黒い鉱石
錆びたスケルトンの王の大剣を溶かし、真っ黒な鉱石となってしまった。
セブクロでの黒い鉱石というと鉄、黒曜石、ダマスカス辺りがぱっと思いつく。しかし、別の鉱石もあった気がするし、複数の鉱石が混ざっている可能性もある。
わたしの鍛冶スキルでも識別できないので、ただの鉄ということはないと思う。
よく分からない鉱石だが、この鉱石を使って武器を作ることは出来そうだ。
まだ午前2の鐘が鳴って少し経つぐらいの時間だし、延べ棒をもう1個だけ作って後で武器にしてみよう。
「それはどうするんだ?」
「早い時間だとうるさいと思うので、後で打ってみようかと」
「ふむ、それは楽しみだな」
ディゴさんは作業工程も見たいようだ。作るときに呼ぶことを約束させられた。
「コアゼが起きてきたらご飯」
料理当番はコアゼさんしかいないらしい。
わたしも朝は弱いので、寝てる間にクレアかリルファナが作ってくれることも多い。今日は起きているのだし朝食を作ってみるのも良いか。
「何か作りましょうか?」
「ん。作ってくれるなら嬉しい」
平屋に台所があるといって案内される。
アルフォスさんたちは依頼でずっと留守だったので、食材がほとんど残っていなかった。
コアゼさんは長持ちするもの以外、処分してから出かけたのだろう。
「必要なものがあるなら買ってくる」
「もう開いてる店があるんですか?」
「ん、すぐ裏の店が早い時間からやってる」
ガルディアのほとんどの店は、午前3の鐘が鳴った後に開くが、王都の下町の食料品店は早朝からやっているところも多いようだ。
買うものだけ教えてくれればミレルさんが1人で行ってくると言っていたが、見に行ってみたいので一緒に行ってみることにした。
「おはよう、お姉ちゃん。早いね」
「おはようございます」
出かけようとしたところに、クレアとリルファナも起きてきた。
買出しに行くことを伝えると、一緒に出掛けることになった。
◇
アルフォスさんたちの家から、ぐるっと裏の道路へと回ると、パン屋や八百屋といったお店が並んでいた。
この辺りのお店は、早くからほとんどの店がやっているようだ。
お弁当屋さんのようなものもあった。
冒険者だけでなく、服装などから大工さんや商人さんと思われる人も買っていた。
「朝市みたいですわ」
「ここはいつもそう。早く出かけるときも多いから助かる」
リルファナの育ったラディス島では、毎週決まった曜日に市が立ったそうだ。
あまりのんびりしていると、朝食に間に合わなくなってしまう。
野菜と卵、ハム、パンを買い込みアルフォスさんの自宅へと戻る。
お金はミレルさんが出してくれた。
10人分ともなると量も多い。運ぶことを考えると、クレアとリルファナと合流出来て良かったかもしれない。
「サンドイッチにしようか」
わたしは、サンドイッチを作るために卵を茹でることにした。
ミレルさんは全く料理が出来ないようで、わたしが料理するところを眺めている。
「ゆで卵はコアゼが転がせとうるさい。面倒」
「黄身が少し寄っちゃうだけなので、放っておいても平気ですよ。今回は具にするので潰しますし」
普通のゆで卵なら、手順さえ分かれば誰でも作れると思う。
キッチンタイマーが無い世界なので半熟を作ろうとすると面倒だけどね。
「お姉ちゃん、何かスープでも作るよ」
「わたくしも手伝いますわ」
クレアは野菜を切り始め、リルファナはお湯を沸かし始めた。
面倒ならお湯は魔法で沸かしても良いのだけど、普段の生活ではあまりしないらしい。
「あら、珍しく物音がすると思ったらミーナさんたちだったのね」
コアゼさんが起きてきたが、巫女服ではない普段着にエプロン姿だった。
コアゼさんにも手伝ってもらいながら卵サンドとハムサンドを作っていく。
「これなら簡単に量が作れるわね」
「ジャムとかでも作れますよ」
「なるほどね」
アルフォスさんとジーナさんもやってきた。
あとはブコウさんとロダウェンさんかな?
「ブコウは朝早くから出かけると言って、どこかへ行ってしまったぞ」
「ロダは昨日の酔い方を見るに、昼まで起きてこないかな」
ディゴさんがそう言いながら椅子に座り、アルフォスさんが付け加えた。
「なら先に食べる」
「そうね、そうしましょう」
ミレルさんはずっと見ていたので待ちきれなくなっているようだ。
ブコウさんもいつ帰ってくるとは言っていなかったようだし、食べ始めてしまっても良いだろう。
◇
アルフォスさんたちも、緊急の依頼が入らなければ数日休みにするらしい。
それと、アルフォスさんからの依頼の報酬は、全員が上限の白金貨1枚で良いと頷いていた。
黒い延べ棒も、わたしたちで倒したようなものだからと、貰って良いことになった。使い道も価値も分からないから押し付けたのでは、と思わなくもないけど。
報酬はアルフォスさんから帰りに受け取り、報告だけガルディアで行う予定だ。
お昼はミレルさんが行きたいお店があるようなので、一緒に行くことを約束した。
近いので昼前に出れば大丈夫だそうだ。さっきの黒い延べ棒で剣を作ってみることにする。
ディゴさんに言うと見物に付いてきた。
興味があるのかクレア、リルファナ、ジーナさんも一緒だ。
カルファブロ様の炉を出す。
うーん、とりあえずわたしが知ってる武器になるといいなという、ふわっとしたイメージで武器を作る。
金属を熱して打ち付ける。
予想以上に魔力の消費が激しい。額から汗が落ちた。
これは、かなり上位の鉱石かもしれない。
しばらくスキルに任せて金属を打っていると、徐々に形作られていく。
「ほう」
出来上がった剣は、スケルトンの王が持っていたものよりは小さめだが、片手で扱うには大き過ぎるといった両手剣だった。
色は真っ黒だった延べ棒から、鈍い輝きの濃灰色に変わっている。
「あら、アテル剣ですわ」
「知ってるの? リルファナちゃん」
「ええ、アテルカリブスという鉱石で作った武器が、このような色ですわ」
ふわっとしたイメージだったけど、しっかりセブクロで手に入る武器と全く同じ形に出来上がった。
濃灰色の刀身から、黒い柄まで一体成型となっている。
リルファナは形で判断したのだろうけれど、そう言っても通じないので省略したようだ。
アテルカリブスはセブクロ固有の鉱石で、最上級職の武器で使う素材だったはず。
どこかの言葉で、単純に黒い鋼という意味だったような気がする。アテル剣という名称は単純に省略系だ。
アテルカリブスで作った武器は霊銀よりも攻撃力が高い。
ゲームでは世界観の補強という意味しかなかったが、いくつか性質を持つ。
使い手の技量に応じて切れ味が少し増すという性質と、魔力を通しにくいという性質だ。
魔力を通しにくいのでこの世界では魔法剣で戦うと、霊銀の剣より弱くなるかもしれない。
とりあえず、この両手剣どうしよう?
わたしは回避型の戦い方をしているので、こんな重い剣では使いにくい。リルファナやクレアも使わないだろう。
辺りを見回す。
……あ、そこに両手剣の使い手がいるじゃないか。
「ジーナさん、これ使いませんか?」
「え?」
「適当に作ったらわたしには大きすぎたので……」
ジーナさんとディゴさんが顔を見合わせた。
「いやいや、適当に作れるわけないだろう」
ディゴさんに突っ込まれてしまったが、それが作れてしまうんだよな……。
無理に受け取ってもらう必要もないけれど、わたしが持っていても邪魔なだけだ。
こんな高レベル装備だと、売るわけにもいかないだろうし。
「まだ炉を使いこなせていないので、そうなってしまうことがあるんです」
他の人には証明できないので、炉のせいにしておこう。
半信半疑な顔だが、ジーナさんに握らせる。
「なんだか面白いことになってる。ジーナ、試しに使ってみたら?」
ミレルさんが通りがかったようだ。
ジーナさんはミレルさんに促されるまま、訓練用に置いてあるのだろう立てた丸太の前に立たされた。
よく見ると丸太は剣で斬りつけられて、樹皮がぼろぼろになっている。
「はっ」
ジーナさんが両手剣を一閃。
「おい、はずれてるぞ。力みすぎたか?」
ディゴさんがからかう。
どうやら丸太に当たらなかったようで、何も起こらなかった。
……ように見えたが、いきなり丸太の真ん中あたりで上と下が斜めにずれた。
ミレルさんがぽかんとしている。
「ほとんど斬った感触が無かったわよ……。すごいわね」
ジーナさんは剣を振った時点で、剣の切れ味に呆然としていたようだ。
しばらくそのまま動かなかったことに今、気付いた。
「すごい」
「これだと、ここで訓練はできないわね。丸太が先に無くなるわ」
ミレルさんが丸太に駆け寄ると切れ味を確認していた。
ほとんど跡が残っていない、なめらかな切り口となっている。
いくら鉱石に性質があるからといっても結構な速度で振らないと、ここまで綺麗に切れないんじゃないかなとも思う。
ジーナさんの剣の腕があってこその技だろう。
◇
そのあとも受け取れないなどと一悶着あった。
買い取るという話も出たが、値段の付け方もよく分からない。
何事かと駆け付けたアルフォスさんの取り成しで、最終的にはジーナさんが魔力ポーション2つで引き取ってくれることになった。
わたしが明らかに両手剣をいらないというオーラを出していたので、アルフォスさんが察してくれたのだろう。
ただ、無料でというのはアルフォスさんも反対だったので、生産時に魔力を使うということでポーションをもらうことにしたのだ。
素材自体は一緒に取りに行ったようなものだし、妥協点としてくれるならそれでいいか。
リルファナがぽんぽん作るから忘れがちだけど、魔力ポーションも決して安いものでもないし。
もう1つの延べ棒は、帰ってからリルファナ用の短刀にするつもりだ。
性質的にもリルファナの武器にぴったりだし、短刀だけなら3本ぐらい作れるかな。リルファナと相談して決めよう。