ヤングトレント
アルジーネの町でも、お弁当を売る習慣があるようだ。門の近くで、屋台を出している弁当屋がいくつかあった。
お弁当の中身はガルディアと似ているので、どちらかが取り入れたのかもしれない。
いつも通り、各自で好きなお弁当を購入して、キナレル川に沿って南下しはじめてからしばらく経った。
森の木々は、川を挟んでいるがトレンマ村周辺と同じような木が多い。
もう少し西側まで出れば、蜃気楼の森へと向かう古い街道も走っているが、少し遠回りになってしまう。
「なかなか見当たらないね、リルファナちゃん」
「見ればすぐ分かりますものね」
依頼の対象、赤い繊維の採れるフォレストコットンという植物を探している。
ラミィさんが描いた絵だと、フォレストコットンはアジサイの花のような見た目だった。
大きさまでは分からなかったが、リルファナが言うには、前に採取した綿草とは違い背丈が高いそうだ。
討伐依頼の対象であるヤングトレントは、近寄らなければ襲ってこないタイプの魔物だ。
木に擬態していて、一見では判別できないので注意する必要がある。
リルファナの探知能力は、上手く隠れている生物は分からないことがあるらしい。トレントの擬態もそのタイプだと思う。
セブクロならマウスカーソルを合わせることで、簡単に擬態かどうか識別できたのだけど、現実となるとどうやって見つけるかも課題になってしまった。
ヤングトレントが生息している場所はもう少し南の方なので、それまでに何か考えておく必要があるだろう。
しばらく川が見える距離で、森の中を歩くがフォレストコットンは見つからない。
木々の隙間から見える太陽が真上まで来るほど、時間が過ぎお昼休憩にすることにした。
わたしは揚げ物が付いたノリ弁のようなお弁当を選んだ。
冷めてしまっても衣がさくさくとしている。
「しっかり赤ワインも使っていますわね」
「お姉ちゃんが作るハンバーグみたいだね」
リルファナとクレアは同じ物を選んだらしく、ハンバーグ弁当を美味しそうに食べていた。
「少し休んだら、もう少し森の中に入ってみようか」
「そうですわね」
「はーい」
町から少し森に入れば、フォレストコットンは採取出来ると聞いている。
ここまで見つからないのは、川沿いを歩いていて森に深く入らないからではないかと思ったのだ。
◇
「あ、あれだよ、お姉ちゃん!」
森の中に入り込むと、簡単にフォレストコットンが一面に群生している場所が見つかった。
腰ぐらいまである高さで、ラミィさんの描いた絵と同じでアジサイの花に似ていた。
アジサイの花に当たる部分が真っ赤な繊維となっている。
頭上は、木々に覆われていた。
繊維質で雨に弱いせいで、森の中に生えているのかもしれないなと、何となく思った。
「おお」
ふわふわ、もこもことした繊維で手触りが良い。
「お姉ちゃん、あまり強く握ると潰れちゃうよ!」
「は、はい……」
あまりの触り心地の良さに、ずっともこもこしていたらクレアに怒られてしまった。
フォレストコットンの採取方法は、ペキュラの毛のように鋏で刈り取ってしまえば良いらしい。
ラミィさんに頼まれた量は簡単に集まった。奥の方まで来たことで、手付かずの場所だったのかもしれない。
「枕や布団、防具などの詰める綿に使うと質が良くなりますわ」
「そうなんだ。リルファナも使うなら多めに採って行こうか」
まだまだ手付かずのフォレストコットンはたくさんある。
刈り取っただけの繊維の部分はまた生えてくるようだし、刈り尽くしてしまっても問題はない。
「時間は大丈夫ですの?」
「野営の準備はしてあるし、どっちにしろ今日中に町まで戻れないと思うよ」
「ではお願いしますわ」
ヤングトレントが生息しているという地域はまだ南の方だ。
今日は森で採取することに費やして、その手前で1泊するのが良さそうかな。
1泊すると決めてしまえば、時間には余裕がある。
裁縫に使う素材だけでなく、木工や錬金で使うという樹皮や木の枝といった素材の採取も行った。
わたしはスキルがないせいか、それらの素材の区別が難しいので、調理スキルを生かして食べられる木の実などを集める。
「この辺りは野生動物ばかりで魔物がいませんわね」
鹿や狐などが多く生息しているようで、歩いているとちらほらと見られた。
探知能力のあるリルファナが言うには、こちらの気配に気付いた時点で逃げていってしまう動物も多いらしい。
夕飯にしようと鹿を1匹狩る。リルファナが位置も分かるし、見えさえすれば魔法で一発なので楽だ。
日が暮れる少し前、川から少し離れた、しっかりした木の根元を野営地に決めた。
◇
――翌朝。
テントと火の跡を片付けて、更に南へと出発する。
ほぼ真っ直ぐに南下していたキナレル川が、徐々に南東へと逸れていく。
似たような高さばかりという木々の様子も変化が見え始めた。
空が見えやすくなるぐらいに、木々は疎らに生えている状態だ。
高さも1メートルほどの小さな木から、様々な高さの木が多く生えている。
ヤングトレントは人と変わらないサイズなのだが、これでは区別をつけることが出来ない。
「この辺りから、ヤングトレントの出現するというエリアですわ」
「場所は分かりそう?」
「今のところは何かいるような気はしませんわ」
本当にいないのか、擬態で探知出来ないのか分からない。
「お姉ちゃん、あれは他の木と違う気がする」
クレアが1つの木を指差した。
わたしが見ても周りの木と変わった印象はないが、用心するに越したことは無い。
こぶし大の石を広い、クレアの指差した木に投擲する。
「わわ、動いた」
クレアも半信半疑だったようだ。
石がぶつかった木はめきめきと枝を揺らしはじめた。
やや太い枝を腕に、根を足のように使い器用に動き出す。
擬態を解いたのだろう、木の真ん中よりやや上に目と口に見える洞が空いた。
クレアは杖を構えて詠唱を始めると共に、リルファナが前方へと駆け出す。
「加速、風剣!」
サイズが小さいとは言え相手は頑丈な木なので、鋼の剣に魔法剣をかけておくことにする。
森の中では炎を使えない。風属性を選んだ。
リルファナを追いかけるように、ヤングトレントへと走り出す。
ヤングトレントはしなる枝を鞭のように扱う近接攻撃と、葉を飛ばしてくる遠隔攻撃を行う。どちらも物理攻撃で魔法は使えない。
セブクロでは移動速度も遅いし、不意打ちで攻撃されなければ、恐れるほどの強さではなかった。
「筋力強化付与」
クレアの強化魔法が、わたしとリルファナにかかる。
いつも筋力強化は自分で使っていた。
しかし、クレアにまとめてかけて貰った方が、先に出たリルファナに追いつくのが早くなると思ったので打ち合わせ済みだ。
それでも数歩、早くヤングトレントと対峙したリルファナ。
短刀を構えて様子を伺っている。
ヤングトレントは、近接攻撃の射程内に入ったリルファナに対して、腕のような枝を振り回した。
枝は木とは思えない速度としなりでリルファナに襲い掛かる。
リルファナは怒涛の攻撃を軽々と避けていく。
「風刃」
ここでわたしも追いついた。リルファナの回避の横から攻撃魔法で注意を逸らす。
一瞬、枝の動きが止まった。
その動きをリルファナは逃さない。
「はっ!」
短刀で左の枝に斬りかかる。
ヤングトレントの右腕が断ち切れ、宙を待った。
リルファナはそれを見もせずに駆け抜けて、ヤングトレントの後ろへと回る。
わたしとリルファナで挟み込み、後方でクレアが支援する形だ。
1体の敵を相手取るときの、基本的な陣形である。
挟まれたヤングトレントは、どちらを警戒するべきか戸惑ったように頭を左右に振った。
腕へのダメージが大きかったせいかリルファナの方を向くと、わさわさと頭でもある樹冠を鳴らす。
リーフカッターと呼ばれる攻撃の準備に見えた。
このまま放置しておくとヤングトレントを中心に、飛び道具のように葉っぱを飛ばしてくる。範囲は狭いが、切れ味は鋭く布では貫通するほどだ。
やはり盾も使えるようにした方が良いかと思いつつ、わたしは後ろへと数歩下がった。リルファナも下がるだろう。
そう思っていたが、リルファナはその場から動かない。
しかし、大丈夫だというようにわたしの方を向いて頷いた。
わさわさという小さな音が、ばさばさというような枝と枝がぶつかる音に変わる。
周囲に葉の刃が飛び散った。
わたしの手前で葉が地面に刺さる。
リルファナの方にも葉の刃が飛んで行き、リルファナへと大量の葉が降り注ぐ。
「リルファナちゃん!」
当たると思った直前に、リルファナが一瞬ぶれたように見えたが、クレアは遠い位置にいるので分からなかったのだろう。
「空蝉の術ですわ!」
残像を残すように、前に出るリルファナがヤングトレントの残った左腕も断ち割った。
ヤングトレントのリーフカッターは、攻撃力が高い範囲攻撃ではあるが連続で使うことが出来ない。
わたしは、ヤングトレントの後ろから顔のように見える洞の辺りへと、風をまとう剣を突き立てた。
木の悲鳴なのだろうか。
木材がきしむギギギという大きな音が響くと、ヤングトレントは動かなくなった。
「周囲の警戒を」
「うん!」
ヤングトレントの出した音が大きかったため、他の魔物が寄ってくるかもしれない。
念のためクレアを中心に周囲を警戒する。
「……何も無さそうですわね。トレントでも、擬態をやめて動き出せば位置は分かりますわ」
数分待ったが、森は静穏を保っていた。
リルファナの探知にも何も引っかからないらしい。仲間を呼ぶ声ではなかったようだ。
周囲が大丈夫そうなら、討伐した証明のためにヤングトレントを解体しないとね。
「この辺りに魔石みたいなのが埋まってるんだって」
人で言えば胸や腹の辺りに、樹人の心臓と呼ばれる核が埋まっている。
セブクロでもあったドロップ品だ。
またトレントの木は頑丈な板になる。
テーブルなどに顔の部分を使うと、突然ギギギと鳴き出すことがあるという都市伝説もある。
嘘だとは思うが、気持ちの良いものでもないのも事実だ。
……そこは残していこう。
「リルファナちゃん、怪我してるよ!」
リルファナの顔にいくつかの引っかき傷が付いていた。
「枝の攻撃が掠ったのでしょう。大丈夫ですわ」
「跡が残っちゃうから治さないとダメだよ!」
クレアが癒しの魔法を使うと、綺麗に傷は消えていた。