霧の枝 - スケルトンの王
スケルトンの王と対峙する。
見上げるほどの背丈がある骨の王、よく見ると頭骨の眼孔には青白い炎のようなものがともっていた。
人の骨と骨の間には、軟骨や椎間板といったクッションになる組織が存在する。骨だけになってしまったスケルトンには、これらの組織がない。
そのせいで動くごとにカタカタ、キシキシといった軋む音が大きく響くのだが、なんだかずっと聞いているだけで自分の身体が軋んでいるような嫌な音にも感じる。
そのうち磨耗して無くなったりしないのかなとも思うが、ファンタジー世界では再生してしまうのだろう。
スケルトンの王は骨が太く力もあるので、この動作するときの音が大きい。
ギシギシと音を響かせながら、人の身では両手で扱う幅広の剣を、片手で軽々と振るう。
振られるたびに、錆びた大剣が空気を震わせる音が聞こえた。
加速で敏捷性を上げているのに、スケルトンの王はわたしの動きを追ってきている。
リルファナが隙をつけるように意識を逸らしたいのだが、それもなかなか難しい。
相手のリーチが長すぎる。
機動力を奪うために足を攻撃するのも無理そうだ。
「雷粒」
クレアがスケルトンの王の速度を下げようと、弱体魔法を飛ばした。
パチパチと響く粒が纏わりつくと若干、動きが鈍ったような気もする。しかし、電気信号で身体が動いているわけではないからか、筋肉の無いスケルトンの王にはあまり効果が無いようにも見えた。
リルファナは周囲の邪魔になりそうなスケルトンを倒しながら、王が隙を見せるのを窺っているようだ。
スケルトンの王の大剣を、わたしの剣で受け止めることは出来ない。
片方の大剣を止めても、逆の手にもった大剣を止めることが出来なくなってしまう。
ひらひらと避けながら、リルファナの攻撃時間を稼ぐ方法を考える。
時々、回避するのに邪魔な場所にスケルトンがいたが、クレアかリルファナが片付けてくれた。
スケルトンの王のいる広間は室内庭園。部屋の天井がかなり高いためか、庭園を楽しむための石柱と屋根だけの建築物がいくつかある。
ガゼボと呼ばれる貴族が庭園でお茶会などを開いている場所というイメージのある建物だ。
ガゼボの中にテーブルや椅子は設置されていないようだが、その中の1つへと攻撃をかわしながら誘導していく。
到着したところで、ガゼボの柱の近くで攻撃を誘う。
狙い通り、スケルトンの王の大剣がガゼボの柱を叩いた。錆びた大剣は石柱の縁を砕きながらも弾かれる。
大剣がひっかかってくれれば楽だったのだけど、そう簡単にはいかないか。武器を振り回しにくいだけでも良いだろう。
リルファナも王のすぐ後ろを付いて来ている。
「光槍」
水神、フォンカーナ様の加護だろう。わたしの使える魔法も増えている。
そこで待つようにリルファナに目で合図してから、スケルトンの王へ魔法を放ちガゼボの中へと誘い込んだ。
「氷針」
スケルトンの王は鬱陶しいとばかりに、大剣で薙ぎ払う。
氷の針がいくつか打ち落とされた。払った大剣が柱にぶつかり、大きな音が響く。
わたしが動き回るほどのスペースはあるが、長身のスケルトンの王が動きながら大剣を振り回すにはやや狭い。
そんな絶妙な広さだからこそ、ここへ誘導したのだ。
大剣が柱をがりがりと引っ掻くたびに、少しずつ柱が欠けていく。
頭上からミシミシと音がしだした。
更に何度か攻撃をかわし、柱が削れ、頭上の音が大きくなる。
うーん、そろそろだ。
ガゼボの外に飛び出し、魔法を唱えた。
「転倒」
セブクロでの転倒は、使い道の無い魔法の1つ。
対象を一瞬だけ転ばせる魔法なのだけど、ほとんどの魔物には無効化されてしまう。効いたとしても、一瞬動きを止めるだけだった。
ハロウィンイベントで使用する魔法で、プレイヤーやNPCにいたずらする魔法として実装されたという経歴がある。
そのためか例外として、人型の魔物には無効化されることはほぼ無い。
スケルトンの王は、盛大に転倒した。
もちろん効果は一瞬なので、このままではすぐ立って追いかけてくるだろう。
「爆発」
追加で爆発を詠唱する。
中位の魔法だがクレアがよく使っているのを見ているためか、わたしが得意なはずの風や水属性よりも早く使えるようになっていた。
狙いはスケルトンの王ではなく、ガゼボの天井。
魔力を思いきり込めたせいか予想以上の大爆発が起こり、スケルトンの王の攻撃で削れた柱では衝撃に耐えられず一気にガゼボが崩れた。
これならスケルトンの王に柱を削らせなくても、最初から魔法で吹き飛ばせたかもしれない。
「筋力強化付与」
クレアの強化魔法が、リルファナにかかった。
わたしが何をしたいか分かっているような動きだ。
崩れた柱と天井がほこりや土煙を舞い上げる。
「リルファナ!」
「ええ、行きますわ!」
煙が晴れる間際、リルファナが突っ込んだ。
スケルトンの王は膝をついたまま、青白い炎の瞳でこちらを見ている。左の肩は衝撃で骨にヒビが入り大剣も取り落としていた。
右手の大剣を持ち上げ、立ち上がろうとしたところに、リルファナが刀を構えてぶつかっていく。
「紫電之太刀」
リルファナの持つ刀が一瞬だけ雷を纏った。
片腕で振り抜きながら、スケルトンの王の後ろへと回る。
肋骨を数本斬られながらもスケルトンの王の視線がリルファナを追いかけていく。
「風刃」
スケルトンの王の顔目掛けて風の刃を放った。
反射的にスケルトンの王が、こちらを向いた。
これで充分だ。
リルファナは左手にも小刀を握っている。
「裏・桜花五月雨斬」
残像を残しながらリルファナが、スケルトンの王を少しずつ断ち割っていく。
あまり強い敵と戦うこともないので、リルファナの技も久しぶりに見たな。
あれからレベルも上がっているのに目で追うことが出来ない。いや、リルファナもレベルが上がっているのだから当然か。
周囲のスケルトンはブコウさんと、アーチャーとウィザードを倒し終えたミレルさんとジーナさんがほとんど片付けたようだ。
ロダウェンさんも、治療が終わったのかコアゼさんの近くで武器を構えている。
残りのスケルトンがいなくなるのも時間の問題だ。
◇
スケルトンを殲滅し、部屋の中央辺りに集まった。
「休憩してから調査しようか」
アルフォスさんはそれだけ言うと、座り込んで鞄からすぐに食べられる携帯食を出し始める。
「いやあ、後ろから見ていて身のこなしがC級とは思えなかったがこれほどとは思わなかったぜ」
「ミーナたちは私たちより強い。分かった?」
「認めないわけにはいかねーな」
焚き火を設置して火をつけたミレルさんの言葉に、ディゴさんが頭を掻いている。
「ふはは、強いのう」
「なによ! 心配して損したわ」
愉快そうに面を外したブコウさんが、わたしの背中をばしばし叩いている。ちょっと痛い。
コアゼさんは怒りながらも微笑んだ。
「癒し」
「ありがと。……アルフォスよりも治りが早い」
どうやらロダウェンさんの怪我は完治していなかったらしい。クレアが回復魔法をかけていた。
「これだけ残ってたわよ」
ジーナさんが崩れたガゼボの中から錆びた大剣を2つ拾ってきた。流石に2本だと重そうだ。
なぜかわたしの前に置いたので、よく見てみる。
残ったということは、属性付きの武器なのだろうか?
うーん、錆びが酷いし、とてもそうは見えないのだけど……。
「ガタクの王のドロップ……。うーん……」
リルファナがわたしにだけ聞こえるようにぼそぼそと呟いている。
流石に、あまり倒すことのないボスの落とすアイテムまでは覚えていない。
「『鑑定』。……何も無いよ、お姉ちゃん」
クレアがレンズを使って鑑定したが、何も出てこないようだ。
「たまに鑑定できないものもあるが……。大抵は本当に何も無いゴミだぜ」
「古代の秘宝ってこともある」
「奇跡でも起こればな」
ディゴさんとミレルさんが教えてくれたが、やっぱりただのゴミじゃないかと思う。
「それでは、ただの錆びた鉄くずの確率が高いということですのね」
鉄くず。
「クルマ……」
「世界が違いますわ」
うっかり口に出して言ってしまったが、リルファナ以外に通じるわけもなかった。
……むしろ、リルファナには通じるのか。
クレアがまた変なこと言ってるみたいな顔をしている。
ただの思いつきだけど、もしかしたら鉄クズじゃないかもしれない。
帰ったらカルファブロ様の炉で溶かしてみるか。
「さて、調査を始めるか。しかし、あの下は面倒そうだな……」
「後にする」
休憩も終わり立ち上がったディゴさんが、崩壊したガゼボの残骸を見ながら呟く。
ミレルさんが頷いて、後回しにすると決めた。
スケルトンの王の足止めに、ちょっと屋根の一部を落とすぐらいのつもりで、建物が完全に崩壊するとは思っていなかったんだよ……。