アルジーネの町 - 手芸店『思い出の糸』
トレンマ村を出ると、街道は真っ直ぐ西へと続いている。
アルジーネの町までは、道中で1泊の野営が必要な距離だ。
左手となる南側は、このままアルジーネまでずっと森が続く。
北は草原で、その向こうには霧の山脈から、王都を囲うように南へとのびる霧の枝と呼ばれる山々が見えている。
山脈としては一体化しているので、どこまでが霧の山脈で、どこからが霧の枝なのかといった明確な基準は無いらしいけれどね。
これから向かうアルジーネの町は、霧の枝から南へと流れるキナレル川に沿って造られた町のようだ。
現在ではキナレル川を挟むように広がった構造となっている。
キナレル川はアルジーネの町を越えると、森の中を南東方面へと流れ、ヴァレコリーナの手前でガルディア西を流れるカナーレル川と合流している。
ちなみに霧の山脈を越えた北側は、近年では未踏の地となっている。
複雑な洞窟、複数の迷宮、手強い魔物が多く、いまだに低層までしか探索は進んでいないようだ。
もちろん危険な分だけ、見返りも大きいので探索する冒険者も少なくはない。
300年前の英雄と呼ばれる転生者たちは、山脈を越えたパーティもいるという記録はあるらしい。
しかし報告は「山頂は断崖になっていて、その先は何も無かった」という一言だけが残っているだけだ。
これしか残っていないというのも不自然過ぎて、これが本当に残された言葉なのか、何者かによって改変や捏造された内容なのかは分からない。
王都で買った本によると、B級冒険者ならば下層の迷宮を探索する実力はあると見なされるらしい。
いずれは霧の山脈にも行ってみたいところだ。
……竜になったネーヴァに乗せて貰えれば、一気に上層まで行けないかな?
トレンマ村から西の街道は見通しの良い一直線。
魔物避けの石柱も一定間隔で立っているし、見慣れた光景ではないが珍しいというほどでもなくなってきた。
「あら、この植物は生地に使えますわ」
「採取していこうか」
街道から見える範囲でも、ちらほらと素材になる植物が生えているので採取しながら移動する。
歩いていると、騎士さんたちとよくすれ違った。
特に話しかけられたりはしないのだが、周囲を警戒しているようでゆっくりと哨戒している。
リルファナが言うには、鎧や盾についた紋章はガルディアとアルジーネの騎士団だという話だ。
「お姉ちゃん、何かあったのかな?」
「うーん、危険なことがあるなら話しかけてくるんじゃないかな」
少なくともガルディアの騎士さんは、フェルド村に向かうときに話しかけてきたことがある。
わたしたちは冒険者の格好をしているが、すれ違ったときに挨拶ぐらいはしているので、明確な何かがあるなら情報ぐらいは教えてくれるだろう。
「中堅冒険者に見えるわたくしたちにとっては、脅威ではない何かが起こったという可能性はありますわよ」
「なるほど」
防具が変わったことで、見た目も駆け出しから中堅冒険者になっているのか。
それならそれで気にし過ぎても仕方ないだろう。
トレンマ村に1泊してから出発したこともあり、距離が稼げた。
アルジーネの町までもう少しというところにある野営地で1泊する。
街道の南側、森を背にした野営地だった。
魔物避けの石柱もあるが、森から魔物が野営地に入り込まれないようにか、バリケードの柵が作られている。
一緒の野営地で宿泊するのは4人の冒険者のグループと、ガルディアの騎士さんが3人だ。
冒険者さんたちは依頼で急いでいるようで、少し休んで明るくなる前には出発するとのこと。
騎士さんたちが一緒なら丁度良い、何かあったのか聞いてみることにした。
「ああ、最近ガルディア方面の魔物が、あちこちに移動してるって話でね。街道は騎士が巡回しているし、人の入らないような奥地まで入り込まなければ危険は無いよ」
「ありがとうございます」
魔物があちこちに散らばっているという、レダさんが言っていた話だろう。
レダさんに頼まれて運んでいる手紙の内容は聞いていないけれど、その関係なのかもしれない。
「リルファナは何か覚えはある?」
「いえ、大量発生などはあったと思いますが、エリアの魔物が無差別に移動するというのは分かりませんわ」
セブクロにそんなイベントあったかな、とリルファナに聞いてみたがリルファナも覚えがないようだ。
様々なイベントが無数にあったセブクロだ、わたしたちが知らないだけという可能性もある。
――翌朝。
冒険者さんのグループは言っていた通り、日が出る前に静かに出発したようで、すでにいなかった。
明け方に見張りをしていたクレアには、お辞儀だけしていったようだ。
◇
朝食を済ませて街道を進んで行くと、町を囲う石壁が見えてきた。
ガルディアの濃灰色のレンガと違い、白いレンガで組まれた壁だ。
人が道具も無しに越えるのは難しいぐらいの高さで、見上げる程の高さではない。防御面に不安がありそうだけど、戦時下でも安全な地域だったのだろうか。
そして、街道の先にアルジーネの東門が見えていた。
ガルディアや王都と同じように、出入りするときに簡単なチェックはあるようだ。
「ようこそ、アルジーネの町へ」
門を守る兵士さんからゲームの定型文のようなセリフを聞きながら、身分証にもなるギルドカードを見せて東門を通る。
兵士さんに、冒険者ギルドは西区の通りにあると聞いた。
門を出ると目の前にアルジーネの町並みが広がる。
馬車が、並んで走っても余裕がありそうな中央通り。
左右には3階以上ある建物が多く、高級店と思われる飲食店や装飾品店が並んでいる。
アルジーネの町はキナレル川を挟んで東区と西区に分かれ、東区はやや高級志向寄りとなっているお店が多いとのことだ。
またキナレル川の中央には小さな島があり、神殿と祭事に使われる建物が建っている。町の人からは、単に「島」や中央区と呼ばれているそうだ。
東側の方が高級志向寄りなのは、西区は難民や流浪の民によって新しく造られた区画のため、西に住む人々が軽視されていた時代があった名残のようなものらしい。
現在は様々な要因から、ほぼ差は無くなっている。
ラミィさんに頼まれたお店も、冒険者ギルドも西区にあるので移動しなければならない。
今日は、町の様子を見ながらのんびりと歩いても良いかな。
アルジーネの町の広さは、キナレル川の部分を除くとガルディアと同じか、少し広いぐらいだろうか。
東門から真っ直ぐに西へ向かうと、川には200メートルはありそうな大きな橋がかかっている。トレンマ村の手前にある橋も大きかったが、それとは比べ物にならない大きさだ。
キナレル川の流れはゆっくりに見えるが、急に流れが変わったり、深い場所があるので素人が泳いで渡るのは不可能らしい。
東区と西区の間を行き来するには、中央通りとされる橋を渡るか、町にいくつかある渡し舟を使う方法がある。渡し舟はお金がかかるので、急ぎでもなければ中央の橋を使う人が多いようだ。
中央通りを歩き、橋が見えてくるとクレアがその大きさに目を見張る。
「すごいよ、お姉ちゃん!」
馬車がすれ違うことが出来る上に、その外側を歩行者が歩くようになっている。
日本では車が通ることが出来る少し大きめの橋といった感覚だが、この世界の技術力で、これだけの物を造って維持出来るということには驚いた。
橋を渡っていると、丁度中間の辺りに外側へ下る坂があった。
中央の島に行くための坂だろう。ちらりと覗き見ると神殿のような教会が建っていた。
「帰りに寄ってみようか」
「はいですわ!」
リルファナは、時々だが教会でお祈りをしているので寄りたいだろう。
お祈りに行くのが主目的ではあるが、神殿や教会のような厳かな建築物が好きというのもあるらしい。
橋を渡りきって西区へ出る。
一見、町並みは東区とさほど変わらない。
しかし、よく見れば店の種類は冒険者向けの装備店や、庶民向けの雑貨屋や飲食店などが増えたように思える。
アルジーネの名産なのか、お酒を取り扱うお店も多いようだ。
帰りに父さんのお土産に買っていこうかな?
「あ、ここだよ、お姉ちゃん」
「ラミィさんに頼まれた店ですわね」
冒険者ギルドを探している途中、ラミィさんに頼まれた『思い出の糸』というお店を見つけた。
中に入ると手芸店といった感じで、布や糸といった縫製関係の素材や道具が所狭しと置かれていた。
「すごいお店ですわ! 上位素材もいくつかありますし、自分で使う分も買っていきますわ」
縫製スキルのあるリルファナから見ると、この店は宝の山のようだ。
リルファナには、そのまま買いたいものを探してもらうことにした。
ここでの用事は、ラミィさんのメモに書かれたものを買うだけだからね。
「すいません、このメモの素材が欲しいのですけど」
「はい、預かりますね。ええと、用意するのでお待ちください」
ラミィさんのメモを店員さんに渡すと、店員さんが探して持って来てくれるようだ。
この商品の中から、メモに書かれた物を自分で探すのは大変そうだったので助かる。親切なお店で良かった。
店員さんが持って来てくれた商品を確認して、マジックバッグにしまう。
ラミィさんから預かっていたお金で支払いを済ませた。
ついでに冒険者ギルドの場所も聞いておいたが、中央通りのもう少し先らしい。
「もう少しお待ちくださいませ」
様子を見に行くとリルファナは色々と買い込んでいるようで、まだ時間がかかりそうだった。
クレアも針などの道具を、母さんへのお土産にするつもりのようで探している。
しばらく外で待っていると、リルファナとクレアも買物が済んだようで店から出てきた。
「お待たせしましたわ。ラミィさんがこの店の名前をあげたのも納得ですわ」
「お姉ちゃんは何も買わなくて良かったの?」
「わたしの分はリルファナかクレアに頼むよ」
裁縫だけは苦手なまま変わらないのだ。なんとなく、スキルの習得も出来ない気がしている。
「ギルドに手紙を届けたらお昼にしようか」
「うん!」
「分かりましたわ」
店で聞いた通りなら、冒険者ギルドはすぐ近くのはずだ。
再び、3人で中央通りを歩き出した。