リルファナの叔父
玄関に向かうとリルファナの前に男性が立っていた。後ろには男性と女性が起立しているが、装備などから護衛だろう。
リルファナの叔父さんの名前はなんだったかな? 短い名前だった気がする。
リルファナの叔父は、質素な印象ながら上質な服を着込んだ中年男性といったところだろうか。
髪は短めで、髭も綺麗に剃っている。
「リルファナ、無事だったか……」
「え、ええ。ですがどうして叔父様が?」
話を聞くと、前に父さんが出した手紙は無事に届いたらしい。
そして手紙がガルディア経由で来たことは分かっている。
ダメ元で秘密裏にガルディアを探したが、その頃はまだフェルド村にいたため見つからず大規模な捜索は打ち切った。
最近になって、リルファナらしき背格好の少女を見つけたという情報が入り捜索していたそうだ。
「君がリルファナの主人か?」
「え? 一応そうですね」
契約上はリルファナの主人というのを忘れかけていたよ……。
「買値の5倍、いや10倍出す。私に買い取らせてもらえないだろうか?」
「叔父様! それでは0ですわ!」
「なに? どういうことだ?」
そういう問題なのだろうか。
「あの、とりあえず中へどうぞ……」
とりあえず玄関先で話すことでもない、家の中で話を聞くことにした。
◇
騒ぎを聞きつけてクレアもやってきた。
客室ではリルファナの叔父さんだけがソファに座り、護衛の2人は後ろに立っている。
リルファナの叔父さんはピノ・ボゼッティと名乗った。ラディス家からボゼッティ侯爵家への入り婿だそうだ。
そういえばそんな名前だった。
リルファナが、ラディス島からソルジュプランテに送られるところから説明すると、ピノさんはため息をついた。
「見張りはずっと置いていたのだが、偽装までして運ばれるとは思わなかった。そこまでする意味はあまり無かったからな。すまなかった」
「いえ、そのおかげでミーナ様とも出会えましたわ」
「うむ、その点は不幸中の幸いだったな」
ピノさんはわたしの方に向き直る。
「さて、本題なのだが……。私はリルファナを連れて帰りたいと思っている。もちろん謝礼はするつもりだ」
「叔父様?」
ガルディアに、いるかも分からないリルファナを探しに来た時点でそうだとは思っていたけれど……。
「あの、叔父様。わたくしが今更ヴァレコリーナに帰っても、やれることはないですわ」
ヴァレコリーナでは成人前に社交界デビューをしていないと、貴族としてはやっていけないと前にリルファナから聞いた気がする。
フェルド村で成人を迎えてしまったリルファナが帰っても、ピノさんの家にいるぐらいしかないだろう。
トリックスターや裁縫スキルを活かした生活は出来るだろうけれど、そのためにヴァレコリーナに帰る必要はあまり無い。
「うむ……、しかし私も兄さんからリルファナを頼むと言われているのだ」
「ここにいる分には問題ないはずですわ」
「……普通ならな」
「何かありましたの?」
ピノさんは細かいことはあまり言いたくなかったようだが観念したようだ。
わたしが止めるよりも早く、リルファナが帰りたくないと言い出すとは思っていなかったのかもしれない。
ここだけの話だと前置きした上で話を続けた。
「吸血鬼を知っているか?」
「ええ、ヴァレコリーナの噂話ですわよね」
なんでもヴァレコリーナには吸血鬼がいて、貴族を操っているという誰でも知っている都市伝説があるらしい。
「どうやら噂ではなかったようでな……」
「そんな……」
そういえばリルファナの乗った馬車を襲っていたのも、吸血鬼の眷属である血狼だったことを思い出した。
「吸血鬼派がラディス島を乗っ取ろうと画策していたようだな。あの島は広く、大陸への橋が1つしかないので防衛にも向いている。だが、それに気付いた皇帝がぎりぎりで止めたのだ」
「そういえばラディス島は国営になったと聞きましたが、そのせいだったのですわね」
「リルファナのラディス島の継承権自体は消えておらぬ。リルファナが生きていると分かったとき、吸血鬼派が何をするか分からぬ」
「わたくしを攫って操り、旗頭にでもすると?」
「可能性としては無いとは言えぬな」
なんだかヴァレコリーナのことをある程度分かっているという前提で話しているのでよくわからない。
皇帝派と吸血鬼を含む反皇帝派がいるという感じなのかな?
吸血鬼は貴族と同じように爵位によって格付けされている魔物だ。
他者の血を吸うことで生きている魔物で、魅了の能力を持ち、吸血した動物を操ったりする。
聖属性や光属性が弱点で、寝床には不死者の土があり、この土をどうにかしないと肉体が滅びても蘇ることが出来る。
十字架は本当に信心深いものでないと意味がなく、アーリョや流水は効果が無い。
様々なゲームなどに出てくる吸血鬼とほぼ一致した特徴だと思う。
セブクロには吸血鬼ハンターという職業もあり、圧倒的に吸血鬼に対して強かった。
ゲーム全体で見ると吸血鬼にだけ強くても……、というネタ職だったが。
ピノさんの言う吸血鬼は、ずっと国の影に潜んでいたとすると、かなり上位の吸血鬼だろう。
そんなところにリルファナが戻る方が、悪手ではないかとも思うんだけどな。
「ミーナ君はどう思うかね?」
「えっと……、ヴァレコリーナの内情はよく分かりませんけど。狙われる可能性があるなら、リルファナが戻る方が危ないのではないでしょうか?」
「ですわ!」
「しかし、君にリルファナを守る力があるかね? 冒険者になったのもまだ最近なのだろう? 最悪殺されてしまうかもしれんぞ」
いやー、守ると言われても正直わたしよりもリルファナの方が強いからなあ……。
吸血鬼なら大規模戦闘ボスクラスじゃなければ何とかなるとは思うけど。
でもピノさんはリルファナだけでなく、わたしやクレアの身の安全も考えてくれているように感じた。
それにわたしは大丈夫でも、クレアが襲われたらどうなるか分からない。
「新人冒険者とはいえミーナ様は強いですわ!」
「その吸血鬼の爵位にもよる、としか言えませんね」
「ミーナ様?」
ピノさんは大きく頷いた。
「だろうな。だが堅実な考え方だ」
「わたしとしては、本気でリルファナが帰りたいというなら止める気はありませんし、お金もいりません」
「お姉ちゃん!」
ずっと黙って聞いていたクレアが叫んだ。
「わたしはリルファナのことは友達だと思っていますから」
「……ミーナ様は、わたくしが帰ってしまっても良いんですの?」
リルファナが帰ることにしてパーティから抜けてしまったら、冒険も大変になるだろう。
でもそういうことじゃない。
わたしはリルファナを縛るつもりは無いのだ。
「……良くないよ。それでも、……リルファナに決めて欲しい」
「全く……素直じゃありませんこと」
無表情を貫いていたわたしの心中を察したのか、リルファナはわたしの頭をぽんと叩いた。
「叔父様、わたくしはここに残りますわ」
「分かった。これ以上言うのはやめよう。……もう入ってきても良いのではないかね?」
長く息を吐いたピノさんの言葉に続いて、レダさんが部屋に入ってきてソファに座った。
「言った通りだったさね?」
最初から聞いていたのか。むしろ最初からこうなると分かっていたのか。むむむ。
「ああ、しかしリルファナの身の安全を考えねばならん。護衛を1人か2人は置きたいところだが……」
「それはミーナちゃんがいれば問題無いさね」
「冒険者ギルドのギルドマスターといえど、その言葉を鵜呑みには出来んな」
「なら、そちらの強そうな護衛さんと模擬戦でもしてみたらどうさね?」
レダさんは、ピノさんの後ろに控えていた若い男性と女性を交互に指差した。
「若いとはいえ、彼らは帝国の士官学校を優秀な成績で出ているのだぞ。新人冒険者では相手にもなるまいよ」
「いいからいいから。やってみるだけならちょっと時間を使うだけさね」
「私たちは構いませんよ」
にこにことレダさんが後押しすると、後ろの護衛さんも話にのってきた。
レダさんが何か企んでるような気がしてきたぞ……。