フェルド村 - 5月末
父さんの手伝いでコメと複数の野菜を収穫した。
コメの実はサッカーボールぐらいの大きさで、割るとコメが詰まっている。
稲と違って干す必要もなく、このまますぐに食べられるのが特徴だ。
少しだけ玄米のようなベージュ色っぽいものが混ざるので、高級店などへ卸す場合は、見た目を綺麗にするために精米することもある。しかし、家で食べるだけならその必要もない。
野菜は毎年作っているキュヴォロ、ポテト、トマト。
今まで家の畑で見たことはなかったが、アーリョも作り始めたようだ。
今日は採らなかったけど、ピーノも実っていたので今度ピザでも焼こうかな。
ピザはガルディアで食べられるお店も多いし、この地域ではメジャーな食べ物だと思う。あまり具を乗せないので、ピッツァと言ったほうが正しいかもしれないけど。
夕飯はロールキャベツとなった。ポテトサラダ付きだ。
「すごく大きな川だった!」
「アルジーネか。酒が美味かったな」
「あ、お土産にいくつか買ってきたよ。父さん」
家に着いた途端、手伝いをしていたのでお土産を出すのを忘れていた。後で出すことにしよう。
「それとレイサちゃんと友達になったよ。フォーレンの貴族だって!」
「ほう?」
「迷子になっていたので宿まで連れていったのですわ。ベルガメリ家と名乗っていましたわね」
「名前ぐらいは聞いたことあるな。フォーレンでの農耕政策に力を入れている家だったかな」
父さんの情報だと、町人の話を聞いて今後の政策などを決める立ち位置だそうで、いないと困るそこそこぐらいの家系といった感じらしい。
「あとはアルフォスさんの依頼ぐらいかな」
「どんな依頼だったんだ?」
「霧の枝で発見された洞窟の調査って感じ」
今月はアルジーネの町と、霧の枝に行っただけだね。
移動距離が長くなると、日数がかかってしまうのであまりいくつも依頼を受けられないな。
「お姉ちゃんが、小屋ごと壊してスケルトンの動きを止めたんだよ!」
「おお、豪快だな!」
「……もうちょっとお淑やかになるように育てるべきだったかしら」
……聞こえてるよ母さん。父さんは盛り上がっている。
時間がかかっても良ければ、魔法でちまちま削っても良かったんだけどね。
ゲームと同じように、王を倒すまでスケルトンが無限に出てきそうだったので、時間をかけるとアルフォスさんたちが危険になる可能性もあった。
「アルフォスさんに報酬をたくさんもらったから、少し家に入れておくよ」
――夕飯後。
家に入れるつもりで、冒険者ギルドで現金にして小袋に分けておいた。
小袋に大金貨30枚が入っている。
「おう。……え?」
何気なく小袋を受け取った父さんが、重さに驚いて袋を開ける。
母さんも袋を覗き込んで固まった。
「……でかいスケルトンってのは、具体的にどれぐらいの強さだったんだ?」
「単純には比べにくいけど、前に出た蜘蛛の女王ぐらいかな?」
「そんな強かったのか……」
やっぱり話半分で聞いていると、敵の強さは分からないみたいだね。
「預かってはおくが、金に困ったらすぐ言いなさい。絶対使いきれないからな」
「うん、でもそれで報酬の3割なんだよ」
「あいつらも稼ぐようになったな……」
父さんが少し遠い目をしている。昔はお金にも苦労していたのかな。
フェルド村では、野菜の売り上げだけで普通に4人で生活は出来ていたし、買い物する場所も少ない。
それに、村で大金貨を出してもお釣りの準備が無いよね。店主さんには、笑われるかドン引きされるかも。
「まあ、それはいいとして。お土産を出すね」
マジックバッグからお土産を取り出す。
アルジーネで買ったお酒と裁縫道具。王都で追加にと買った味噌を出した。
「おう、ありがとうな」
「良さそうな裁縫道具ね」
母さんが裁縫道具を詰めた箱から、いくつか道具を出して確認している。
裁縫スキルの高いリルファナのお墨付きの裁縫道具だ。きっと使いやすいだろう。
◇
翌日はリルファナの短刀を作ることにした。
リルファナは、二刀流スキルで武器を2本使っていることがあるので、作る前に話を聞いておこう。
「リルファナ、アテルカリブス鉱石で短刀作ろうと思うんだけど、2本作った方が良いかな。スキルで2本使うことあるよね?」
「ええと、左手は短剣の方が使いやすいですわ。予備という意味なら、短刀が2本あっても良いと思いますけど」
「じゃあ、短刀2本と短剣にしようかな」
「ミーナ様はアテル鉱石は使いませんの?」
「あれって魔法剣と相性悪いって設定があったんだよね。霊銀の方が良さそうかな」
「ミーナ様が良いなら、それで構いませんわ」
今日は曇っているが雨も降っていないので、家の裏手で作れば良いだろう。
携帯炉を設置し、道具とアテルカリブスの延べ棒を取り出す。
鍛冶をしていると魔力がどんどん消費されていく。王都でも思ったけど鉄や鋼よりも消費魔力が大きい。
両手剣を作ったのは初めてだったからそのせいかもと思っていたけど、鉱石の種類によっても増えるみたい。
ちなみにわたしの経験則だと、日用品よりも武器、シンプルなものより細かい装飾を付けるほど消費魔力が増える傾向だ。
ジーナさんに渡した両手剣と同じように、暗い濃灰色の短刀が出来た。
王都で買ってきた柄の部品も、それにあわせて暗い色の物を使う。
鞘は売っていなかったので、木製のものを自作してみた。
やはり鍛冶スキルが上がっているようで、パーツも作成できるようになっている。
もう1本作るには魔力が厳しそうだ。
まだしばらく村にいる予定だし、ポーションは節約して日課として少しずつ作っていくことにしよう。
炉を片付けて家に戻ると、クレアとリルファナはポーションを作る下準備をしていた。
窓の辺りに薬草を広げて干しているようだ。
「雨が降りそうな空ですし、少しずつですわね」
「どこかまとめて干せる場所が欲しいね、リルファナちゃん」
うーん、屋根のある場所か。
「テントを張って使う?」
「お姉ちゃん、風通しが悪いから乾きにくいと思うよ」
「干せなくはないですが、時間はかかりそうですわね」
わたしたちが使っているテントは、冒険者向けの頑丈な物なので風通しが悪い。
雨風が強いところや、多少なら雪や砂嵐が舞っていても大丈夫なように作られているのだ。
「なら、ロープでも張って、吊るして干しちゃうとか」
「葉っぱは小さいからロープに引っかけられないよ」
「薬草ってどうせすり潰しちゃうから形は気にしないよね。針を使って糸を通せば、吊るせるかなって」
「うーん、やってみるよ」
クレアが針と糸を持ってきた。
薬草の根元の部分に糸を通して、何枚分か連結する。
「これなら干せそう!」
「ではやってみましょうか」
リルファナが持ってきたロープを、わたしたちの部屋に張る。
連結した薬草から伸びた糸の部分を、ロープに結んで吊るしていく。
「これで、窓を少しだけ開けておけば乾きそうだね」
束を5個ほど作り窓際に吊るす。お試しなので窓際に吊るせるぐらいの数だ。
「間隔が狭いと乾燥に時間がかかりそうですわね。それと部屋が使いにくくなりますわ……」
「吊るすのは、この3倍ぐらいまでが良いかな」
端から端まで吊るすのは微妙そうだ。この3倍ぐらいなら窓際だけで済む。
それでも十分乾かせることが分かれば、最初に広げていた分に比べれば多く乾燥できるだろう。適当に張ってしまったので、ロープの張り方も考えた方が良いかな。
「あ、そうそう。短刀が1本出来たよ」
リルファナにさっき作った短刀を渡す。
リルファナは受け取った刀を鞘から抜いて軽く振ると、頷いてマジックバッグにしまった。
ここで思い切り振るわけにもいかないので、後で試すことにしたのだろう。
「ミーナ様、ありがとうございます」
今日はのんびりしようかと、ベッドに寝転がって本を読むことにした。
リルファナも薬草が乾くまでは暇なようで、マジックバッグに入れて持ってきたクマのぬいぐるみを抱えてごろごろしている。
クレアは魔術書を開いて読み始めた。いつも勉強熱心だ。
「あら、降り始めましたわ」
夕方になると、小雨が降り始めた。
部屋に吹き込むほどではないので、窓は開けっぱなしだ。
「ご飯よー」
母さんが夕飯だと呼んでいる。
クレアはいつの間にかいなくなってた。手伝いに行ったんだろう。
「リルファナ、夕飯だってー」
リルファナはぬいぐるみを抱えたまま寝ていた。珍しい。
ぺしぺしと軽く叩いて起こす。
「ふえ……あら、眠ってしまっていましたわ」
「こっちに来てから疲労感が弱いけど、蓄積はしているんだろうね」
「そうですわね。活動するのに便利ではありますが、いきなり倒れてしまうと困りますし、気を付けないといけませんわ」
今日の夕飯はリゾット風のご飯とサラダだった。
「ミーナ、今月はどれぐらいいるの?」
「うーん、のんびりしようかと1週間ぐらいいるつもり」
「そう。随分と稼いだみたいだし、それもいいわね。リルファナも疲れてそうだったし」
母さんは、リルファナが疲れ気味なのに気付いていたようだ。
「まあ、お義母様には分かりますのね」
「ミーナにこき使われてるんだったら、すぐ言うんだよ」
「いえ、大丈夫ですわ! ミーナ様はお優しいですもの」
リルファナは戦闘では前衛だし、探索や移動のときも先頭にいることが多い。
索敵スキルを持っているとは言え、精神的に疲れやすそうだ。今後は気を付けよう。
そういえば父さんなら、この辺りの町に詳しいし遊びに行けそうな町も知ってるかな?
後で聞いてみることにしよう。