霧の枝 - 遺跡探索
シャドウスケルトンのいた場所は、奥行きのある縦長の四角い部屋となっている。
石床も壁も精密な彫刻が施されていて、こんな暗くて魔物がいなければ、荘厳な神殿か何かにいるように感じただろう。
「闇の魔力が薄れたよ、お姉ちゃん」
「んー。シャドウスケルトンを倒したからかな?」
道中のコアゼさんが言っていたように、この部屋の前にいるときは薄気味悪い雰囲気だったのだが、その感覚が少し減ったような気もする。
わたしの感覚では、ここにある闇の魔力をそう感じるのだろうか。
戦闘中はスケルトンが出てこないかぐらいしか気にしていなかったが、入ってすぐに左右へとのびる通路が見えていた。照明の石のおかげで、明るくなって分かったが部屋の奥にも、同じように左右へ1本ずつの通路があるようだ。
手前にある2本の通路の先は、石柱が崩れて隣の部屋が埋まっているのが、移動せずとも確認できた。
奥の2本の通路は、どちらもカーブしていて90度曲がり奥へと向かっている。
これは左右対称になっている感じだ。
「どっちにする?」
「んー、右で」
ミレルさんが聞くとロダウェンさんが答えた。答える人はその時で違うようで、特に意味は無いらしい。
どうせ最終的には全ての部屋を調べることになる。気分で決めているようだ。
右の通路を進んだ先は小部屋となっていた。わたしたち10人で入ると少し窮屈だ。
部屋には木製の机と椅子の残骸が放置されている。
それ以外に目を引くものは無い。
部屋からは、そのまま真っ直ぐに進む通路と、右へ曲がる少し狭い通路があった。
「……この形式はヴァザカレード文明か?」
「ん。可能性は高い」
ヴァザカレード文明は、2000年前ぐらいに栄えたとされている文明の1つだ。
この世界では、そこまでちゃんとした年代の測定は出来ない。
遺跡から出土する道具や遊具、彫刻の形式、文化などから専門化が検討をつけている。そのため、年代が近いと思われる文明は、順番が逆じゃないかと入れ替わったりすることもあるらしい。
ディゴさんが推測した理由は、入口の部屋の彫刻と、通路の配置の仕方、次が小部屋であることのようだ。
このような小部屋は、城や神殿などで客を待たせておく部屋で、ヴァザカレード文明以外ではほとんど見られないとのこと。
「とすると……、正面は広間だな。右は倉庫か地下室といったところか」
「なら右から行くのが良い。答え合わせ」
ディゴさんとミレルさんで次に進む道を決めて行く。
流石に推測出来るなら、さっきみたいに適当には決めないか。
少し狭くなった右の通路を進む。
左右に部屋がいくつか並んでいて、最後は下りる階段となっていた。
途中の部屋には何も無いか、腐ってしまっている木箱や埃まみれの壷が置かれていることが多かった。生活感は無いので倉庫だろう。藁の束みたいなものが落ちていたが、ディゴさんが言うには、編んだ袋か容器が朽ちた跡だろうということだった。
地下に下りると少し広くなった部屋に出た。
机や椅子があり、壁には武器をかける金具がついている。
先の通路には、1人が横になれるぐらいの小部屋が3つ並び行き止まりだ。
顔の高さぐらいの位置に穴の空いた扉は、全て朽ちて倒れてしまっている。
ここまでスケルトンが出てくることはなかった。
洞窟や遺跡の入口にたくさんいたから、中にも同じようにいるかと思っていたのだけど。
「ここは、牢屋ですわね」
扉には鍵穴がついているが、内側からは鍵を開ける方法が無い構造のようだ。
「ん。あまり使われた形跡はない」
しかしこれでほぼ確実に、ヴァザカレード文明の遺跡だということは確認できた。
「この時代の遺跡は造りが似ている。左右対称と通路が多いのが特徴だ。装飾も多く来客を楽しませる作りってことだが、移動する身としては無駄だとしか思えんな」
ディゴさんに時代の見分け方などを教えてもらいながら、前の部屋に戻る。
先は広間だろうという正面の道を進むことにした。
◇
予想通り広間となった場所へ出る。
彫刻の施された大きな柱がいくつもあり、視界が悪いこともあり部屋の広さが分からないほどだった。
これは、入口の部屋と同じ闇の魔力による暗さだ。
「ここにもスケルトンがいる」
ミレルさんが警告した。シャドウスケルトンも混じっているだろうか。
照明の小石を準備して、明るくなるように投げながら部屋へと入る。入口の部屋と同じように、スケルトンが密集していた。
「遠くにアーチャーもいるぞ!」
小石の明りに照らされて奥の方まで見えるようになった。
シャドウスケルトンや、弓を持ったスケルトンが複数見えた。
「鎌持ちもいる」
スケルトンの中に大鎌を持ったものがいる。
レベルだけなら、シャドウスケルトンよりも上の可能性がある相手だ。
様々な武器を扱うスケルトンだが、持っている武器で強さを推測できる場合がある。
セブクロでは、両手武器や弓などの飛び道具は中級レベル以上、鎌や杖を持つ者は上位種となりレベルも高かった。
スケルトンの場合は例外も多く、最低レベルの目安程度にしかならないので油断は出来ないけどね。
「弓持ちはジーナとやってくる」
「はいはい」
ミレルさんとジーナさんが駆け出し、スケルトンたちの間を縫うように抜けて行く。
「ミレルたちがアーチャーを倒すまでは、柱の付近で戦う方が安全」
そう言い残してロダウェンさんは、近くにいる大鎌持ちのスケルトンを狙って駆け出す。
右手に握っているのは細身の両刃の剣。刀身が赤く輝いているため火属性持ちだ。腰に吊るしていた1本は細剣ではなく、細身のショートソードだったか。
わたしも聖剣を霊銀の剣にかけて、クレアやコアゼさんからあまり離れないように戦う。
聖剣を使っていると、聖属性の効果でスケルトンがあまり寄ってこないから、後衛を守るのにも丁度良いだろう。
と思ったのだが、かえって強敵と認識されたのかシャドウスケルトンが影の状態で寄ってきた。
「光槍」
クレアの放つ光の槍を受け影から飛び出した。その隙にシャドウスケルトンの首を刎ねる。
「お姉ちゃん、後ろ!」
「大丈夫!」
寄ってきたシャドウスケルトンは2匹だ。1匹が背後に回って来るのは確認していた。
「旋回」
魔法で強引にターンし、影から出たシャドウスケルトンが振り下ろしてきた長剣を、霊銀の剣で受ける。
受けた相手の剣を、自分の剣の柄まで滑らせて強引に右へ捻って回転させ崩す。
「石弾、風刃」
シャドウスケルトンの横へ、リルファナが放った魔法が炸裂する。
体勢が崩れたシャドウスケルトンを、横薙ぎに倒した。
リルファナはこちらに魔法を放ったあとは確認もせずに、アルフォスさんと連携して少し離れた場所で戦っていた。
「防護盾」
「かたじけない!」
クレアがブコウさんへの攻撃を、魔法で弾く。
「なんだ、どこも手助けなんかいらねえな」
「そうね、むしろ助けられてるところもあるわね」
近くで短剣を構えて隙を狙っていたディゴさんは、ロダウェンさんの相対する大鎌のスケルトンに対象を変えて、持っている短剣を投擲した。
頷いたコアゼさんはどうしようかと、辺りを見回し、やることが無いのか杖を下ろす。
巫術師は受身のサポーターといった職業だ。自分たちが押している間は強化魔法をかけてしまうとやることが無いのだろう。
ロダウェンさんは右手に火属性のショートソード、左手に水属性の細剣を握っている。
大振りの大鎌の攻撃を、かわしながらスキルを使うタイミングを考えているようだ。
スケルトンの振るう大鎌が石柱にぶつかって、甲高い音を響かせ止まった。
「刃の嵐」
ロダウェンさんが、ステップを踏み踊るように二刀を振るう。
スキル名の通り、左右の剣の怒涛の攻めが刃の嵐のようだ。
その動きに右手の火炎と、左手の水流が尾を引いてきらめいていた。スケルトンは為す術もなく、胸や腕の骨を割られていく。
腕の力すら維持出来なくなったのか、スケルトンが大鎌を取り落とした。
「十字裂」
右手の剣と左手の剣で十字に斬り付けた。
がらがらとスケルトンが崩れ落ちる。
時々、スケルトンアーチャーの放つ矢の風切り音がしていたが、それも止んでいた。
ミレルさんとジーナさんが全て倒したのだろう。
動くスケルトンが減ってくると、ロダウェンさんが武器を鞘に戻し歩いてきてディゴさんに話しかけた。
「ありがと」
「おう」
わたしには分からなかったが、ディゴさんが飛ばした短剣の影響で大鎌のスケルトンに隙が出来たのだろう。
「こっちも終わりましたわ」
「リルファナちゃんのおかげで、随分と楽だったよ」
端の方でスケルトンを倒していたリルファナとアルフォスさんが戻ってきた。
最初の部屋と同じように、闇の魔力が少し薄れた気がする。
戦闘が終わり広間を調べたが、これといった収穫は無し。
セブクロでのスケルトンから入手できる物は、骨や壊れた武器の破片だった。
現実になった今では、スケルトンの骨は脆すぎて使えないみたい。そもそも人骨に見えるものを素材にするのは気が進まないけれど。
持っている武器の方もスケルトンが倒されると、維持していた魔力が切れるのか一緒に朽ちてしまうので使えなかった。
「スケルトンはたまに属性武器を持ってる」
ミレルさんが言うには、属性付きの武器ならスケルトンを倒しても残ることがあるそうだ。
あれだけ居たスケルトンだが、属性付きの武器を持っていたスケルトンはいなかったと思う。属性付きなら必ず残るわけでもないようだし、入手確率は低そうだ。
簡単に手に入るなら、もっと冒険者に行き渡っているだろうし、町でも売っているかと考え直した。
周囲の部屋を調べると、正面の奥へ進む道以外は全て部屋となっているようだ。
わたしもいくつか覗いたが、応接室や台所だと思われる部屋だった。
それと広間からは、最初の部屋を左へ進んだ部屋へも繋がっている。
ディゴさんの推測通り、左右対称で、こちらも同じように部屋と地下室があった。
ただ、残っていたものは朽ちたベッドやタンスなどだ。働く人たちの部屋として割り当てられていたように見えた。
「そろそろ夕方かな。今日は休もうか」
広間まで戻ってきたところで、今日は休むことになった。
クレアが嬉しそうな顔をしている。
言い出せなかっただけで、もう夕飯の時間は過ぎていたみたい。もうそんな時間になっているとは思わなかった。
アルフォスさんとブコウさんは、広間に隣接する部屋を野営地にすると決めた。
野営するには広間は広すぎるしスケルトンの復活が心配だ。
戦闘中に周囲の部屋からスケルトンが出てくることは無かったので、こちらの部屋の方が少しは安全だろう。
隣室でもテントを張ることも出来る広さはあるし、部屋の入口を見張るだけで済む。
「うーん……、この先は更に危険な気がするわね」
「ん。気を付ける」
コアゼさんが休憩を決めた部屋から、広間の正面の通路を覗いている。
根拠は無いようだが、狼人族の獣人であるコアゼさんは危険に対して感覚が鋭いらしい。
犬耳にしか見えないけど狼なんだ……。
わたしたちの見張りの順番は明け方となった。
交代までにしっかりと休んでおきたい。早めに寝袋に入り、目を閉じる。
コアゼさんの懸念が当たれば、もっと強力な魔物が出てくるかもしれない。明日の探索はもっと注意を払う必要がありそうだ。