模擬戦
ピノさんの護衛さんは男性がマテオ、女性がフランカと名乗った。
どちらも制服扱いなのか同じような金属鎧で、マテオさんは槍、フランカさんは剣を持っている。
結局、レダさんのごり押しで庭で模擬戦をすることになってしまった。わたしは部屋に寄って準備中だ。
普段使っている革鎧を着こんで、鋼の剣と霊銀の剣を腰に吊り下げた。
何故か分からないが、リルファナとクレアまで冒険へ行く装備に着替えている。
「リルファナちゃんを連れていかせないもん!」
「まあ、クレア様ったらやる気ですわね」
クレアが頬を膨らませているが、それを見たリルファナは嬉しそうだ。
護衛をどうしようって話だから、わたしが負けても家に護衛が増えるだけじゃないかな?
それに、まだルールを聞いていないけど、わたしと護衛さんの1対1の勝負だと思う。
「ミーナ様、ヴァレコリーナでは決め手に欠ける交渉で決闘が持ち出された場合、その結果は重要視されます。手を抜いて負けてしまうと、わたくしを連れて帰ることはしないけれど、ガルディアから出てはいけないという方へと話を持って行かれてしまうかもしれませんわ」
「決闘じゃなくて模擬戦って話じゃなかったっけ?」
「ええ、それを知っていてあえてレダ様は『模擬戦』と言ったのですわ。叔父様はその意図に気付いているでしょうけど、護衛さんたちは気付いていないようでしたので本気で来ると思いますの」
レダさんはわたしたちの強さを知っている。ヴァレコリーナの風習を逆に利用して黙らせてやろうということなのだろう。
そして万が一、相手が強くてわたしが負けても模擬戦でしょうと白を切るつもりなのだ。多分。
それに、そんな風習が無くても負けてしまえば「弱いのだから護衛の近くにいろ」と言われる可能性は高いだろう。
リルファナはわたしたちと一緒にいることを望んでくれたのだ。ここは頑張ろうと思う。
戦闘準備をして玄関に行くとレダさんが待っていた。
「ミーナちゃん、ここは本気で戦ったほうがいいさね」
「はい!」
レダさんにまで言われてしまった。
◇
芝と何本かの木という最低限の手入れしかしていない、殺風景なレダさんの家の庭で模擬戦をすることになった。
「じゃあルールを説明するよ。戦闘範囲は庭の中。魔法の使用は制限させてもらうさね。まいったと言うか、審判の判定で勝負を決める。いいね?」
「はい」
「ええ、分かりました」
「審判はあたしが務めるさね」
魔法の制限は火球のような直接ダメージを与える魔法と近所に被害が及ぶ広域魔法は禁止。回復魔法や強化魔法は問題無い。
魔法剣も強化魔法扱いだろう。多分。
武器は先に申告し、それ以外の使用は禁止。
わたしは腰にさげた2本の剣、フランカさんは今持っている1本だけのようだ。
審判はレダさんが務めるが、わたしたちに有利な判定をした場合はピノさんから物言いを入れて良いことにしたようだ。
わたしとフランカさんが勝負することになり向かい合う。
セブクロではPvPは決められた範囲でしか遊べなかったし、わたしはあまり積極的に参加はしなかった。
それでも、魔物には人型の魔物も多く存在するからなのか、対人戦に対して特に不安感なども沸かず戦えそうだ。
リルファナの将来がかかった戦いだ。本気でいかせて貰うことを決心した。
「よろしくお願いします」
お互いに礼をして、わたしは霊銀の剣を抜いた。
「ほう、新人の割には良い剣を持っているな」
ピノさんが顎に手をやりながら呟いた。
「防御値強化付与!」
「はじめ!」
クレアがわたしとフランカさんに強化魔法をかけた途端、レダさんから開始の合図がかかった。
しかし、フランカさんは剣を構えたまま動かない。右足を前に出し、剣の切っ先を前方の地面へ向けた構えだ。
帝国流剣術なのだろうか、時代劇などでは見る構えだがこの世界に来てからは見たことが無い。
「加速、筋力強化」
フランカさんは構えたまま動こうとしないので、いつも通りに自分に強化魔法をかける。
「炎刃」
霊銀の刀身にうっすらの青い炎がかぶった。
魔法剣はフランカさんも見たことが無い技だったのか、一瞬だけ眉がぴくりと反応したがすぐに冷静を取り戻し、こちらの動きを警戒している。
わたしは両手で腰の横へ構えた。切っ先は後ろ、刀身を相手から隠すように置く。
対峙して分かったがフランカさんの構えは受身の構えなのだろう、こちらから近付くのを待っているのだ。
ただ油断していれば切り上げへと繋げられる構えだ。
冒険者が相手にする魔物との戦闘では受身の構えはあまり使わないし、使われない技でもある。
わたしが冒険者であると分かって、経験不足を狙っているのだろうと予想出来た。
わたしは構わず、一気に加速。
フランカさんは予想通り切っ先を跳ね上げて、わたしの進路を塞ぎにきた。
横薙ぎで跳ね上がった切っ先を弾く。
甲高い金属同士の擦過音。
その直後、金属の焼けるしゅーっという音と焦げ臭さ。
炎刃の効果だろう。
「なっ!」
フランカさんは刀身のぶつけ合いは出来ないと判断し、ステップで後ろに下がる。
熱で剣を手放さないところを見ると柄の部分は木製か何かだろうか。
わたしは大きく振り抜いた剣を強引に戻し、下がったフランカさんに追撃を加えて行く。
何度か強引に打ち合わせ、慌てて構えなおしたフランカさんの刀身の根元付近を狙って、思い切り刀身を叩きつけた。
熱によって弱った剣は簡単に裁断することが出来た。
音も無くフランカさんの剣の刀身が地面に落ちる。
魔法剣を消して刀身を首に添える。もちろん残った熱で火傷しない程度の距離で。
「負けました……」
フランカさんが負けを宣言した。
「やった!」
「ほう」
クレアが喜び、ピノさんが珍しいものを見たように声をあげた。
「制限付きとはいえ、フランカを簡単にあしらってしまうとは思わなかったな。確かに新人冒険者のレベルでないな」
「そうですわ。ミーナ様は強いのですわ!」
「分かった。リルファナをミーナ君に預けることには納得しよう」
「『ことには』というのはまだ何か条件があるんですの?」
「なに、その明らかに新人ですという防具では心配なだけだ。新しい防具を用意するから使いなさい」
ピノさんが防具を用意してくれるそうだ。
軽めの金属鎧が欲しかったので丁度良いかもしれない。
「わたくしは素材の方が良いですわ!」
「ん? 構わないが職人でも見つけたのかね」
リルファナはメイド服が気に入っていたので、自分で強化したいようだね。
裁縫スキルだのと言っても分からないだろうから、勘違いをそのままにして黙っておこう。
「あの……」
予備の剣をフランカさんに渡し終わり、護衛のマテオさんが声をかけてきた。
「どうかしたか?」
「いえ、私もミーナさんと訓練をしてみたいと思いまして。学ぶこともありそうです」
「ミーナ君はどうかね?」
ここで対人戦の経験を積んでおいても良いだろう。
「構いませんよ」
「わたくしも参加しますわ!」
――昼食後。
レダさんはお昼を食べたらギルドに戻ると帰っていったので、ピノさんが審判役をしてくれた。
槍使いのマテオさんとの1対1の戦いでは、加速と旋回による機動力で勝利することができた。
この戦い方もなかなか使えそうだが、旋回の連続使用は目が回るので練習しておくべきかもしれない。
その後、わたしとリルファナの組と護衛組でのタッグ戦だ。
ピノさんが「リルファナはここまで強かったのか……」と漏らしていたが、リルファナには黙っておくべきだろうか。
全く怪我をしないというわけにもいかなかったが、軽い怪我はクレアが治してくれた。
ピノさんも、わたしたちの戦い方を見て完全に大丈夫だと納得してくれたようだ。
訓練の後は少しヴァレコリーナの情勢なども聞いたが、これからは情報を冒険者ギルドに送ってくれることになった。
午後2の鐘が鳴った後、ピノさんたちは宿に帰っていった。
防具は後日、わたしたちの要望に沿ったものを送ってくれるらしい。
吸血鬼という不安要素は残るが、とりあえずの問題は解決だと思う。
流されて隣国まで来てしまったリルファナが、わたしたちと一緒にいたいというぐらいには仲良くなれたことは嬉しかった。
「どうかしましたの?」
「んー、なんとなく」
「まあ!」
その夜、なんとなく横のリルファナのベッドに潜り込んだが、リルファナは嬉しそうだ。
これからもわたしとクレア、リルファナの3人で頑張っていこうと思う。