霧の枝 - 王都へ寄り道
街道を通って夕方には王都へ到着した。王都の門をくぐり、火の区へと入る。
アルフォスさんは勲功爵をもつ冒険者、貴族扱いなので門での手続きはすぐに終わった。
「依頼完了の報告をしてくるから、先に行ってて」
アルフォスさんとブコウさんは、依頼報告のために冒険者ギルドへと向かう。
わたしたちはミレルさんに連れられて、先に食事に行くことになった。
「おや、ミレルちゃんとジーナちゃん帰って来たんだね」
「ん。ただいま」
「また買いに来ておくれよ!」
屋台のおばちゃんがミレルさんに声をかけた。よく買いに来ているのかな。
「お、コアゼさんだ」
「ロダさんもいるぞ」
「ほぼ全員いないか? 依頼の帰りかな?」
近付いてくることはないが、通りすがりの冒険者たちが遠巻きに何か話している。
A級冒険者ともなると、拠点にしている町を歩いているだけで注目されてしまうようだ。
時々、町の人に話しかけられたりもしながら、大きなレストランに着いた。一目で高級店だと分かるお店だ。
「こういうお店の方がゆっくり出来る」
高級店の方が、周囲の目を引きにくいので居心地が良いのだろう。
◇
レストランに入ると、店員さんがミレルさんの顔を見るだけで手馴れたように個室に通された。
「とりあえず適当に頼む」
「食べたいものがあったら追加で頼んでいいわよ」
メニューは洋食と中華がメインで、和食も少しはあるみたいだ。
ミレルさんが、適当にいくつか……、と言うには多すぎる量を頼んでいた。テーブルに載るのかな?
わたしは様子見で飲み物だけ頼むことにした。
「お待たせ」
「随分と頼んだのう」
「ん。10人だし足らないかも」
注文した料理が次々とテーブルに置かれはじめた頃、アルフォスさんとブコウさんもやってきて席につく。
サラダ、餃子、春巻き、チャーハン、からあげなどが大皿に載っているので好きなものをとって食べるという形式だ。
中華料理なら珍しくはないが、パスタやサイコロステーキなども同じようになっている。
ブコウさんとアルフォスさんが飲み物を追加して、夕飯となった。
コアゼさん以外はお酒を頼んでいるが、テーブルに置かれた種類は様々。
エールかワインを飲む人が多いみたいだけど、ブコウさんは日本酒のような透明なお酒だ。
「ハンバーグかと思いましたが、さっぱりした味ですわ」
「うーん……」
リルファナとクレアが食べていたのは、ミンチにした肉を丸めて焼いたお肉のようだ。
わたしも食べてみたが塩とこしょうで薄く味付けしただけで、卵や牛乳を入れていないので焼肉のような味しかしなかった。
「こっちのソースをかけて食べるのよ」
ジーナさんがソースの入った瓶を持ち上げる。
「あ、さっぱりしたソースで美味しいですわ」
「美味しくなったね、リルファナちゃん」
どうやら醤油をベースにしたソースだ。さっぱりした味で食べやすい。
「ミーナの作ったハンバーグの方が好き」
「あれは美味しかったわね」
ミレルとジーナさんが味を思い出したのか、深く頷いた。
「あら、そうなの? ここのお店より美味しかったと言われると気になるわね」
「そうだ、コアゼがレシピを教えてもらえば食べられる」
ミレルさんが良いこと思い付いたと目を輝かせた。
「別に構いませんけど」
「えっと、ミレルが覚えても良いのよ……?」
「料理が出来たら要塞みたいなことにはならない」
きっぱりとミレルさんが言い切る。
王都にいる間に、ハンバーグの作り方をコアゼさんに教えることになった。
どの料理も高級店だけあり、下ごしらえからしっかりされている。
ただお高いだけでもなく、家庭的な味付けをされているものもあるように感じた。
ジーナさんやロダウェンさんがどんどん食べていく。最初の注文では全く足らず追加注文も必要となった。
戦士職は動くだけあって食事も多いのかなと思ったけど、ブコウさんは日本酒を飲みながら、料理はちびちびと突いていただけなので人に寄るだけだろう。
「ほれ、しっかり歩かんかい」
「んー。お腹一杯」
酔いつぶれたロダウェンさんを、ディゴさんが支えながら帰る。
ロダウェンさんはお酒に弱かったようだ。逆にディゴさんはかなり飲んでいたけど全然平気みたい。
夕飯後、アルフォスさんのチームが住んでいる建物に泊めてもらうことになった。
この前、王都に来たときに寄った2階建て、各階5部屋ずつ並ぶアパートのような建物だ。
「ここを3人で使ってね。鍵は帰りに返してくれれば良いわ」
2階の一番奥の部屋を客用の寝室としているそうだ。
1階が会議などで集まる部屋と倉庫、アルフォスさんたち3人の個室、2階が客室とチームに後から加入したブコウさんのパーティの個室で4部屋らしい。
前に王都に来たとき、扉を叩いた一番手前の部屋は会議用の部屋だった。
「もしいなかったら裏の平屋にいることもあるから、そっちに顔を出して頂戴」
ここからだと建物の影に隠れていて見えないが、アルフォスさんたちは裏側にもう1軒家を持っていたらしい。
部屋に入るとベッドが4つ置いてある。
他には小さな机と照明ぐらいしか無いので、完全に寝るだけのための部屋という印象だ。
流石にティネスさんの家のようにお風呂は無いらしく、タライにお湯を出して身体を拭いた。
ティネスさんは6月に帰ると言っていたので、まだ王都にいるのかな。
「お姉ちゃん、王都には何日いるの?」
「んー、2日か3日かなと思ってるけど」
「明日はミレル様がお昼に行きたい店があるそうですわよ」
そういえば要塞を出るときに言っていたっけ。
「クレアとリルファナはどっか寄りたいところある?」
「うーん、特に無いかな」
「わたくしも特に思いつきませんわ」
わたしは武器の柄を売っていた店に行きたいかな。
冒険者ギルドに短剣を卸したので、少し追加で買っておきたい。
2人とも寄りたいところが無いみたいなので、明後日には王都を出ることに決めた。
明日中に何か思い付けば、1日ぐらいずらしても良いぐらいのゆるい感じだけどね。
◇
――翌朝。
まだ早い時間で、珍しくクレアとリルファナより早く起きてしまった。
平屋の方を見にいってみると、軒先にディゴさんとミレルさんがいた。建物の間が、中庭のような扱いにもなっているようだ。
チェスのような2人用のボードゲームがテーブルに広げられている。
「むむむ」
ミレルさんが悩んでいる。
わたしはルールを知らないけど、もう決着はついているようにも見える。
「おう、おはよう」
「おはよう」
「おはようございます。えっと、ちょっと相談が……」
「ん? どうした」
挨拶をしてカルファブロ様の炉を使えそうな場所を聞いてみることにした。
「スケルトンの王の持っていた大剣を溶かしてみようかと、鍛冶をしたいのですが」
「鍛冶? よく使う店なら紹介できるぜ。短時間なら使わせてもらえるとも思う」
「あ、炉はあるんです」
ディゴさんとミレルさんがよく分からないという顔で見合わせた。
……そうだった。鍛冶がしたいと言うだけじゃダメなんだった。
「魔法具、なるほど。この辺りなら大丈夫」
「丁度、外からも見えないな。折角だから見てみたいぜ」
金属を溶かすだけなら音もほとんどしないから、この時間に使っても大丈夫だろう。
中庭でカルファブロ様の炉を展開した。
「ほう」
ディゴさんが片手を頬にあて、興味深そうに前のめりで見ている。
やっぱりドワーフだと鍛冶の道具とかは気になるのかな?
炉のつまみはオートにしておく。
色々説明書を読んだ結果、オート機能もあることが分かったのだ。この機能は、自動的に入れた鉱石を判断して溶かしてくれる。
前に試しに鉄を何個か入れたのだが、全て純鉄になったので使わなくなった。
不純物の入っていない純鉄は、脆くなってしまうため武器には向かない。
今回は完全に錆びているこの大剣に、どんな素材が使われているかも分からないので、オートにするしかない。
大剣を1本、炉へと放り込んだ。
少し待つと、溶かされた金属が延べ棒となって排出された。
熱くないのは分かっているのですぐに取り出す。放っておくと後から出てきた錆びなどの不純物がぱらぱらと延べ棒にかかるからだ。
「ほうほう。簡単だな。俺も使えるか?」
ディゴさんが頷きながら、聞いてきた。
「カルファブロ様の許可があれば……」
「それは使えないってことか……」
前に試したときにレダさんが作れなかったので、ディゴさんもダメだろう。
少々がっかりしたディゴさんが、わたしの取り出した延べ棒を見る。
「んで、これは何だ?」
「……さあ?」
「なんだ、そこまでは分からないのか」
わたしが持つ延べ棒は、真っ黒な塊だった。