木剣作り
今日は朝から家に父さんがいた。
最近は何やら用事があるらしく町と往復していて、朝早くから出かけてしまうか夕方帰ってくるかなので、わたしたちの朝食時にいるのは珍しい。
「ミーナ、今日は木剣を作るぞ。午後から手伝いなさい」
あれって父さんのお手製だったんだ。町で買ってきているのかと思ってたよ。
「わたしのものだし別に良いけど何すれば良いの?」
「ちょっとな」
父さんはニヤリとして詳しくは教えてくれなかった。あれは何か企んでる顔だ。
午前中は母さんの手伝い。今日はクレアもいるのであまりやることもない。
父さんもいるみたいだし、風呂に水を貯めておくことにした。日本の生活では毎日風呂に入っていたので、こちらの世界でも毎日入れるならばそれにこしたことはないのだ。
面倒でも水だけ入れておけば『魔導機』で沸かすだけで済むのでいつでも使える。そんなに距離がないんだし、水を引きこむ『魔導機』でも作れたら便利だと思うんだけどな。モーター付きのホースみたいなイメージかな?
ついでに母さんに頼まれた『カレーモドキ』のレシピを紙に書いておく。
みんな黙々と食べてたから気に入ったみたいだけど、わたし的にはちょっと辛すぎた。ちょっとだけ修正しておこう。
お昼ごはんを食べてのんびりしていると、剣や短剣を腰に下げた父さんから木を切りに行くぞと声がかかった。
荷車を引いた父さんに付いていくと南の森の方へ向かっているようだった。
村から南の森へ入った辺りは伐採所のようになっていて切り倒した丸太がたくさん置いてある。そこから向こう側には切り株がたくさんあるのが見えた。
「この辺の木は許可を貰ったから持って行って大丈夫だ」
色の違う丸太がいっぱいあるけれど、どの木が良いのかさっぱり分からない。
「この辺で採れる木はタミア、ハシュガーナ、アシマオの木が多い。木剣に使うならタミアだな」
父さんが色々教えてくれた。
見た目は樫に似たタミアの木は様々な製品に使われている木で加工もしやすく信頼度がとても高いんだそうだ。
少し青みがあるハシュガーナは水をはじきやすく水場周りの道具、黒っぽい色のアシマオは振動に強いので荷車や馬車に使われることが多いらしい。ここは丸太でおいてあるので表皮を見れば分かるけど、加工してしまったらわたしに違いは分からない。
プロが見れば木目とかが違うのかもしれないけどね。
「木製の武器や盾にはプラセの方が向いているんだが、この辺では採れないからな」
木にも色々あるんだねと感心していると、父さんは「よいしょ」と丸太を持ち上げて荷車に載せると、近くの柱と屋根だけある作業場に運んでいく。
木が欲しいときは村の木材担当の人に許可を貰ってここで必要な分だけカットしていくらしい。タンスやベッドなどの家具を作る場合は数人で作業するのが基本だ。
……父さん1人で運べるなら、わたしは何で呼ばれたんだろう?
「木剣を作るには最初に大雑把にカットしていって、ある程度形になったらナイフで細かく削って形を作る。最後は防腐油をしみこませた布で丁寧に拭いて仕上げるんだが、時間が結構かかるわけだ」
「う、うん」
「でだ、大雑把でいいからこの前の技で切れないか?」
「は?」
ちょっと待って、無闇に使うなって言ってなかったっけ?
「この時間なら大工が来ることはほぼ無いし、俺が見張ってるから大丈夫だ!」
父さん、ドヤ顔で言われても困るよ。
「まあ、父さんが良いって言うのなら構わないけど……」
「ついでに、こっちはこのぐらいのサイズにしてくれ」
と、短剣を私に寄こすとトントンと丸太を指で叩いた。
ここで言い合っても仕方ないし、なんだか面倒になってきたので父さんの指示通りに『風剣』でカットしていった。
石の彫像すら綺麗に切った技だ。まるでバターのようにさくさく切れたよ。
父さんは、あの夜に見せた『炎剣』を使うと思ったみたいで、焦げても良いように少し大きめになるように指示していたらしい。
途中でもうちょっと小さくさせられた。
「家に帰ったら、もう少し細かく削ってくれると良いんだが出来るか?」
「良いけど、そろそろこの短剣がダメになるよ?」
魔力を強引に流されると物質としての維持が難しくなるのか、魔力が通りにくくなってきた。武器としても劣化していくと思う。
感覚的にはまだ2、3回ぐらい同じ使い方をしても大丈夫そうだけど、念のため教えておこう。
壊れてから文句を言われても困るしね。
「え、そうなのか?」
「木剣も割れたでしょ。金属の方が頑丈でも、そのうち壊れると思うよ?」
「そ、そうか……」
何だか父さんががっかりしている。これは他にもわたしを便利に使おうとしていたな。
帰り道、父さんが「これでは割に合わないか……、いや魔力を通しやすい金属があれば……」とか呟いているのが聞こえたけど無視した。
霊銀とかオリハルコンの武器を使えば破損しないだろうけど、コストを気にしてる時点でそんなもの買うお金は無いだろうと思った。
「とりあえず、その短剣で出来るところまで削ってみなさい」
「え、でも……」
「安全なときに壊れるまで試しておいたほうがいい」
父さんに、作業場で一度返した短剣をまた渡された。
金属製の武器が魔法剣にどれぐらい耐えられるか分かっていないといざという時に困るってことか。楽したいだけかと思ったら、父さんも色々考えているんだね。
上手く作れなければ仕上げは父さんに頼めば良いよね。と軽い気持ちで木板を削りはじめた。
「お姉ちゃん、シミターでも作るの?」
教会から帰ってきたクレアの最初の一言がそれだった。
剣先が曲がってる!
まだ修正出来る、まだいける!
「……お姉ちゃん、レイピアになりそうだよ?」
荷物を部屋に置いて戻ってきたクレアに突っ込まれた。
細すぎた!
……これは修正できないな。
「……ここまで不器用だったか?」
作業場で小さく切った破片で木製の食器を作っていた父さんにまで突っ込まれた。ぐぬぬ!
「こんなこともあろうかと木板は3枚作ったわ!」
「念のためと思って俺が作らせたんだけどな。ぶっちゃけ使うとは思わなかったからまな板か棚にでもしようかと思ってたんだが」
今削っていたのは諦めて、予備の1枚を取る。
「……お姉ちゃん厚すぎない?」
慎重に削りすぎたようで、明らかに刀身が厚くなった。どうせ形が剣なだけで鈍器みたいなものだし良いんじゃないかしら。
「クレアはやることないの?」
「その剣の近くにいると涼しいんだよ!」
「ああ、さっきから削った木片がすぐに飛んで行って作業しやすいと思ったら、そういうことか」
近くでニコニコと私の作業を見てるクレアはやることが無いのかと聞いたらこれだ。父さんまで変なことに納得している。
ええい、わたしの『風剣』は扇風機じゃないぞ!
あ、興奮して魔力を流しすぎた途端、短剣がピキピキと割れ始めた。
「短剣で、こんなもんだね」
ちょっと視線を逸らし気味に短剣を机に置いた。
「これだと木剣を使い潰したほうが安く済みそうだな」
「作業に使っただけだから結構もったけど実戦だともっと早く壊れると思う。木剣を何本も持って歩くには重すぎるよ」
「うーむ、使いこなせるに越したことは無いんだがな」
父さんとしては魔法剣を絶対使わないことよりも、出来る限りわたしの力を最大限に活かせるようにした方が良いと思っているようだ。
「とりあえず、その作りかけの木剣は俺が仕上げよう」
と父さんが預かってくれた。色々作る予定だったみたいだし木板が大事だったんだと思う。
……裁縫はともかく、ちょっとしたDIYぐらいなら余裕だったはずなんだけどな?