アルジーネの町 - 冒険者ギルド
アルジーネの冒険者ギルドは、町を囲う白い石壁と、同じ材質で出来ている3階建ての建物が2つ並んでいた。
周囲の建物は色付きのレンガを使っているため、白い壁が目立っている。
ギルドに入ると、ガルディアのギルドと似た構造のようだ。依頼受付の窓口、依頼の貼られた掲示板が見える。
素材買取の窓口は隣の建物になっているところまで一緒になっていた。
ギルドごとに構造が全く違うと、冒険者が他の町に移動したときに面倒だからだろう。
ただしガルディアと全く違うこともあった。中央にテーブルや椅子が並べられていて寛いでいる冒険者たちが多い。
ガルディアや王都のギルドは、清潔な役所のようなイメージのあったが、アルジーネのギルドはこれこそファンタジーのギルドという印象を受けた。
アルジーネは、ソルジュプランテ国内の中央に位置する町らしく、冒険者の数自体が多いのだろう。
3階は、冒険者しか泊まることが出来ない宿屋になっている。
格安ではあるが部屋数が少なく、常駐している冒険者もいるので空き部屋が出ることは滅多に無いそうだ。
ギルドの宿屋は、アルジーネのギルドで登録した駆け出し冒険者向けに始められたサービスなのだと思う。
「ガルディアのギルドからの配達です」
窓口でレダさんから預かった手紙を渡す。
中年ぐらいの女性が座っていた。
「はいはい、お疲れ様」
「返事があれば受け取ってきて欲しいと言われてるのですが」
「おや、緊急かい?」
あまりちゃんと確認せずに手紙の入った封筒を、置いてあった手紙の束に重ねてしまったので付け加えた。
受付の女性は改めて封筒を取ると、ひっくり返す。
「ああ、ギルド宛じゃなくてマスター宛だった。悪いけどそっちの通路の突き当たりの部屋に、直接持って行って貰えるかい?」
女性が通路の方を指差して、封筒を返された。
ガルディアの職員はすぐに手紙を確認して区分けしていたけど、こちらのような対応が一般的なのかな。
◇
言われた通り通路を進み、突き当たりの扉をノックする。
「どうぞ」
男性の声で返事があったので、部屋に入った。
灰色混じりの白髪に白い髭をたくわえた、優しそうな老人が座っていた。
「ガルディアのギルドから手紙の配達です。返事があれば貰ってくるように言われています」
そう言って、アルジーネのギルドマスターさんに手紙を渡す。
「お疲れさん。読んでしまうから、ちょっと座って待ってておくれ」
手紙を読み始める前にお茶を入れてくれたが、きびきびとした動きは見た目と違い全く衰えを感じさせない。
「待たせたの。返事を書いたから頼むよ」
ギルドマスターさんは対面に座り、返事の手紙をテーブルのわたしの前に置いた。
「それとお主たち、有望なC級冒険者と書かれていた。時間があればちょっと頼みたいことがある」
「えっと……、他の依頼を受けているので、採取をしたら数日でガルディアに戻らないとなのですが」
「ふむ、ならばこの中で目的地が一緒のものがあればで良い」
ギルドマスターさんがいくつかの依頼票を並べた。
「この配達後に調べるつもりで、まだ依頼の採取場所を調べていなくて……」
「何を採取するのかね?」
「フォレストコットンです」
「それなら南の森になるが、キナレル川のどちら側で採取するかによるな。目的地が一緒なのはこの2つのどちらかだ」
該当する依頼票を選び出してくれた。
テーブルに残った討伐依頼は、ファイアーアントの討伐とトレントの討伐だった。
火蟻はキナレル川の東側でトレンマ村から続いている場所だ。
元々はD級向けの依頼だが、数が確認出来ないほど多いのでC級となっているらしい。
トレントの討伐は西側になるらしい。
トレントは5メートル以上の大木の魔物だが、セブクロではレベル80以上の相手だ。
ガルディアで買った本にも強敵と書かれていたし、この世界の基準で、C級ってことは無い気がするのだが……。
わたしたちなら、トレントの数が多くなければ倒せるだろうけれど、確認はしておくべきだろう。
「トレントって大きい木の魔物ですよね?」
「大きさは人と変わらぬよ」
「ヤングトレントですか?」
「ああ、そうか。大きいトレントはこの辺りにはいないから、トレントとしか呼ばないのだ。むしろ依頼を出す者の中には、ヤングトレントという名称を知らない者も多いだろう。……なるほど、地元の冒険者しか受けたがらない理由が分かったぞ」
ギルドマスターさんが片手で額を押さえた。
人と同じ大きさならば、トレントの若木とされているヤングトレントの可能性が高そうだ。
ヤングトレントのレベルは30ぐらい。強さは全くの別物である。
そりゃ、ヤングだと知ってる人しか受けないよ……。
アルジーネ出身の冒険者が、他の町で勘違いする可能性もあるから改めたほうが良いだろう。
「すぐに告知を出しておくことにしよう」
「じゃあ、ヤングトレントの討伐を受けますね」
どちらの依頼を受けても良いようなので、倒したことのある火蟻ではなく、トレントの方を受けてみることにしよう。
わざわざギルドマスターが直々に討伐依頼だけ出してきたのは、レダさんから何か書いてあったのかな?
と思いつつ、ギルドの窓口で討伐依頼を受注する。
ついでに、フォレストコットンの採取場所を聞いておいた。
町の西口を出たら川沿いに南下していけば、フォレストコットンもトレントも生息しているようだ。
野営をしながらずっと南下すると、蜃気楼の森と呼ばれる大きな森があるらしいが、今回の依頼はそこまで行かない。
依頼を受けたりしていたため、思ったより時間がかかってしまったが、ギルドを出て昼食にすることにした。
「ここにしようか」
ギルドの近くで見つけたお店に入る。
居酒屋のようにお酒の瓶が並んでいたが、お昼は普通の飲食店としてやっているようだ。
アルジーネの町は、綺麗な川の水を利用した産業が成り立っている。
お酒造りもそうだし、川魚も名産だ。
そして、町の北側には水を引いた畑があるらしい。
その畑では普通の畑で取れるコメとは違い、粘り気のあるコメが作れるとのことだ。
聞いた感じでは田んぼのことかな。ちょっと違うかもしれないけど。
この店のオススメという料理を頼むと、出てきたのは魚を使ったリゾットだった。
チーズも入っていて、トレンマ村の物を使っているみたい。
芳醇なチーズの香りと、魚の旨みが出ているリゾットは美味しかった。
「美味しいね、リルファナちゃん」
「トレンマ村のチーズとのことですが、出荷用なのでしょうか。村で食べたものと違いますわ」
「なんだか濃厚だよね」
……言われてみれば違う気はする。わたしの舌は大丈夫だ。
リゾットのコメはさらりとした物の方が向いている。町特有の畑で作られているものではないそうだ。
「今日はどうしますの?」
「うーん、依頼は明日の朝出れば良いかな」
「じゃあ町を回ろうよ、お姉ちゃん」
わたしは、田んぼだと思われる畑も気になる。
「なら、北に向かってお店を見て行こうよ」
「宿屋も探しながらですわ」
「じゃあ、それで」
クレアがそう提案したので、それに乗った。
お店を巡ると町の特徴が分かりやすいが、それなりに物流もしっかりしている世界だ。
あると便利な物やちょっとした玩具は、どの町にも似たものが置いてあるのは分かる。
稀に全く同じ製品が置いてあったりするのだが、生産から物流まで行うメーカーのようなものもあるのだろうか?
街道はそれなりに安全だし、マジックバッグがあるのだから、出来ないことではないと思うけどね。
町の北側に畑の区画があった。
実際の農地は壁の外側まで広がっているらしい。
田んぼかと思っていたがちょっと違った。
作物を植えた横に何本も細い水路を作り、やや泥に近い状態の土にして栽培しているようだ。
泥が水に流れていってしまうので、畑の維持が面倒そうにも見える。
日本では見たことがないので、この世界特有の方法だろう。
コメの方も、フェルド村で作られているものと同じ作物のようだった。
育成方法の違いで粘り気が出るのだろうか。見た目が似ているだけで、品種が違うのかもしれないけれどね。
畑を見たあとは、南に戻りながら町をぶらぶらしていると、女性の冒険者が出入りしている宿屋があった。
少し覗いてみたが、清潔感もあるし従業員も丁寧そうだ。
「お姉ちゃん、宿屋はここにする?」
「そうしようか」
宿泊費は2食付きで、1人大銀貨2枚と少し高いが、中央通りから入った道で分かりやすい。
とりあえずここで1泊することにして、部屋を取っておくことにした。
◇
夕方まで町を散策し、宿屋に戻った。
1日町を回った印象だがアルジーネの町は、ソルジュプランテを東西につなぐ街道の中心でもあるためか物が豊富のようだ。
ただ他国の品を置くアンテナショップは見つからなかった。これは高級店の多い、東区に多いだけかもしれないかな。
途中で、父さんのお土産にお酒を何本か買った。
全体的に透明だが、アルコールの香りが強く日本酒に近そうだ。
「叔父様もお酒は好きですが、送る方法がありませんわね……」
リルファナが叔父さんに送る方法は無いかと、しばらく思案していたが諦めていた。
1階の食事処で夕飯を済ませて部屋に入る。
このクラスの宿屋になると、部屋にお風呂も付いているようだ。
家具などはガルディアで泊まっていた宿屋と似ているが、部屋は少し広い気がする。
「なんだか疲れましたの」
「うん……」
新しい町の散策で、珍しくリルファナまでクレアと一緒にはしゃいでいたので、疲れてしまったようだ。
明日は依頼のために朝から森へ出発するので、早めに休むことにした。