ラーゴの町 - 神殿のある島
クッキーを両手に抱えて、ベンチに座ったわたしの膝の上に妖精がちょこんと座っている。
「おひるー。おひるー」
お昼の準備を始めると捕らえた妖精は、ロープから抜け出してちゃっかりと一緒にご飯を食べていた。
マジックバッグを持っていることもあり、普段から多めに買い込むので妖精が1人ぐらい増えても問題はない。
昼食後、腹ごなしも兼ねて島の遊歩道をぐるっと歩いてみたところ15分ほどで桟橋まで戻ってきた。
「反対側にも島があったね、お姉ちゃん」
「この島よりも小さそうだけど。行ってみようか」
「たんけんだー!」
妖精がノリノリで声をあげている。
ちなみに、妖精はお昼休憩の後からは、わたしの帽子の上に腰かけている。むむぅ……。
早速、桟橋からボートを出して移動することにした。
「わたくしも漕いでみますわ」
「じゃあ次の島まで、リルファナに任せるよ」
どうせクレアも漕いでみたいと言い出すだろう。
貸しボート屋の桟橋では、わたししか練習しなかった。
移動前にリルファナも少し漕いでみたが、問題なく簡単にボートを漕ぐことが出来た。わたしよりDEXのステータスが高いだろうし、当たり前だけどね。
そのまま島の反対側へ回り込んで、近くの小さな島へと近付く。
出発した島と同じように桟橋があり、ボートを停められるようになっていた。
降りたのは木が数本立っているだけの小さな島。
桟橋からは徐々に上り坂になっていて、反対側は崖のようになっているみたい。
「あ、あそこに建物がありますわ」
「紹介に載ってた神殿かな。リルファナちゃん」
「唯一の建物だそうなので、きっとそうですわ」
高さのおかげで遠くまで眺められる。
更に向こう側にあるいくつかの島々を見ていると、パンフレットに載っていた神殿というのをリルファナが見つけた。
「そんなに遠くないし、近くまで行ってみようか?」
「うん!」
「おー!」
クレアが返事をすると、妖精もそれにのる。どうやら探検気分でずっと付いてくるようだ。
案の定クレアがボートを漕ぐことになり、神殿があるという島へと向かった。
クレアは少し苦戦したものの、すぐに真っすぐに漕げるようになった。
「お姉ちゃんもリルファナちゃんも簡単に漕いでたけど、自分で漕ぐのって結構難しいね」
クレアが神殿のある島へと向かってボートを漕いでいく。
近付くと、神殿と呼ばれる建物がはっきりと視認できた。
「あの建物ですわね」
「うん。……なんだか神殿というより普通の家みたいだけど」
クレアがボートを漕ぎながら進んでいく。
前は使われていたのだろう、桟橋も見えている。
近付けないせいで整備などはされていないはずだが、朽ちたりもせずに綺麗なままだ。
「ええと、どこまで近づけるのかな?」
「ボートが押し戻されると書いてありましたが、距離まで書かれておりませんわ」
島の近くまで来ているが、結界にぶつからないようで真っすぐと進み続ける。
「うわっ」
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「なにかありましたの?」
「なんか今一瞬ぞわって」
なんだか一瞬、首筋がぞわっとした。なんだろう?
「ふぉんかーなの盾をすり抜けたんだよー」
妖精が何やら教えてくれた。
水の女神フォンカーナ様が関係しているようだ。
「……え、結界をすり抜けちゃったの?」
「そーそー、条件を満たすと通れるのー」
わたしの問いに妖精が何度も頷いた。
クレアも通れているということは、フォンカーナ様の加護が条件だろうか。
クレアとリルファナにも妖精の説明を教える。
「どうしよう、お姉ちゃん」
「うーん……」
神殿と呼ばれる建物に勝手に入っても良いのだろうか。
遺跡や洞窟ならば問題無いのだが、誰も入れないとはいえ、一応は町で奉っている神殿だと思われる。
町からは直接見える場所でもなく、先ほどからボートを利用している人も見かけていない。
もし誰かが後からボートに乗ってこちらに来たら、桟橋にボートが停まっていることは発見されるかもしれない。でも見られていないうちにこっそり入って、こっそり出てくれば誰にもばれないだろう。
パンフレットのこの神殿について書かれた項目を再確認する。
「特に所有者もいないようですし、扱いは遺跡と変わらないと思いますわ」
貴族として国の法律も勉強しているリルファナは、犯罪にはならないと太鼓判を押した。
正しくはリルファナが主に勉強したのはヴァレコリーナの法律になる。しかし、隣国であるソルジュプランテの法律もさほど変わらないとは聞いているそうだ。
それに意外と法律は笊……、というより臨機応変に対応できるようになっているらしい。
昔の転生者は法律についてはあまり細かく整備しなかったのだろうか。
魔法や魔物、異種族といった地球とは違いがあるし、一気に改革するのは民の反発を招くだろうから難しいかな?
「それでも、農民や町民が一方的に不利になるような法律はほとんどありませんわね」
法整備をしなかったのでなく、昔の転生者は平等性に力を入れた結果なのかもしれない。
「どうしても気になるなら軽く調査したあとに、冒険者ギルドに報告しておけば良いと思いますわ。黙っていた方が騒ぎにはならないと思いますけれど……、どこから見られているか分かりませんものね」
「なるほど」
誰も知らない場所。法律的に問題にならず、わたしたちは冒険者。探索しない理由もないか。
とりあえず中を探索してみてから、ギルドに報告するか決めることにした。
何も発見できなければ見なかったことにして、ひっそりと帰ろう。
桟橋にボートを停めて島へと入る。
やはり桟橋は、定期的に整備されているかのように綺麗だ。魔道具か何かを利用しているのだろうか。
「探索ですわ!」
「リルファナちゃん、張り切ってるね」
「ええ、久しぶりの探索ですもの」
桟橋から見た感じでは少し大きな住居ぐらいだし、大したものは残っていそうにないけどね。
建物の正面まで来ると、やはり神殿というよりは普通の一軒家のように感じた。
洋風の外見だが、こじんまりとしたサイズは日本の家のようだ。玄関のドアも、正面にある窓もしっかりと閉じられている。
「あら? そちらの方に何かいますわ」
リルファナが指さしたのは、家の外縁の右手方向。
建物に入る前に先に調べておくべきだろう。
フォンカーナ様の結界の中にいるのなら危険な生物ではないと思う。
それでも、念のため警戒しながら回り込んだ。
ぐるっと回った先は庭になっていて、レンガで囲った花壇がたくさん作られていた。
赤、青、黄、白と彩り豊かな花々が咲き誇る花壇。手入れもしっかりしているようで雑草も生えていない。
そして花壇の花に水をやっている生物がいた。
大きなヤドカリ……、いや、ハーミである。大小サイズのハーミが2匹で水遣りをしているようだ。
はさみを器用に使い、水の入ったジョウロを傾けている。
「ハーミ?」
わたしの声に、近くにいた大きい方のハーミが振り向いた。
ジョウロを置き、はさみを振り回してジェスチャーをしているけど、何が言いたいのかは分からない。
怒っている感じではないので、侵入に対する警告ではなさそう。
どうしようかと悩んでいると、小さい方のハーミが何か小さな金属を持ってきた。
「鍵ですわ」
一番前にいたリルファナが金属を受け取って、よく見ると鍵のようだ。
両手のはさみをクイクイと上げ、家の方に向ける。
「ええと、家に入っても構いませんの?」
再度、クイクイとはさみを持ち上げ、持ち場である花壇へ戻っていった。
「ごくろー!」
わたしの頭上にいる妖精が、手を額にあて敬礼している。
ハーミもそれに対し、片方のはさみを頭上辺りの殻にあてて返礼した。ハーミは妖精を見ることができるようだね。
もうハーミについては、あまり驚かなくなってきた。
この妖精、この島のことも何か知っていそうだけど、聞くと何かに負けた気がしそうだ。
「とりあえず入ってみようか」
「ええ、そうしましょう」
ここがハーミの家ならば、開け閉めが大変になる扉は付けないよね。
この家とハーミはどういう関係なんだろう?
リルファナから鍵を受け取り、鍵穴に差し込む。
カチャッという音と共に鍵が外れた。
玄関のノブを回し扉を開ける。
明り取り用の窓が多いようで、屋内は明るかった。
靴箱が置いてあり、先には廊下が続いている。
この世界の民家では珍しい、玄関のようだ。
「お邪魔しますー?」
「たまたまなのかハーミは入らないのかは分かりませんが、中には何もいないようですわ」
靴箱を見ても、何も入っていない。
軽く靴についた土を落としてから、目の前にある廊下へと向かって歩き出した。