ささやかな夕食会
料理は夏野菜中心の献立だが、わたしが母さんに教えた『カレーモドキ』もあった。前回よりも辛さ控えめで丁度良い味だ。
「やみつきになる辛さ」
「珍しいからって、ちゃんと他も食べなきゃダメよ」
「ミレルは気に入ると数日はそれだけ食ってるよな」
「ん、いつ死んでも後悔しないように。でもこれは今日しか食べれない。……残念」
ミレルさんは相当気に入ったようで少しずつ料理を摘んだあとは、はふはふとカレーだけ食べている。落ち着いて食べろだの、こぼすなだのとジーナさんに怒られていた。面倒見が良いのだろう。
「お前らも相変わらずだな」
「ん、マルクも」
そんな3人を見ていた父さんはため息をつくように呟いた。
「忙しくなっちまって、ずっと来れなくて悪かったな」
「いや、結婚するからパーティを抜けたいなんて無理言って抜けたのは俺だ。気にすることじゃないさ」
「まさかA級になった途端、あんなに忙しくなるとは思わなかったわよ」
「そういやアルフォスは爵位貰ったんだって?」
「依頼を受け続けてたらいつの間にか、国王に表彰されていた……」
「今はアルフォス・ワームスレイヤー様」
「ぶはっ。似合わねえ!」
ミレルのつぶやきに父さんが飲み物を噴出した。どうやら冒険者さんたちは父さんの昔の冒険者仲間で今はA級の爵位持ちのようだ。ええと、もしかしてすごい有名人なんじゃ。
ちなみに冒険者や騎士が何らかの成果により勲功爵を受けた場合は強制ではないが称号を家名扱いにするのが一般的らしい。
ワームはドラゴン種の地竜のことでレベル70ぐらいのダンジョンから出現した覚えがある。大きなトカゲに近いが、翼が無い代わりに力と瞬発力が強い。亜種も多いので、どのぐらいの強さのワームを倒したのかは分からない。
「仕事が終わってギルドに帰ったらフェルド村の遺跡調査の話があがってた」
「久しぶりにマルクの顔でも見るかと、俺たちが無理やり割り込んでやったのさ。もともと彫像が出たって言うから話が通りやすかったぜ」
「ん、ギルドでは危険過ぎるって誰も受けようとしてなかったけど、私たちならあんなの敵じゃない」
「そうかそうか、期待してるぜ」
彫像は倒したってのは聞いていないのかな?
村人じゃ倒せるわけないって思われてるのか。
……どっちにしろまだ奥に残ってるかもしれないから腕のある人じゃないと近寄らないか。
父さんの昔話やアルフォスさんたちの不思議な冒険話を聞いたりと会話も弾んだ。
わたしもクレアもあまり聞かない外の話に興味を掻きたてられて彼らの冒険譚を楽しんだ。
食事もすんで母さんが食後のお茶を出し終わると、クレアと一緒に先に家に戻った。
「さて、明日の調査だが俺たち3人にマルクとミーナちゃんが入るってことでいいんだよな」
「ああ、ミーナとクレアが先に探索したからな。ミーナが案内できるだろう」
「彫像に気付いて帰ってこれたのは良かったわ。発見されていたらどうなっていたか……」
「ん? リビングスタチューは倒せたらしいぞ」
明日の探索前のすり合わせだ。装備や道具だけでなく知識の共有も大事な準備である。
駆け出しのパーティはこれを怠って失敗したり、全滅することもありえるのだ。
「マルクもいたのか? それでも難しいと思うが……」
「いや、ミーナが1人で倒したそうだぞ。クレアがこれを拾ってきた」
父さんがそう言ってドロップ品のガラス玉をテーブルに置いた。3人が驚く。……知ってた。
「いやいや、たまたま拾ったんだろう?」
「罠や餓死で自滅したり、魔物同士でつぶし合ったりするとドロップ品が落ちてることもあるわね」
「俺も娘たちが実際に戦ってるところを見たわけじゃないからな。現役の冒険者の意見ならそうかもしれんな」
アルフォスさんたちは、わたしたちがたまたまアイテムを拾ったけど報告するときに自力で倒したことにしたと思ったようだ。
ちょっとつまらなそうな顔をしていた父さんも無理に説得する気は無いらしく、話をあわせる。
元々ドロップ品を出しても疑われたら説明はしないであわせておくようにと言われていた。
説明するのも面倒だといわれたけど、聞かれなければ魔法剣の存在を隠しておきたいということもあるのかもしれない。単に悪戯心で隠しておきたいって程度にも感じたけど。
わたしはただの案内役だし、黙っていても問題ないよね。
そのあとは廃墟は教会のようであったこと、石造りであったことなど覚えていることを出来る限り説明する。
昨日、クレアと覚えていることを共有しておいたので大体全部説明出来たと思う。
明日は朝から廃墟の探索へ向かい、わたしとクレアが探索した範囲を再度確認。
その後、彫像のいた部屋から先を探索するということになった。ちゃんと言うことを聞けば、わたしも先の探索に付いていって良いとの了承も得た。
道具類の準備はアルフォスさんたちがやってくれるらしい。
「それと、これはミーナちゃんに渡しておくわ。一応着付けは教えておくけど、分からなくなったらマルクに聞いて」
「ありがとうございます!」
「プレゼントするから、調査が終わっても返してくれなくて良いからね」
ジーナさんがわたしの防具を用意してくれていたらしい。
胸当てと肘当ての簡易的な革製の鎧。やや厚めの布で作った鎧下。膝下まであるブーツだ。
ジーナさんとミレルさんで鎧のサイズが大丈夫かを確認して調整してくれた。
革製の鎧だと紐の縛り方である程度調整出来るらしい。基本的には服の上から順番通りに紐をしっかり結べば装着できるようになっているみたいだ。
「あ、そうだ。この金貨って何処のものか分かりますか? 廃墟で見つけたけど、父さんは知らない彫刻だって言うんですけど」
「ん、これは……」
わたしは廃墟で見つけた金貨をアルフォスさんたちに見てもらった。
調べてみると言っていた父さんも村の用事の片手間では分からなかったらしい。ミレルさんが手に取ってルーペのようなもので調べている。
「この彫刻は古代文明時代の金貨。現在の大金貨1枚分ぐらいになる。これは保存がしっかりしていて綺麗だからもうちょっと高いかも」
「ほう、廃墟で見つけたってことはまだあるかもしれないってことか」
アルフォスさんたちが思った以上に期待できそうだと顔を見合わせて笑った。
使いたいなら町の冒険者ギルドで換金すると良いとミレルさんに金貨を返してもらった。冒険者ギルドなら知識がなくても適正価格で買ってくれるそうだ。
その後も雑談で盛り上がりつつも、今日は村長の家に泊めてもらうことになっていると言って帰っていった。明日から探索なのでお酒は無しだ。
◇
なんだかんだと時間は過ぎてとっくに辺りは暗くなっていた。
父さんと家に入ると、母さんもクレアもまだ起きていた。折角なのでと4人でお茶を飲んでから今日は休むことにした。
「お姉ちゃん。お土産話よろしくね」
「はいはい。分かってるって。クレアも行きたいって言えば良かったのに」
「案内ならお姉ちゃんが行った方が安全だし、私がついていっても足手まといだよ」
「回復魔法は使えるんだし、大丈夫だと思うけど」
「どっちみちお姉ちゃんか私のどちらかしか連れていってはくれないと思うよ。今回はお姉ちゃんに譲ってあげる」
「そっか、ありがと」
明日に備えてさっさと寝ようとベッドに入るとクレアがお土産を要求してきた。クレアもあの先がどうなってるのかは気になっているようだ。
クレアにミレルさんに教えてもらった金貨の価値を教えてあげたらびっくりしていた。
せいぜい小銀貨しか使ったことの無いわたしたちには大金過ぎるよ。