妖精の女王の聖域
色とりどりの花に囲まれた庭園。
噴水の縁に、優雅な仕草で妖精が座っていた。
黄緑色の髪に似たような色の草花の王冠。小ぶりの花が宝石のように輝いている。
座っている妖精は、今まで出会った妖精と同じで手のひらよりは大きいぐらいのサイズ。しかし、その身体と同じぐらいある大きな羽が特徴的だ。
「呼べた呼べた。大成功!」
優雅に見えた妖精は破顔して、わたしの方へとゆっくりと飛んできた。
「えっと……?」
「わたしはティターナ。妖精の女王と呼ばれてるんだよ!」
自称、妖精の女王はわたしの前に浮いたまま、えっへんと両手を腰にあてて胸を張った。
「ミーナちゃんには、あの子たちを助けてくれたお礼をしたかったの!」
「ペキュラに追われてた子かな?」
「それもあるけど、遺跡に閉じ込められていた子だよ!」
遺跡調査のときに、魔石に魔力をこめたら出てきた子の方だったようだ。
わたしの名前を知っているのは、妖精の女王も神様みたいなものだからか、助けた妖精にでも聞いたのだろう。
なんでもあの妖精はあの魔石の中に入ってしまったら、外に出れなくなってしまったみたい。
魔力で構成された世界である魔法次元に戻っても、魔力を留めるという魔石の特性のため脱出できなかったとか。
それでも魔石が普通の状態ならば、装置自体が使われなくても魔力は出入りするため、装置が外部へ魔力を放出するタイミングで外に出ることは可能らしい。
あの魔石は緊急時のシェルターのもので、更に充電待ち状態になっていたせいか、その魔力の放出を一切行わなかったようだ。
「でも、あんなところにずっと閉じ込められていて大丈夫だったの……?」
「妖精は時間の概念が薄いから大丈夫。人の子なら昼寝していたら出られるようになっていた、って感じかな」
「そうなんだ」
「うんうん、ミーナちゃんには他の子もたくさん助けてもらっているからね」
わたしがこちらに来てから助けた妖精は2人だけだ。
セブクロのクエストもカウントされているのだろうか?
妖精と話せるようになるなら願ってもいない機会だ。
「聞いた話では、なぜか妖精の言語を忘れているようだから、思い出させてあげようかと思ったんだよ。フォンカーナの隙をついてこっちに呼び出したんだ」
セブクロでは妖精のキャラクターとも、普通に会話出来ていた。
カルファブロ様はゲームとは違う世界だと言い切っていたけど、ゲーム時代からのカウントになっているようだ。
ティターナは両手に銀色の水差しを出現させた。
水差しとあまり変わらない、人間用の大きさのティーカップに注ぐと、蜂蜜色の液体で甘い香りが広がる。
「はい、ぐいっといっちゃって!」
ティターナに言われるままに飲み干した。
ほんのりと口の中に甘みが広がる。なかなか美味しい。
「これで妖精と話せるはずだよ!」
ここには、話が通じるティターナ以外いないようなので試せそうにはない。
「ゆっくりおしゃべりもしたかったんだけど、フォンカーナに怒られるから戻すね! ミーナちゃんのいる国から、こっちに繋がる場所もあるから妹ちゃんたちと探してみてね! ヒントは森!」
本当に急いでいるようで、慌しくティターナが言い切ると、意識が一瞬だけブラックアウトした。
◇
気付くと、石造りの椅子に座っていた。
左右にはクレアとリルファナもいる。
目の前には石造りのテーブルがあり、クレアとリルファナの前には、水の入ったガラスのコップが置かれている。
周囲は海の中のようで、わたしたちがいる建物には膜が張られていた。
外には魚が泳いでいるのが見える。
海の中の、泡に包まれた神殿のような場所だと認識した。
「あれ、お姉ちゃん。いつの間に?」
「あら、気付きませんでしたわ」
リルファナも気付かないなんて、本当に一瞬の間に移動させられたようだ。
わたしの正面には女性が座っていた。
水を意識したような青い流線型のローブを身に纏っている。テーブルに杖が立てかけられていた。
耳はヒレのようになっているし、肌もやや青みがかっていることから人魚の一族だろう。
なんだか、ほんわかした優しそうな女性だ。
……いや、どこかで見た顔だと思う。
そうだ、神殿の中央にあった神像にそっくりである。
ということは、水の女神様だ。フォンカーナという名前だったのか。
「まったく、あの悪戯好きは……。言っておいてくれれば急がなくても構わないのに」
フォンカーナ様は頬を膨らませて呟きながら、コップに水を入れるとわたしの前に置いた。
「さてミーナさんも着きましたから話を続けましょう。最近、話題の子たちが来て嬉しいわ」
え、わたしたちは神様界隈でまで話題になってるの?
「こんな短期間で、複数の神様に出会っているなんて300年ぶりぐらいかしらね」
変な顔をしていたのだろうか、考えていたことを見破られた。
300年ぶりということは、転生者だろう。
転生者は神様に導かれやすい特性でも持っているのだろうか。
フォンカーナ様に出された水を、一口だけ飲む。
まだ残っていた甘さが綺麗に流されて、口の中がさっぱりする。
わたしの周りに明るい光と暗い光、暖かい赤い光が瞬いた。
六大神ではない妖精の女王は、カウントされていないのかな?
「お二人はもう済んでいるのだけど、ミーナさんは何か困っていることはあるかしら?」
「え、うーん……」
魚料理を並べ始めたフォンカーナ様に尋ねられたが、いきなり言われるのも困るね。
「あら、お刺身ですわ!」
「リルファナちゃん、『おさしみ』って何?」
「生の魚ですの。美味しいですわよ」
「え、お腹壊しちゃうよ!」
魚や肉の生食はしないというのは、この世界の常識だ。
……地球でも、日本以外では常識な気もするが。
「ここの魚は食べても大丈夫な物だけよ。外で知識も無く真似しちゃダメよ」
フォンカーナ様がにこにこと説明している。
……刺身はここでしか食べられない。
「あ、お姉ちゃんが急に!」
「ミーナ様、マグロばかりずるいですわ!」
「慌てなくてもいっぱいあるわよー」
本来のミーナの記憶によると小さい頃から、禁忌とも言えるぐらい口うるさく生で食べるなと言われるものだ。
ここで刺身を出されても、食べる人は滅多にいないのだろう。
最初に出された量は少量だったが、フォンカーナ様がおかわりを出してくれた。
尚、リルファナがマグロと言ったのは、赤みがかった魚で味が似ている魚だ。
こちらの世界で、なんと言う名前の魚かは知らない。
クレアは刺身を少し食べると、他の物を食べ始めた。
神様が大丈夫だと言っても、長年危ないと言われていたので抵抗を感じるのだろう。
「すごく困っているという程ではないですけど、使えない魔法が多いので気になってます」
「そういえばお姉ちゃんって、攻撃魔法は全属性使えるのに回復魔法はダメだよね」
魔法にも、魔法自体や属性ごとの得意、不得意の個人差は出る。
しかし、攻撃魔法を自在に使える人が、回復魔法を一切使えないというのは珍しいと思う。いないわけではないようだけどね。
「んー、そうねえ」
フォンカーナ様がわたしの頭に手を乗せる。
こちらの世界に来たときの、本来のミーナのセリフが蘇った。
「――これで、古代文明ヴィルティリアの……念願が叶う日が来るのかしら。……それともし出会えたら、リルファナと仲良くね」
ヴィルティリアの念願?
少なくとも数千年以上は前の文明と、わたしに何か関係があるのだろうか。
光の女神、テレネータ様は好きに生きろと言っていた。このまま冒険者を続ければ、いずれは何か分かるかもしれない。
フォンカーナ様が、わたしの頭から手を離す。
「ええと、回復魔法を今すぐに使えるようにはならないけれど、いずれは使えるようになるわね。少し早くなるようにお手伝いしておいたけれど……。冒険者なら、レベルと言えば分かるかしら」
やはり魔法戦士としてはレベル不足のようだ。
習得出来るレベルを下げてくれたように感じる。
「それとお手伝いついでに、ごちゃごちゃしていたものを流しておいたわ。すっきりしたんじゃないかしら」
「ありがとうございます」
本来のミーナとの記憶が戻ったのはそのおかげだろう。
その後は、他の神様と同じようにフォンカーナ様とおしゃべりをした。
何でも物珍しそうに聞いてくれたが、水の女神だからか川や海の話は特に好きなようだ。
「うふふ、よっぽど気に入ったのね」
持っていた醤油を出してリルファナと一緒に、刺身をつつきながら話していたので、フォンカーナ様に突っ込まれてしまった。
ここでしか食べられないのだ。満喫して何が悪いというのか。
「これはおまけよ」
そろそろ時間だとフォンカーナ様が言い出し、神様との会食もお開きになる。食べていたのはわたしとリルファナが主だったが。
その際にフォンカーナ様が何かくれるようだ。
フォンカーナ様が、ぱちんと指を弾くと青い光が2つ飛び出した。
わたしとリルファナの周囲を、青い光がくるくると飛び回ったあと、ふっと消える。
「おお、これは……」
「すごいですわ!」
魚の知識が頭に馴染んで行くが、全て刺身に出来る魚の知識だ。
「お二人なら大丈夫だと思うけど、新鮮なものを使って調理後はすぐ食べるのよ」
「大丈夫です!」
力強い返事に、堪えられなくなって噴き出したフォンカーナ様に送られると、アルジーネの町の神殿へと戻っていた。
フォンカーナ様のおかげで刺身が食べ放題になったが、町で売っている魚は刺身にすることを前提にしていない。
町で売っている魚を使うのはダメだろう。
これは釣りも覚えないといけないということだ。お刺身のために頑張ろう。
「なんだかお姉ちゃんがやる気になっているような……」
「ふふ、釣竿ならお任せください」
「リルファナちゃんもだった……」
クレアが疲れたような顔をして、ため息をついた。