廃墟の調査
翌朝、朝食が済んだわたしは貰った革鎧を身に着けて父さんに貰った鉄剣をタンスから出した。何か見つけたらしまえるようにと腰のベルトに皮袋もつけた。ちょっとしたものしか入らないけれど、前回の手ぶらでの探索よりは良いよね。わたしは反省する女なのだ。
「もっときつく縛っておかないと戦闘中に外れるぞ」
革鎧を縛る紐が緩かったらしい、確認していた父さんに注意された。ぐぬぬ。
父さんは、わたしとクレアが遺跡から帰ってきたときに身に着けていた防具といつも村で使っているのとは別の装飾の施されたやや幅広の剣を腰に吊るしている。冒険者時代の剣なのかもしれない。
「お父さんもお姉ちゃんも気をつけてね」
「ミーナも父さんやアルフォスさんたちの言うことはちゃんと聞くのよ」
クレアと母さんのいってらっしゃいの声を聞きながら父さんと村長の家に向かった。
◇
村長の家に到着した時には、アルフォスさんたちはもう準備が終わっていたようで家の前で待っていた。おはようと挨拶し、装備品や道具の確認をする。
アルフォスさんは昨日と同じ格好の金属質の軽鎧に槍を背負っている。ジーナさんは金属鎧に大きな両手剣を背負い、両方の腰にハンドアックスを吊るしている。ミレルさんは革製の軽装備、腰にショートソードと矢筒、背中に短弓を。鎧にはポケット、腰周りにはごちゃごちゃとポーチ類がたくさんついている。
父さんはアルフォスさんから小さな背負いカバンを受け取り中を確認すると背負った上から紐でくくりつけた。昔、カバンが膨らんでいたせいで戦闘で動き回った時にひっかかって中身をぶちまけたことがあるらしい。ミレルさんもカバンを背負ってるけど、そんなことはしていないので父さんの癖だろう。
「それじゃあ行こうか」
アルフォスさんが声をかけて、北の森へ出発した。
森に入ると、村の中では父さんに預けておいた鉄剣を受け取り腰の木剣の横に吊り下げた。秘密基地から転移陣を使って廃墟へと向かう。
先導はわたし。
この秘密基地の詳しい位置はわたしとクレア、わたしとよく遊んでいた村の子が数人しか知らない。
村から近いので存在自体は大人でも知っている人はいるだろうけど、わたしから教えたことはないのだ。
これで父さんにも場所がばれてしまったので、今後はここで隠れて昼寝するのは難しいかもしれない。
「これは、古代文明時代の祭壇に似ているわね」
「ん、かなり簡易的」
単純な遺跡でもジーナさんたちには興味があるようで、しばらく眺めていた。
「念のため僕たち3人が先に行くから、10カウントしてからマルクとミーナちゃんも転移陣に入って跳んで来てくれ」
転移陣は転移先が埋まっていると利用出来ない仕組みなので、向こう側で何かあったときわたしたちが転移陣の上に立っていると戻って来れない可能性があるらしい。
特に人数が多いと転移出来ないため可能性が上がるとか。
アルフォスさんが魔法陣に魔力を流し3人が転移するのを確認し、ゆっくりめに10カウントしてから父さんと追いかけた。
アルフォスさんたちは転移先の小部屋から出たところで待っていた。
「活きてる転移陣が、村のすぐ近くにあるとはな」
「ああ、野外の転移陣なんて大抵は壊れていて使い物にならないんだが」
……『掃除』するまで、この転移陣も使えなかったんです。とは何となく言い出せず黙っていた。
ミレルさんが先頭に立ち、ジーナさんがその後ろ。父さんとわたしを挟むように最後尾にアルフォスさんが立った。流石に手馴れてるなと感心した。
そのままわたしとクレアが探索した順番で道を案内する。
「この部屋は光の魔力が強い、これは加護のレベルに近い」
「この前より少し薄くなっているような気がします」
聖堂に入るとミレルさんも他の人もすぐに気付いたようだ。でも、この間より神聖さというか違和感がかなり薄くなってる気がする。ミレルさんが言うにはそれでも十分な魔力のようだ。
「乾いた血痕がある」
「……それはわたしのかも」
彫像との戦いで流血したため、よく見ると点々と床に血の跡が黒くなって残っていた。
壊れたリビングスタチューはあの日のまま残っており、近くに血溜まりの跡も残っていた。
こう見るとクレアがいなかったらやばかったかもしれない。それを見て思った以上に怪我が酷かったことを知った父さんが顔をしかめている。
「彫像は確かに最近壊れたように見える」
「真っ二つになってるわね」
「風か氷の魔力で叩き割ったような感じ」
「ミーナちゃんの木剣じゃ無理でしょうね。誰かと戦ったか経年劣化していたところに丁度攻撃が入ったのかしら」
ミレルさんとジーナさんが彫像の検死(?)をしているようで、わたしが戦ったことは分かったみたいだけど魔法剣で倒したことはばれずに済みそうである。
いや、そもそも嘘はついていないのに勝手に解釈されただけだが。
アルフォスさんもそれを聞いて、色々考え込んでいるようだ。わたしは見る人が見れば細かいことも分かるんだなあ、なんてのん気に考えていた。
聖堂をはさんだ反対側の通路と2階を確認するも、特に変わりはなかった。彫像のいた部屋の扉の前に立つ。扉は前のまま開きっぱなしで放置されている。
「この先の部屋に彫像がいたので、扉は開けたけど部屋には入っていません」
「分かった」
ミレルさんの雰囲気が張り詰めたように切り替わった。
もちろん、今までも慎重に行動していたが1度入ったことがある場所なので歩いた部分や扉よりも壁や装飾品に注意を払っていたように感じていた。
だが、ここからは未探索区域であるため、より一層注意深く集中しているのが見てとれた。
部屋に入り、安全を確認できたのか手招きする。そのままミレルさんは手近な棚を調べ始めた。
部屋にはテーブルと椅子、棚、右側は手前から地下への階段、奥には外に出る扉がある。左手にも別の部屋につながりそうな扉がある。
窓から見える景色は森がほとんどだが、すぐ近くに家屋があったことが分かる壁だけが残っていた。この聖堂は生活出来そうな場所が無いので、あちらの建物が生活に使われていたのかもしれない。
棚の中には銀の食器類がいくつか入っていた。ここがまだ使われていた頃のものだろうか。
「これは古代文明時代の教会の紋章入り。そこそこ価値がある」
「持ち歩くと傷になるかもしれないから帰りに持ってくぞ」
「棚にも何か入ってるわね」
「ん、そっちは二束三文。余裕があれば持っていってもいい」
ミレルさんが食器を調べてそのままカバンに入れようとしたらアルフォスさんが止めていた。
冒険者が多いダンジョンならともかくここでは急いで回収する必要もないのだろう。一目で古代文明時代と分かるような彫刻品や食器はアンティークとして売れるらしい。
ある程度調べ終わったところで、ミレルさんは隣の部屋の扉を調べていた。
鍵がかかっているようで、腰のポーチから針金のようなものを取り出し、カチャカチャといじっていると30秒ほどでカチッという音がして開いた。
ゲームでは特別なイベントを除けば、対応した鍵を持っていないと開けられなかったんだけど、そんな制限あるわけないよね。
木の扉ぐらいならジーナさんの両手剣で壊してしまうことも可能だろう。
どうやらミレルさんが部屋の中の罠だけをチェックし、他のメンバーが部屋の中を調べ終わる頃には次の部屋の入り口を調べておくという流れで探索を進めているみたい。
無駄な時間を作らない流れるような調査はベテラン冒険者だからなのかな。
更に調べる対象の危険度で誰が調べるかもある程度決まっているようで、父さんは慣れているのか一緒に調べまわっていたけど、わたしは邪魔にならないようにするので精一杯だよ。
「勝手が分かってる人が増えると楽」
「身体は覚えてるもんだな」
父さん15年以上ブランクがあるはずなのに、懐かしそうに返事をしている。なんだか嬉しそうだし結構張り切ってるなあ。
隣の部屋は執務室だったのであろう、執務机と大きなテーブルとソファが置かれていた。さっきと同じように部屋の中を調べていくと、執務机の引き出しに鍵が入っているのを見つけた。
ミレルさんがポーチに鍵をしまうと、他に目ぼしいものはなかったようで部屋を出た。外への扉は鍵がかかっているので、そのまま放置しミレルさんを先頭に階段を下りていく。
次は地下の探索だ。