レダとネーヴァ
夕飯は肉と決めたので、ハンバーグを作ることにした。
「ミーナは何を作っているのだ?」
「ハンバーグだよ」
「初めて見る料理だな」
昔は無かったのか、周囲の人が作らなかったのかは分からないが、ネーヴァはハンバーグを見たことが無いらしい。
ひき肉に卵などを入れて捏ねていると、ネーヴァはそれを楽しそうに眺めていた。
「うーん、難しい……」
クレアが、テーブルで王都で買った魔術書を読んでいる。
何やら理解しにくいようだが、中級レベルになるとわたしが読んでもさっぱり分からなかったので役には立てない。
わたしにとって、魔法は理屈じゃないのだよ。
また変なこと考えてそうと、クレアが怪訝な顔でわたしを見ている。
「それは魔術書か? 旧友がいた頃は、魔法は一子相伝が基本で秘匿されていたが、最近は幅広く出回っているのだな」
ネーヴァは、テーブルに積んであった別の本をぱらぱらと眺めた。
「そうなんだ。ネーヴァちゃんは魔法を教えられるの?」
「うーむ、教えられることは教えられる。だが、竜語魔法を人の子が扱うのは、賢者と呼ばれる者でもないと難しいだろうな」
「残念……」
「ふふ、扱えるようになったと思えれば、いずれ教えてやっても良いがな」
「なら頑張るよ。いつか教えてね!」
ネーヴァが言う賢者はセブクロの職業ではなく、熟達した魔術師という意味だろう。
やる気を出させるのも上手いものだ。
「出来ましたわー!」
リルファナが両手に何やら抱えてきた。
最近、何やらちまちまと作っていると思っていたが、新しい装備か忍具でも作ったのだろうか。
リルファナが抱えているものをよく見ると、2頭身の青い竜の姿のぬいぐるみだった。
「えっと、リルファナちゃん。ぬいぐるみ……?」
「ネーヴァ様のぬいぐるみですわ!」
「おお、よく出来ているな」
リルファナからぬいぐるみを受け取ったネーヴァは、くるくると回しながらあちこち確認している。
「中の綿もフォレストコットンをふんだんに使用していますの。もこもこですわ!」
フォレストコットンは、寝具か防具に使うのかと思ってたんだけど。
これならすぐに必要そうだったラミィさんに、全部売ってあげた方が良かったんじゃなかろうか。
ぬいぐるみを抱えたネーヴァが嬉しそうだからいいか。
「今の生地だと赤竜のイズヴェル様も作れますわね」
「イズヴェルか? しばらく見ていないが元気にしているだろうか」
リルファナは、また古竜のぬいぐるみを作る気のようだ。
「リルファナちゃん、染料を作ろうか?」
「染めからやってみるのもありかもしれませんわね! そうすればゼムレト様やブーリャ様、ネドラ様も作れそうですわ。ラードゥガ様は難しそうですわね……」
「だ、だれ……」
リルファナが言うには、茶竜ゼムレト、緑竜ブーリャ、黒竜ネドラ、黄金竜ラードゥガだそう。
セブクロでは、これに青竜であるネーヴァと先ほどの赤竜イズヴェルを含めて、六大古竜となっていたらしい。
「そういえば、ネーヴァは霧の山脈の先がどうなっているか知っているよね?」
「ん?」
「昔の冒険者によると、何も無かったって話しか無いから本当かなって」
「ふむ……。あそこは冒険者も多い。いずれミーナたちも探索するかもしれないな」
「そうだね」
「ならば、内緒だ。自分の目で確かめた方が良いだろうからな」
ネーヴァに聞けば、この辺りの地理や古代文明のことも色々分かるかもと思ったけど、昔を思い出すから言いたくないのかな?
「それに、ネタバレはよくないと旧友も言っていたからな」
嫌な出来事でも思い出したのか、ネーヴァは苦々しげな顔で呟いた。
昔の女王はネーヴァに何を教えているんだ……。
というか、言い方から周囲に転生者がいたようにも思える。1万年以上前にもいたのだろうか。
◇
夕飯はコメと、添え物のポテトサラダも作った。
レダさんの帰宅時間にあわせてハンバーグを焼く。
ギルドマスターの仕事に定時があるわけでもないので、多少前後はするけどね。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
「おや、ネーヴァちゃんもまた来てたんさね」
「うむ! ミーナたちと友達になったからな」
ハンバーグを焼いていると予想通り、レダさんが帰って来た。
レダさんは、ネーヴァの返事に「そうかい」と笑いながら手を洗いにいったようだ。
「そうそう、ミーナちゃん。前に言っていた短剣は出来たのかい?」
「あ、そうでした。あとで渡しますね」
フェルド村に帰ったときに作り終えていたのだが、ネーヴァがラミィさんの店の客引きをしていたり、そのまま依頼を受けたりですっかり忘れていた。
「ああ、マジックバッグを持って来ていないから、明日にでも直接ギルドの店に持って行っておくれ。話は通しておくさね」
「分かりました」
デミグラスソースをハンバーグと一緒に入れてしまい、煮込みハンバーグにして皿に盛る。
リルファナに手伝ってもらって、配膳を終えた。
「これは前に村で作ってくれたやつかい。最近はギルドで、パンに挟んだ似た料理を食べてるのを見かけるさね」
ミートサンドのことかな?
気に入った冒険者が食べ歩きしているのかもしれない。
「やっぱりお肉ですわね。ネーヴァ様はどうですの?」
「美味い!」
ネーヴァも気に入ってくれたようで、ハンバーグを口いっぱいに頬張った。
「こっちはチーズが入ってますわ」
チーズの入ったハンバーグも作ったのだ。
トレンマ村でいっぱい貰ったからね。フェルド村にも置いてきたとは言え、どんどん使わないと。
「ネーヴァちゃん、ソースが口についてるよ」
クレアがネーヴァの口元を拭き取っている。
ちゃんと添え物にしたポテトサラダも食べたようだ。見た目通りの子供じゃないか。
ネーヴァは食事中は汚れるからと、部屋の隅に退けてあった自身のぬいるぐるみを持ってくると膝に乗せた。
「おや、幼竜のぬいぐるみかい?」
「幼竜形態ではありますが、青竜ぬいぐるみですわ。先ほど仕上がりましたの」
「本物でも見たように、よく出来てるさね」
レダさんが、ネーヴァの膝の上に乗ったぬいぐるみを眺めている。
「その青竜だけど、もしかしてミーナちゃんたちは目撃したことはあるのかい?」
えっと……、今も目の前にいるけど……。
うーん、……青竜形態でってことかな?
そういえばレダさんには、ネーヴァと会ったことは言っていない気がする。
「王都でも、その帰りにも会いましたよ。鱗も貰いました」
「そうかい。つい最近、ガルディアの方にも飛んでくるようになって原因を探ってるさね」
あれ?
「……あの、ネーヴァちゃんなら私たちに会いに来てるだけだと思うよ」
「うむ、そうだぞ!」
クレアの言葉にネーヴァが頷いた。
「ん? そういえばネーヴァって青竜と同じ名前さね……。まさか……」
「今はこんなに可愛らしい人間の形態ですが、ネーヴァ様が青竜ですわ!」
リルファナが断言した。
それを受けてネーヴァが幼竜に変身すると、レダさんは何とも言えない表情で肩を落とした。
「こんな近くにいるとは……。ちょっと明日、確認させて貰えるかい?」
「別に構わないぞ」
ネーヴァはさっと美少女の姿に戻ると、レダさんに承諾した。
一応、元の青竜の形態にもなれるか確認しておきたいということだ。
町中で戻られても困るので、明日になってから森の中へ移動してから確認することを決めた。
ちなみに、ガルディア付近の魔物が騒がしいのもネーヴァが飛んでくるようになって、それから逃げているのではないかと言われているらしい。
ネーヴァが行ったり来たりしていれば、そのうち落ち着くだろうということだ。
「友達に会いに来ているだけだなんて、王都のギルドにはどう報告すれば良いさね……?」
ガルディアまで飛んでこなかったのにも理由はあるけれど、本人に会ってもらわない限りは、通用しないだろうな。
レダさんが別の問題で頭を抱えていた。