フェルド村 - 東の海岸
フェルド村東の海岸。
ごつごつとした岩場で崖が続いている地形だが、岩場を下りて行く道があり浜辺まで出ることが出来る。
子供でも村から遊びに来ることが出来る距離だ。
もう少し暖かい季節になれば家族連れで遊びに来ることもあるが、今はまだ少し早い時期なのでがらんとしていた。
「海水浴ですわ!」
「まだちょっと寒いよ、リルファナちゃん」
昔の転生者の影響なのか、元々あったのかは分からないがこの世界には海水浴も水着も存在する。
ガルディアでは水遊びはしないようで水着を取り扱っている店を見たことが無い。しかし、水遊びをする地域であれば水を弾く生地を使った水着もあるようだった。
リルファナも冗談で言っているだけなのだろう、水着の準備まではしていない。
そもそも今日は、塩を作るための海水を取りに来たのだ。
クレアの錬金術スキルが上がるか分からないが、今日はここで塩を作ってみる予定である。
わたしは海水を汲んで持ち帰るのかと思っていたけれど、水がたくさん入る容器が無いようだ。
クレアが、母さんに頼んでお弁当を作ってもらっていた。
3人で持って来た鍋に海水を汲んで火にかけていく。
塩の作り方は2割ほどまで水分を飛ばし、更にヘラでかき混ぜながら煮詰めて半分にすると海水が白く濁る。
これを何度か紙や布で作ったフィルターで濾して、煮詰めるを繰り返すと残った白い結晶が塩になる。
このとき濾過されたものは豆腐などに使うにがりとしても使うことが出来る。
別に分けておいて貰って、後で豆腐でも作ってみようかと思う。
海水を汲む以外のことは、クレアのスキル上げなので手伝わない方が良いだろう。
わたしは、岩場に近い足場がしっかりした場所で農具を作ることにした。
崖には村で使う岩塩の採掘場所として、掘り進められた場所もあるのでその辺りを使わせて貰う。
カルファブロ様の炉を展開し、足場の影響が無いか確認する。大丈夫そうだ。
「わたくしは柄の部分を作りますわ」
岩塩採掘中の休憩用なのか、椅子代わりになる岩なども端の方にごろごろと転がっている。
リルファナはマジックバッグから木を取り出して、削り始めた。
しばらく作業を続け、そろそろお昼休憩にしようとクレアに声をかけに行く。
作成中の塩を見てみると、ちゃんと真っ白な塩の結晶となっていた。
「あれ、随分早く出来たね?」
「あ、お姉ちゃん。魔力で出来ないかと思って試してみたんだ」
生活魔法を応用して蒸発を促進させたらしい。よく考えたものだ。
「でも、これ変じゃないかな?」
「ちゃんと出来てると思うよ」
「真っ白なんだけど、いいの?」
この辺りでは岩塩が主流だ。
岩塩は周囲のミネラルを含むので様々な色が薄らと付くことが多い。
「海水から作った塩はこういう色なんだよ」
「そうなんだ!」
「味も少し違うと思うよ」
含まれている成分にもよるが岩塩の方が荒く、少しまろやかな味だったはずだ。
休憩後はまた鍛冶に戻る。
父さんに頼まれたのは鎌と鍬だけだが、鋤や薪割用の鉈も2本ずつ完成した。
「これは必要なのかな?」
出来上がった鋼の斧を置く。伐採用であって武器ではない。
「木材が必要なようですし、聞いてみたら良いと思いますわ」
リルファナがノリで色々な柄を作るから、それに合わせて作っていたら種類が増えてしまった。
それと武器を作るときに比べて明らかに魔力消費が少ない。
短剣では2本で魔力切れになったが、農具はこれだけ作ってもまだまだ魔力に余裕があるぐらいだ。
時間もあるのでポーションを飲みながら、短剣も作ってしまうことにした。
しばらく生産しているとクレアが駆け寄ってきた。
「リルファナちゃん!」
「どうしましたの?」
「新しい薬の作り方を思いついたよ」
クレアの錬金術スキルが上がったようだ。
塩作りは製薬にも関係するのだろうか。リルファナの教え方か、化学的な知識として共通しているのかな?
薬剤師スキルと錬金術で作製出来るポーションは、共通するものもあれば、専用となっているものもある。
効果が共通していても素材や作成法が違ったりもするようだ。
属性耐性のポーションなどは錬金術専用だった覚えがあるが、購入して使っているだけだったわたしには細かい違いは分からない。
夕方になる前に、キリの良いところまで塩を作って家まで戻ってきた。
「色々と作ったな」
「リルファナが色々な柄を作ってくれたからね」
「斧まで作ってくれたのか? 明日使ってみよう」
「頑丈にするために鋼にしたから怪我に気をつけてね」
「お、おう……」
父さんは斧を見ながら、「家の娘たちは何になるつもりなんだ」とか呟いていた。
冒険者でも生産スキルは大事だよ。セブクロ的に。
「ミーナ、農具が作れるならこれも研げないかしら?」
母さんが包丁を持っている。
よく見ると刃が悪くなっているようだ。
鍛冶スキルなら研磨ぐらいは簡単に出来る。砥石があればカルファブロ様の炉を展開する必要もない。
「はい、出来たよ」
「あら、ありがとう。早いわね」
「裁縫用のハサミとかも研げるよ」
「あとで頼むわ」
鍛冶用の道具セットに砥石も入っているので、ちょちょいと研いで渡した。
生産スキルをいくつか上げると、普通の生活面でも便利だな。
「ミーナ様、賢者の木でクレア様の杖を作ろうと思っていますの」
「リルファナちゃんが加工出来そうだって!」
「少し時間がかかりそうなのですが……」
杖だけに取り掛かったとしても、3日ぐらいはかかりそうということらしい。
特に急いでガルディアに戻る必要は無いし、このまま4月いっぱいはフェルド村でゆっくりしようか。
母さんに味噌を使った料理も披露しないとね。
◇
――3日後。
父さんが鋼の斧を試した結果、もっと作ってくれと依頼されたりしている間に3日が過ぎた。
切れ味が良かっただけでなく、柄の部分にグリップを付けたので取り回しもしやすいと絶賛されたそうだ。
追加の道具は家の裏手で作製していたが、音がするので気になって覗きに来る人はいたものの、すぐ帰る人が多く野次馬のようにはならなかった。
今後も村に帰ってきたときは、ここで製作しても大丈夫だろう。
小規模ながら村で作っているソーヤンを使って、豆腐を作り味噌汁にして夕飯に出した。
聖王国には豆腐も存在するようで、父さんは知っているようだ。
ソーヤンがあるのにフェルド村では醤油も味噌も無く、煮豆にしかしないようだった。
そもそも人気も無いそうで、作っている家も少ない。
もっとソーヤンを作れば聖王国から醤油を仕入れなくても良いんじゃないかと思ったけれど、経済を破壊してしまう恐れもあるので黙っておこう。
村だって金銭的に無理して仕入れるわけでもないだろうからね。
リルファナが追加の柄と杖作製で忙しくなったため、クレアが新しく覚えた魔力回復のポーションをわたしのために生産してくれたりもした。
作り方が違うせいなのか知らないけど、クレアが作ってくれた薬の方が少し甘みがある。
リルファナの作る薬は薬剤師スキルだからなのか、苦いってほどでもないけど薬っぽい風味がするんだよね。
そしてリルファナがずっと作っていた、節くれ立った真っ白な枝の長杖が出来上がったようだ。
家の前で、クレアが新しい杖を持って振り回している。
「なんだか持っただけで魔力が湧き上がるよ、リルファナちゃん」
「持ち手は少し調整出来ますが大丈夫ですの?」
「うん! ありがとう!」
リルファナも疲れただろうし、もう1泊してからガルディアに戻ることにした。
そろそろリルファナの叔父さんから、新しい防具が届いている頃じゃないかとも思う。