意味がない。現金がないなら素材で良いと言ったこちらも気まずい。
なのでこの時点で、翼猫とスチールダイルの素材の値段がいくらであろうと、わたしたちが全て貰い、それ以上は請求しないということに決めた。
「こちらで手続きはしておきますので、夕方以降に西区の商人ギルドに顔を出してください。素材の方も処理をしてお渡しします」
「分かりました」
検分が終わった兵士さんにも確認し、依頼完了の紙を受け取った。
……報酬は帰りに受け取れば良いだろう。
船長さんや兵士さんに後は任せて観光を続けることにする。
ラーゴの町には遊びにきたんだよ。魔物を倒したり、依頼を終わらせたりするよりも楽しまないとね。
「お姉ちゃん、雨が降ってきた」
「戦闘中でなくて良かったですわね」
小粒の雨だ。ガルディアで買った傘をマジックバッグから出す。
とりあえず貝殻のお店に行くんだったよね。
出てきたときに心配そうにしていたので、イカの処理方法を教えた店主さんのお店にも顔を出してから、貝殻を売っているお店に向かうことにした。