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ラーゴの町 - 神殿

 廊下を歩きながら隣接する部屋を覗いていくと、居間やキッチン、トイレ、風呂があった。

 2階への階段もあるが、ここは後回しにして1階から見ていくことにした。


 机や椅子などの大きな家具はそのまま置かれている。逆に、家具に収まるであろう小物類はほぼ見当たらない。

 荒らされた形跡もなく、家主が持ち出したのだろうか。


「普通の家ですわね」

「神殿じゃないね、リルファナちゃん。でも、微かな魔力を感じるよ」

「埃が落ちていないし、誰も使っていない割にどこも傷んでないから、維持するための魔法じゃないかな」


 『掃除』や『清潔』などの生活魔法のようなものが、家に永続的にかかっているのだろう。


「あら、でもそのための魔力はどうしているのかしら?」

「うーん……」

「お姉ちゃん、リルファナちゃん、多分だけどハーミがやってるんじゃないかな?」


 庭の手入れもしていたのだ、ハーミが家の維持をしていてもおかしくない。


「でも、なんのために?」

「もしそうならば、ハーミたちにとってその必要がある方の家なのでしょう。ハーミたちの主か、それに近い方の家と考えられそうですわね」


 庭の手入れをしていたハーミが、わざわざ鍵を寄越した理由も分からない。


 1階をざっと調べ終わったが、それらの疑問を解決しそうなものは見当たらなかった。

 ハーミが出入りできるように加工された窓とかはあったけどね。段差のないバリアフリーになっているので、ハーミが移動しやすい造りだ。


 そういえば家に入ってから、頭の上の妖精が静かだ。

 自分の頭上を見ることが出来ないので、何をしているのかは分からないけど……。


 そう思っていると頭上から声がした。


「むにゃむにゃ……」


 寝てる!


 調査中は妖精のことをすっかり忘れていた。それなりに動くと思うんだけど、何で落ちないんだろう?

 起こしてうるさくなるより良いかと、寝かせたまま放置することにした。


 上の階を調べようと、2階へ上がる。廊下があり、扉が3つ。


 うーん、家の間取りが日本の住宅と似ている気がする。


「なにもないね」

「うん……」


 手前から2部屋調べたが、家具も何もない空っぽの部屋だった。


 残った最後の部屋に入る。


 太陽光が直接入らないようにしたやや薄暗い部屋。

 唯一、明りの強い窓際には机。両脇の壁には本棚が並んでいて、書庫として使っていたことが見て取れた。


 本は移動させてしまったのだろう、何も入っていない本棚が並んでいる。


「何もないね」

「うん……」


 机の引き出しを開けてみたが予想通り何もない。


「ミーナ様、まだ上があるようですわ」


 リルファナが天井を指さした。

 一角に四角い切れ込みが入っていて、フックが付いている。ここから屋根裏へ上がれるようになっているみたいだ。


 棒を引っかけて外す仕組みだと思うのだけど、周囲に棒は見当たらない。

 調度品などと一緒に、片付けられてしまったのだろう。


「あそこに引っ掛ければ良いんだよね? お姉ちゃん」

「うん、梯子か何かが下ろせるようになってると思う」

「『魔法の手(マジア・マーノ)』」


 クレアが魔法を唱えると、なんとなく薄っすらと見える腕が出現した。

 腕を天井まで伸ばしフックの部分を掴むように押し込んだ。そのまま天井の扉を軽く持ち上げて、ずらすと畳まれた梯子が見えた。


 クレアはもう1度、魔法を使いなおし梯子を下ろす。


「ふぅ」

「すごいすごい!」

「へへへ。王都で買った魔法書に載ってたんだ。今みたいに簡単なことしかできないけどね」


 セブクロでも見たことがない魔法だ。

 生活魔法に近い気がするので、ゲームで実装するのは難しいか。


 パッと見た感じでは便利そうだが、1度の詠唱で1回しか押したり引いたりしかできない。

 作り出した腕の力も生身より弱いぐらいなのであまり使い勝手はよくないらしい。


 クレアが下ろした梯子を使って、屋根裏部屋へ上がる。

 意外と広く、仕切りの板でいくつかの区画に分けているようだ。書庫から上がったところには棚と机、ベッドがあった。


「お姉ちゃん、ここに何かあるよ」


 クレアが見ていた棚には、ノートサイズの手帳が数冊と、穴をあけ束ねられただけの紙束が並んでいた。

 保存の魔法がかかっている家の中にあったからか、ほとんど傷んでいないようだ。


 クレアが端にあった手帳を取り、開いた。


「うーん、これお姉ちゃんが使ってる古代文字に似てる?」

「んー?」


 クレアには読めなかったようで、手帳を渡される。

 適当なページを開いてみると、最近は見なくなって久しい文字が飛び込んできた。


『6月1日 やっとこちらの暦にも慣れてきた。明日からしばらくラーゴという村へ向かうことになった。こいつらをここに置いていくのも可哀そうだから連れて行こうと思う』


 やや角ばった字でそこにかかれているのは日本語。


「リ、リルファナ、これって」

「どうしましたの?」


 ベッドの周辺を調べていたリルファナに見せると、リルファナも驚いている。


「昔のてん、いえ、英雄が残したものかもしれませんわ」

「ほんとに? すごい発見だよ、リルファナちゃん!」


 リルファナは転生者と言いかけて、途中で英雄に言い換えた。


 ざっと見てみると、手帳はこの転生者プレイヤーの日記のようだ。

 最初と最後を見ると全て揃っていない。途中で書くのを止めたのか、拠点を移したときにでも持って行ったのだろうか?


 紙束の方は、メモ帳やスキルなどの研究内容だった。

 ほとんどがブリーダーと呼ばれる職業のスキルだったので、この転生者プレイヤーの職業だったのだろう。


 セブクロでのブリーダーは、捕獲した魔物を使って戦う上級職だ。

 魔物の捕獲だけでなく、家畜などの飼育や繁殖といった生産スキルも得意という設定だった。


 ブリーダーならば、育成中の魔物と一緒にいるので見かければすぐ分かる。

 しかし、わたしがこの世界(ヴィルトアーリ)に来てから、魔物を連れ歩く人を全く見かけていない。


 魔法戦士と同じように広まっていないのか、忘れられてしまった職業なのかな?


 日記の内容にざっと目を通すと、この家の主は転生者プレイヤーであり、どこか別の町から何かの用事があり、当時は村だったラーゴの町に来たようだ。

 数年は生活していたみたいだけど、何かの理由で引っ越そうとしていることまでは読み取れた。


 また、ハーミはこの家の主が連れてきたペットのようである。

 引っ越しのときまでに数が増えてしまったため、家の守り手として残したようだ。ハーミが主の言葉の解釈を間違えたのか、家だけでなく湖の周辺や町まで守っているみたいだけどね。


 まさか、他の転生者プレイヤーが読むとは思っていなかったのだろう。

 日記なので、ほとんどが「思いつきだったけど、あれは上手くいった」などと書いてあるだけで詳細が載っていない。


 もっとじっくり読みたいけど、これ以上読んでいると時間がかかりそう。


 持ち出すか少し悩んだが、これらの資料はこっそり持ち帰って後で読んでみることにした。

 この世界(ヴィルトアーリ)やスキルについて何か分かることがあるかもしれない。


 残っていた資料を全てマジックバッグにしまう。読み終わったら、ここに返しに来ようと思う。


 次に仕切りで分けられた隣も確認しておこう。


「わ、すごい魔力」


 中央のテーブルには青い球体が置いてあった。わたしでも視認できるほど水の魔力を秘めている。


「あれ? これだけ魔力があるのに、ここに来るまで気付かなかったよ」


 クレアが首をかしげている。

 魔術師なら少なくとも2階に上がった時点で、膨大な魔力があることに気付くそうだ。


「うーん、これが結界を作っている装置かも……。お姉ちゃん、どうする?」


 しばらく観察していたクレアが、球体をそう推測した。


 内包する魔力はすごいが、破壊することは難しくなさそうに見える。

 停止させるなり、壊すなりすれば誰でもこの島まで来ることができるようになるだろう。


 これ以外に家の中に重要そうなものは何もなかった。

 通りすがりともいえる、わたしたちに鍵を渡したハーミたちは、結界の破壊を望んでいるのだろうか?


 でも、神殿だと思われた建物が、ただの家だったということが分かってしまうと、町の観光地としての魅力は下がってしまいそう。


 考えていると、球体の置かれたテーブルの下に、大きな袋がいくつか置いてあることに気付いた。


 引っ張り出してみると、犬や猫のイラストが描かれている。


「ペットの餌かな?」


 セブクロで存在したペットの餌。

 全てのペットで共通して使うことができて、使うと一時的に好感度が上がり飼い主の後ろを付いてくるようになるというものだ。


 雰囲気フレーバー的なアイテムなので効果はそれだけ。

 最初に面白がって使うだけでそれっきりという人も多かったが、ここの主はたくさん持ち歩いていたようだね。


 わたしも忘れていたが、調理や製薬、錬金スキルで作ることもできる。


「お姉ちゃん、これを探してほしかったのかな?」

「うーん、どうだろう?」

「分かりませんが、きっとそうですわ!」


 家の中で他に調べられるような場所もなさそうだ。

 ハーミが屋根裏にある餌袋を知っているとも思えないけど、何らかの方法で知っていたのかな?


 ハーミたちは結界の破壊よりも、この餌を望んでいたという可能性の方が高いだろう。



 わたしたちは、餌の入った袋を庭へと運んだ。

 庭にいるハーミの数が、10匹ぐらいに増えていた。


「これで全部なのかな? みんなで分けるんだよ」


 袋の口を開けて取りやすくしておく。

 ハーミは「了解」とばかりに片手をあげた。


「たんとお食べよー」


 いつの間にやら起きてきた妖精が、わたしの肩の上に移動してうんうんと頷いている。


「資料を借りたから、また返しに来るかも」


 そう言って、家の鍵を寄越してきたハーミに、鍵を返しておく。


「よし、帰ろうか」

「うん!」

「そうですわね」


 屋根裏部屋の青い球体は、あのまま置いておくことにした。

 人がこの島に来られるようになることが、町の人にもハーミにとっても良いことか分からないし、壊してしまえばもう戻すこともできない。


 ボートに乗って、結界ふしぎなちからの外へ出る。


「ミーナ」

「んー?」


 妖精の呼び声に返事をする。


「ありがとう。それと資料は返さなくてもいいよ。魔法戦士である君の役に立つかは分からないけどね」


 そう言って、妖精は消えてしまった。

 気配もないので、隠れただけではないようだ。


 予想外の言葉で返事ができなかったけど、今のって……。


「行ってしまいましたわね」


 クレアとリルファナに言葉が通じていないのは、変わっていなかったようだ。

 妖精は気まぐれなので、単に消えたと思い込んでいるみたい。


「うーん……」

「クレア様、どうかしました?」

「あの妖精さん、前に何度か見かけた妖精さんと魔力の構成が全く違ったんだよ、リルファナちゃん」

「それは、妖精ではなかったかもしれないということですの?」

「うーん……。小さい以外は人の気配に近かったような気も……」


 クレアは再び考え込んでしまった。


 神殿と間違えられているぐらい古い家のようだし、家の主であるブリーダーさんも今はもう故人だろう。

 もしかして、何らかの方法で亡くなったブリーダーさん本人が、ハーミたちを見守っているのかも……?


 わたしには推測を立てることしかできないし、全くの見当違いという可能性もある。


 だけど、あの家の主とハーミたちの間には、未だに強い絆が残っていることは感じ取れた。

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[一言] 「人がこの島に来られるようになることが、町の人とハーミにとって良いことか分からないし、壊してしまえばもう戻すこともできない。」 結果的には、結界を壊さなかったけど、どうして少しでも結界を壊そ…
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