ラーゴの町へ - 準備
夕飯の時間になると、レダさんがケレベルさんの書いたメモを持ってきた。
「こんな感じの道具らしいさね」
「ポーションの精製道具のようですわね」
受け取ったメモによると、ビーカーや試験管、ガラス棒といったガラス製の道具で、魔力の抽出を補助する能力を持っているようだ。
それと乾燥させた薬草を粉にする薬研を自動化したものも含まれていた。見た感じは小型のミキサーかな?
リルファナが言うにはこれがあるなら、こっちもあるはずという感じで、いくつか足らない道具もあるらしい。
避難所として造られた遺跡なので、まだ入荷していなかったか、長い年月で壊れてしまったのだろう。
「この道具、リルファナは使える?」
「ええ、これを使えばポーションの品質が上がると思いますわ」
わたしの問いにリルファナが頷いた。
使えるなら貰っておいた方が良いだろう。マジックバッグに入れておけば割れることも無いし。
「ええと、冷蔵庫2つと製薬道具1セット。残りは現金で良いさね?」
「はい。それでお願いします」
「明日には届けるように言っておくさね」
それと明後日辺りからラーゴの町へ遊びに行ってくると伝えた。
「それなら、また冒険者ギルドへ手紙を配達してもらおうかね。当日、早めに出るなら前日にギルドに来てもらっても良いようにしておくさね」
「分かりました」
ラーゴの町の冒険者ギルドは小規模だと聞いている。
かと言って、ガルディアにその分の依頼が持ち込まれることも滅多に無いようだ。どういうことだろう。
「ああ、ラーゴの町は独特で、普通の町なら冒険者ギルドが行うことも商人ギルドが担当しているのさ。冒険者でも商人ギルドで依頼を受けられるさね」
元々、ラーゴの町は商人ギルドが色々と活動していた町で、後続の冒険者ギルドは支部が置いてあるだけといった状態のようだ。
商人ギルドに任せられるなら任せてしまえということらしい。
小説ではギルド同士は仲が悪かったり、抗争していたりとかもよくある話だけど、そういうことはないみたい。
ラーゴの町までは街道を歩くと3日ほど。わたしたち3人だけならもう少し早く着くと思う。
どれぐらい残っていたっけと、携帯食を確認したらあまり残っていなかった。
明日中に冒険者ギルドで買い足しておこう。
別のルートもあり、フェルド村から南の森を南下する方法ならば2日ちょっとで辿り着ける。
でも、魔物避けの石柱もない森の中で野営する必要があるので、街道を進む方が明らかに安全だ。そこまで急ぐ必要もない。
それと図鑑で採取できそうな素材や、ラーゴの町周辺に生息する魔物を少し調べよう。
図鑑は買ったときに一通りざっと眺めているので、珍しい魔物などはいなかったことは分かっているけどね。
「お姉ちゃん、何探してるの?」
寝る前に、『魔物大全』を見ているとクレアが聞いてきた。
「ラーゴの町周辺の魔物を調べておこうと思って」
「湖があるんだよね。クロコダイルもいるのかな?」
「うーん、本だとクロコダイルはいないみたい。観光地だから危険な魔物は少ないと思うよ」
魔物大全はソルジュプランテ周辺の魔物を網羅している本だ。
しかし、霧の枝にいたシャドウスケルトンは掲載されていない。洞窟内や小規模でしか生息していない魔物については抜けもあるのかなと思う。
なので、ラーゴの町周辺に危険な魔物が絶対いないとは言い切れない。
街道などの人がよく通る場所は、ほぼ大丈夫だと思うけどね。
レダさんによると、大きな町ならその地域の魔物を掲載した魔物大全が売られているらしい。そう言われると集めたくなる。
わたしたちが使っているガルディアで買ったこの本は、ソルジュプランテ全般をカバーしているが、特に東部を主とする本のようだ。西部を主にした本もあるのだろうか。
――翌日。
小雨が降る中を合羽を着こんで、携帯食などを購入しに3人で出掛ける。
配達する手紙も、今日中に受け取っておこうとギルドに寄った。
窓口で聞いてみたが、レダさんのいるギルドマスターの部屋に通される。
「こっちが冒険者ギルドのマスター宛て、こっちが商人ギルドのマスター宛てさね。返事はいらないけど、冒険者ギルドの方はマスターに直接渡して欲しいさね」
「了解です」
2通の手紙を受け取ってマジックバッグにしまう。宛先が書いてあるので渡し間違えることは無い。
レダさんは書類仕事で忙しそうなので、そのまま挨拶だけして部屋を出た。もし何か追加があっても夕飯のときに言われるだろう。
一応、掲示板の常在依頼を眺めてから帰ることにした。
移動のついでに見かけたら採取や討伐を行っても良いだろうからね。
男女の冒険者が傘をたたみながらギルドに入ってきた。
傘か。
依頼など出先で雨が降ったときのために予備の合羽はあるが、傘もあった方が良いだろうか。
初めてガルディアに来たときは、雨でも傘を持っている人はあまり見なかった。しかし最近は雨が降りやすいからか、傘を持ち歩いている人もちらほらと見かける。
冬や夏と違い、この時期の雨は1度降り始めるとしばらく降り続くせいかもしれない。
この世界に来る前は、合羽よりも傘を使うことが多かったので、手慣れたものを買っておきたい気持ちもある。
外でも街道ぐらいなら傘をさしていても大丈夫かな。
万が一、魔物に襲われたら投げ捨てるかもしれないけど。
さほど高いものでもないし、気にせず買っておこう。
「傘も買ってこうか」
「じゃあ、雑貨屋さんだね」
中央広場に近い雑貨屋に入る。
この時期は売れ筋のようで、様々な色の傘が置いてあった。しっかりした作りで頑丈そうだ。
色はたくさんあるが、一般的な大きさの物しかない。ワンタッチで開くものや、折り畳み式も無いみたい。
傘も昔の転生者が残したものだと思うのだけど、あまり雨も降らない地域だし、普通の物しか作らなかったのだろうか。
それとも細かい技術が残らなかったのかな?
「思っていたよりもたくさんありますわね」
「うん、どの色にしようかな? お姉ちゃんはどうする?」
「うーん。派手じゃなければどれでもいいけど……」
最終的に、わたしは深緑色の傘を選んだ。
クレアは赤色、リルファナは若草色の傘にしていた。
出発前にギルドで依頼を受ける予定はないので、準備はこんなところだろうか。
そう思いつつ雑貨屋を出る。
「お姉ちゃん、試しに傘を使ってもいいかな?」
「うん、好きにすれば良いよ」
合羽を着ているので傘は必須ではないけど、使ってみたいのだろう。
ニコニコと笑顔でクレアが購入した傘を開いた。
「合羽より前が見やすいね」
「ええ、欠点は片手が塞がってしまうところですわね」
夕飯の材料も買い込み、家に帰った後は自由時間だ。雨がやまないので家の中でのんびりとすごす。
小説も読み終わってしまったので、そろそろ新しい本も買いたいな。
夕方、ケレベルさんの使いの人が魔道具を持ってきてくれた。
冷蔵庫は使っている物の横に並べて設置してもらう。
製薬道具の方は、リルファナが確認だけしてしまっておくとのことだ。
お金も受け取るのかと思っていたけど、冒険者ギルドに預けてあるので受け取ってほしいとのことだ。
直接渡すよりも、冒険者ギルドが関与した方が証拠となるのだろう。
ケレベルさんの使いの人が帰ったあと、冷蔵庫に魔力を補充しておく。
部屋に戻るとクレアとリルファナが『野草の図鑑』を読んでいた。欲しい素材があるようで色々と話し合っているようだ。
◇
――出発当日。
やや雲があるが、日差しもあり晴れている。
「じゃあ気を付けて行ってくるさね」
「いってきますね」
「いってきます!」
「いってきますわ」
ギルド前で家から一緒に来たレダさんと別れる。
わたしたちは、お弁当を買ってから出発することにした。
南門から町を出て、しばらく街道沿いに南下すれば良い。
フェルド村へ向かう丁字路はそのまま南へ進む。
「こっちに行くのは初めてだね、お姉ちゃん」
「うん。ずっと森沿いの街道を進めば良いから迷うことはないはず」
ここから先は行ったことのない場所。何があるか楽しみだ。