アルジーネの町 - 依頼報告
これでよしと、怪我を治したクレアがリルファナの頭を撫でている。
「クレア様、ありがとうございます」
「じゃあ、解体するよ」
ヤングトレントは、木と同質なので解体自体は簡単だ。
解体用のナイフに魔法剣を使ってさくさくと切り取り、樹人の心臓と木材を採取した。
頑丈なら何か使えるのではないかと葉っぱも調べてみたが、普通の柔らかい葉っぱだった。
リーフカッターの使用時だけ、刃物のように鋭くなるようだ。
「リルファナちゃん、さっきのは何?」
ヤングトレントのリーフカッターを回避した技のことだろう。
遠くにいたクレアには、よく分からなかったようだ。
「空蝉の術ですわ! 忍具を消費しますが、攻撃を回避しますの」
木工を上げて作っていたお守りを取り出すと、縦にヒビが入っていた。
セブクロでは、空蝉の術を使用すると忍具を1つ消費する。
その後、次の物理攻撃を自動的に回避する技だ。
魔法攻撃と一部の範囲攻撃スキルなどは回避出来ない。
回避に失敗したとしても、攻撃を受けてしまうと回避効果も消えてしまうので注意が必要である。
上位の空蝉の術は、1回の使用で何度か回避することが出来るが、消費する忍具も上位の物が必要なので、リルファナはまだ作製出来ないのだろう。
わたしの魔法と同じように、レベル不足か何かで上位の術が使えない可能性もあるかな。
「それよりも、クレア様はどうやってトレントを見分けましたの?」
「う、うーん。何となく?」
クレアにもよく分からないようだ。
アルジーネで受けた依頼では樹人の心臓1つ以上という指定だが、クレアがトレントを判別出来そうなら、試しにもう何匹か倒しても良いだろう。
「多分あれかな?」
しばらく歩き回ったあと、クレアが1つの木を指差す。
むむむ……、じっくり観察するが、わたしには違いが分からない。
「……魔力ですわね。正直、言われなければ気付けませんわ」
同じように観察していたリルファナが言うには、魔力に違和感があるようだ。
普通の植物も魔力は持っているため、違いに気付くのは難しい。
「クレア様は賢者になりつつあるのではないでしょうか」
リルファナがわたしにそっと囁いた。
魔法戦士の『魔法剣』やトリックスターの『聖者と悪魔』と同じように、賢者にも固有特技が存在する。
賢者の固有特技は『慧眼の賢人』と『無限の叡智』の2つだ。
セブクロで、最初に賢者が追加されたときは『無限の叡智』のみだったのだが、他の職業との差別化をという理由で、後々追加されたという経歴がある。
2つとも常に魔法関係のステータスを強化する受動スキルだった。
しかしシステム的な部分とは別に、『慧眼の賢人』には魔力の流れを把握することで、様々な事柄を見通すことが出来る能力というのが含まれていた。
ゲーム中では世界観の補強という意味しかなかったのだが、その能力が発動しているのではないか、というのがリルファナの意見だ。
クレアは魔法の素質があり、魔力の感知能力も村にいる頃からかなり高かった。
全くの勘違いという可能性もあるけれど、賢者になりつつあるという意見も否定できないだろう。
「賢者の固有能力であったなら、わたくしたちには真似できませんわね」
「そうだね……」
トレントの判別はクレアに任せて、わたしたちは倒すことに専念しよう。
何匹かヤングトレントを倒して気付いたことがある。
セブクロでのトレント種は、連係型と呼ばれるタイプだった。
連係とは、1体の魔物を攻撃すると、近くにいる同種の魔物が一斉に反応して襲い掛かってくるシステムの名称である。
このタイプの魔物は、圧倒的に格下の相手なら問題無いが、同格以上の相手では袋叩きにされてしまうので注意が必要だ。
しかし、現実になったこの世界では、周囲にヤングトレントがいても無反応で何もしてこない。
トレントは木に擬態していて識別しにくい魔物である。発見された1体をあえて犠牲にすることで他は生き残るという、生存戦略の1つなのだろうか。
討伐時の悲鳴も、「敵がいるから見つからないようにしろ」という警告を発しているのかもしれない。
そんな警告だったのなら、確実にトレントを識別できるクレアがいるわたしたちには無駄であるのだが……。
「これで10体ですわ!」
「少し北へ戻ってからお昼にしたら、町に帰ろうか」
「うん!」
クレアのおかげで、お昼前にはたくさんのヤングトレントを討伐できた。
解体を済ませて、町に戻る準備をすることに決めた。
昨日の鹿肉がまだ半分ぐらい残っている。
マジックバッグは長期間の保存が出来るものではないので、お昼に食べてしまおう。
◇
何事もなくアルジーネの町に戻ると、陽も落ち始めて夕方となっていた。
依頼の報告を済ませてしまおうと、冒険者ギルドの別棟にある素材買取の窓口へと顔を出した。
「お預かりしますね!」
買取窓口にしては珍しく女性が受付の担当をしていた。
樹人の心臓は全て依頼へと回すことにしたが、トレントの木材は少しだけ売却し、リルファナが使えるように残すことにする。
「依頼なのでこちらもお願いします」
トレントの素材だけでなく、採取したもののわたしたちでは使い道の無い素材とギルドカードも一緒に机に置いた。
「はい! わあ、たくさんありますね」
窓口の女性はにこにことしながらも、手際よく素材の鑑定していく。
素材の報酬は、質が良いということで心臓が小金貨5枚。少しだけ出した木材と売却用の素材が小金貨1枚と大銀貨4枚となった。
すっかり忘れていて確認していなかったが、依頼の報酬はギルドマスターからの緊急の依頼扱いで小金貨2枚らしい。
合計で小金貨8枚と大銀貨4枚だ。思っていたよりもかなり多い。
小金貨5枚を生活費などとしてわたしのカードに、残りは半分ずつクレアとリルファナに入れて貰った。
「ガド爺の依頼なので、完了報告だけお願いしますね」
「ええと、……ガド爺?」
「あ、ギルドマスターのことです!」
ギルドマスターはガド爺というあだ名で呼ばれているようだ。
「呼んだか?」
「あ、ガド爺!」
丁度、ギルドマスターが別棟に入ってきたところだった。
素材の買取窓口は、別棟に入ったすぐ目の前なので聞こえたのだろう。
「ほら、例のなかなか受け手がいないって言っていた依頼ですよ」
「ああ、一昨日頼んだのだが、もう戻ってきたのか?」
「え、一昨日……?」
受付の女性が、手元にある樹人の心臓を見てびっくりしている。
その視線を追ったガド爺も目が点になった。
どうやらヤングトレントの識別が難しく、1日や2日で10体も探し出すのはあり得ないレベルだったようだ。
運が良くても1体倒すのに3日前後かかるのが普通だそうで、依頼上では樹人の心臓1つ以上となっていたみたい。
「なるほど、レダがわざわざ有望だと付け加えるだけはある」
ガド爺が髭をさすりながら呟いた。
報告はこれでいいと言われたので、一昨日泊まった宿にまた泊まることにした。
「急ぎでなければ、しばらくアルジーネで依頼をこなして欲しかったな」
と、ギルドマスターでもあるガド爺からも高評価だ。
クレアの誕生日までまだ5ヶ月あるが、近場の町で武者修行というのはありかもしれない。
明日は、東区と教会のある中央の島を観光することにして、明後日ガルディアへ帰ることに決めた。