霧の枝 - 地下道
翌朝、日が昇りはじめた時間に出発した。
どうせこれから洞窟に入るため、太陽の位置は関係なくなるけれど。
昨日見た要塞の入口周辺から宿屋までは、木造の建物が多かった。
しかし、宿屋から霧の枝の入口まで歩くと、打って変わってほとんどの建物が飾りの無い石造りだ。こちらの区画の方が古いのだろう。多分、戦時に造られたのだと思う。
住宅や住民向けの商店が多いが、道沿いには旅人向けのお店もあるようだった。
洞窟の入口には、鉄の落とし格子が上がっている。
戦時に設置されたまま、確認や修繕作業以外で閉まったことは無いらしい。
コアゼさんが、自分の鞄からランタンを取り出した。電池式ではなく油を使う方だ。
「太陽が見えないと時間が分からないからランタンを使うわ。……こうやって使うのは久しぶりね」
普段は別の方法で、時間を確認しているように聞こえる。
からくり仕掛けの時計は整備が難しすぎて作れないようだったが、時間が分かる魔法でもあるのかな?
「お姉ちゃん、もう1つぐらいいるかな?」
「うん、そうだね」
「ああ、1つで大丈夫よ。入ればすぐ分かるわ」
照明が1つでは暗いだろうと、クレアが用意しようとしたが不要なようだ。
何で大丈夫なのかなと思いながら、洞窟に足を踏み入れる。
洞窟に入った途端、魔道具や魔導機による明りが灯っていて、道が明るくなっていることに気付いた。外より眩しいぐらいかもしれない。
外へは明りが漏れない仕組みになっているらしく気付かなかった。
照明に魔道具と魔導機の両方が使われている理由は分からないが、魔導機の照明装置は地中から出ているケーブルと接続されている。
コアゼさんの言う通り、この明るさが続くなら照明は不要だ。
街道として利用しているだけあって、その辺りの整備もしっかりしているようだね。
道の幅はそのままだが斜面になっている。少し上ったあとは、ずっと下っていく道が続いていた。
「地下道」と言われる理由は、実際に地上より低い位置にトンネルが掘られているからだと思った。
最初に少し上っているのは、簡単に雨水が入り込まないようにだろう。蟻の巣なども似たような構造になっていると聞く。
道の幅や高さは、採掘用の機械でも使ったかのように綺麗に揃っている。
木や金属の建材で洞窟を補強した形跡も見当たらない。照明に使われている魔道具が、その効果を持っているらしいとコアゼさんが言っていた。
道の両端に溝や穴のようなものがある。
なんだろう、水の抜け道か何かかな?
「なんかずっと同じところを歩いてるみたい」
「ちょっと不気味ですわね、クレア様」
「私も慣れるまでは、あまり好きな場所じゃなかったわね」
クレアのぼやきにリルファナとコアゼさんが同意した。
照明は等間隔になっているわけではないし、時々横穴などがあるものの、あまり景色が変わらない真っ直ぐな道だ。
すれ違う冒険者や隊商がいるからまだ良いが、1人で歩いていたら心細く感じてしまうぐらいには不気味な感じもする。
「次の休憩場所でお昼にしましょうか」
地下道には、横穴とは別に馬車1台か2台ぐらい止められる程度に掘られたスペースが点在していた。
旅人や商人たちの休憩場所として使われているそうだ。
わたしたちが入った次の休憩場所は、今まで見てきたスペースよりも広かった。
基本的に大体同じような場所が使われるので、使用率が高いところは広くしているのかもしれない。
洞窟内なので火を使うことができない。
食事も持ち込んだ状態の冷めたまま食べるのが一般的となり、ギルドなどで売っている携帯食は美味しくないらしい。
それを知っているコアゼさんは、宿屋でお弁当を用意してもらっていた。
包みを開けてみるとサンドイッチが、4人では食べきれないぐらいたくさん入っている。
「アルフォスたちにも用意しておこうかと思ってね。無くなったら無くなったで構わないけど」
「ええと、流石にこんなには食べきれないよ」
そう言いながらコアゼさんがたくさん包みを出したが、食べられない分はクレアが返していた。
見た目よりも量が入っているので、コアゼさんの鞄はマジックバッグのようだ。
「火が使えないんだと食事も大変じゃないですか? 要塞は兵士さんが駐屯しているんですよね」
「ああ、要塞では換気できるようになっている場所があってね。食材があれば料理できるのよ」
最低でも1ヶ月ぐらい駐留する兵士さんが多いので、最低限の生活は出来るようになっているらしい。
「ただ、私がいないと料理する人がいないのよね……。最悪、携帯食を齧ってるんじゃないかしら?」
「兵士さんたちが使う食堂があるなら、食事ぐらいは作って貰ってるんじゃないかな」
「……それもそうね。いや、どうかしら……」
それからしばらく、コアゼさんは神妙な顔をしたまま熟考していた。
◇
途中で入れ替えたランタンの油が切れる頃、街道の左手に人工で作られたと分かるバリケードが見えてきた。
バリケードは、木の板を鉄で補強したもので、その先は開けた空間のようだ。
「あそこが地下道の要塞よ」
バリケードの手前には、隊商が見えた。
要塞の前を今夜の休憩場所に決めたのだろう、楽しそうな話し声が聞こえてくる。
その周囲には兵士さんたちが警邏を行っているようだ。
A級の冒険者が逃げ帰るほどの魔物が近くにいることを知っているのだろう、隊商の人たちとは違い少し緊張しているようにも見えた。
何度か来たことがあるというコアゼさんに連れられて要塞に入る。
石造りの壁で天井まで部屋ごとに囲われているようだ。天井は洞窟の地肌がむき出しだが、照明もあるから塞いでいないのだと気付いた。
壁だけでも人工物だと少しほっとする気がした。
「あの、アルフォスのパーティーメンバーのコアゼなのだけど、アルフォスはいるかしら?」
「ん? えーと……、確認してきます。おい、来客だからちょっと代わってくれ!」
入口近くに立っている兵士さんに声をかけると、他の人と見張りを交代して確認へ奥へ走っていった。
「お待たせしました」
兵士さんが、もう1人伴って戻ってきた。
全身、武者鎧姿で刀を腰に佩いている。見た目からセブクロでは上級職のサムライだろう。
面まではしておらず、痩せぎすな初老の男性だ。白髪混じりの長髪を後ろで1つに括り、無精髭が目立った。
「待っておったぞ、コアゼ。そちらがアルフォスが呼んだ援軍か」
「あら、お出迎えはブコウなの? みんなは元気?」
「うむ、それがのう……」
「何かあったの?」
言いよどんだサムライ、ブコウさんの言葉に、コアゼさんの顔が真剣になった。
「まあ、付いてくれば分かるわい」
兵士さんにお礼を言って、ブコウさんに付いていく。
「ここと先の2部屋を間借りしておる」
来客用の部屋となっている要塞の一室へと案内された。
扉を開くとアルフォスさんと、ミレルさん、見覚えないのないエルフの女性がソファに座っている。
エルフの女性は、金髪でわたしと同じ金属製の軽鎧を着ていた。
アルフォスさんは本を読んでいて、ミレルさんとエルフの女性は暗そうな顔でテーブルをじっと見ている。
「お主らまだやっとったのか」
テーブルには、ギルドでも売っている携帯食料がいくつか置かれていた。
「流石に飽きてきた……」
「まともなご飯が食べたい」
え、コアゼさんが心配していた通り、本当に携帯食のみで食い繋いでたの?
コアゼさんがやっぱりねという顔をしながら、鞄からサンドイッチを取り出した。
テーブルの上にサンドイッチを置くと、2人はがばっと顔を上げた。
「おお……、コアゼ」
「こ、コアゼ……。やっと来たあ……」
エルフの女性が涙ぐみながらサンドイッチに手を伸ばす。
「ミーナちゃんたちも来てくれたんだね」
「おお、ミーナ。……いつの間に」
2人がサンドイッチを食べ始めて静かになると、アルフォスさんが本を閉じてテーブルに置いた。
ミレルさんはサンドイッチをほお張りながら、今更気付いたようで目を丸くしている。いくら安全な要塞内とは言え、目の前にいて気が付かないのは盗賊失格ではないだろうか……。
「ジーナとディゴは?」
「ディゴは散歩。ジーナは怪我して寝てる」
コアゼさんの質問に、ミレルさんが答えた。
「えっと、ジーナが怪我?」
「ん、調査中、逃げるときに斬られた。けど、大した怪我じゃない」
「診てくるわ」
それを聞いてコアゼさんが、隣の部屋へと向かった。
ミレルさんや周りの反応から、本当に大した怪我ではなさそうだ。
「私も回復魔法を使えるから診てくるよ」
そう言ってクレアもコアゼさんに付いていった。
軽いとは言え怪我をしているなら、全員でぞろぞろ行く必要もないかとわたしとリルファナは残る。
「コアゼとクレアちゃんが戻ったら説明するよ。ええと、こっちのエルフはロダウェン」
「んぐっ、げほっ」
しゃべろうとしたロダウェンさんが、喉にサンドイッチを詰まらせたようだ。
アルフォスさんが差し出した水を、慌てて飲んで流し込む。
「ロダウェン、軽戦士よ。呼びにくかったらロダって呼んで」
それだけ言うとまたサンドイッチを食べ始めた。
エルフらしいさらさらの金髪に、細身ながらひきしまっている。見た目は美人なんだけどなあ……。
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