王都 - 魔法研究所
翌日の午後、水の区行きの馬車に乗り、魔法研究所までやってきた。
こちらの区では道を歩いている人たちも仕事中という風体の人ばかりで、飲食店以外のお店は少なそうだ。
朝、ティネスさんに聞いてみたところ、魔法研究所は自由に見学出来るらしいが念のためと紹介状まで書いてくれた。
家にいるとよく顔を出しに来るし、面倒見の良い叔母がいたらこんな感じなんだろうか。
魔法研究所は装飾の無い白一色の壁で近代的な建物で、いくつかの棟に分かれているようだ。
一見した限りでは、日本に戻ったかのようにも見える建築だった。
「随分と近代的ですわね」
「変わった建物だね、リルファナちゃん」
正面に見える1番大きな建物に入ると、すぐに窓口があった。
客もあまり来ないのだろう、男性が暇そうに座っている。
壁は病院のような清潔感を与える白い壁、内装なども近代のビルに似ていると思う。
このような施設も昔の転生者が作った名残なのかもしれない。
とりあえず窓口で見学させて貰えるか聞いてみよう。
「すいません、見学をしたいのですけど」
「予約はされていますか?」
「紹介状がありますが予約はしていないです」
「では拝見します。…………ハウリング伯のご紹介とは失礼しました。少々お待ちください」
紹介状を出すと、開いて読み始めた窓口の人の顔色が一気に変わって、そのまま奥の扉へと走り出した。
貴族の紹介状の効果はばつぐんだ!
……普通に対応してくれれば良かったのでちょっと気の毒だな。
すぐに窓口の人が中年の男性を連れて戻ってきた。
パリッとした白衣を着ていて、目つきが鋭い紳士といった感じだ。
「お待たせいたしました。所長をしておりますティアーノと申します。ハウリング伯のご紹介で施設を見学したいとのことですがよろしいですかな?」
ティアーノと名乗った紳士は、貴族の紹介状を持ってきたわたしたちの対応に焦って出てきたようで、よく見ると髪型などは少し乱れている。
何の用事で来たのかと冷や冷やしているのも目に見えていた。
紹介状は入れなかったら出すぐらいの方が良かったかもしれない……。
「予約も無く突然の来訪お詫び申し上げますわ。現在、わたくしたちの依頼主がハウリング伯の屋敷に滞在しているご縁で紹介状を頂きましたの。わたくしたちは一介の冒険者ですので、そう堅くならずに」
「そう言っていただけると助かります。私もですが、ここの研究者たちは礼儀には無頓着でしてな」
なんて言おうか固まっていたらリルファナがフォローしてくれた。
だけどリルファナのお嬢様口調のせいか、ほっとしつつも半信半疑な気もする。
普通の応対でいいので普段行っている施設の見学がしたいことと、妖精や魔法次元について知りたいということを伝えた。
クレアも魔法について何か学べることがあるかと期待しているようだ。
「ふむ、妖精ですか。なかなか姿を見せない上に気まぐれな相手ですので、研究テーマとしては難しく中々進んでいないのですよ。とりあえず通常の見学コースを案内しますね」
所長さんが自ら案内してくれそうだった。
普段の職員で良いと言ったのだけど、さすがに貴族からの紹介状を持って来た相手に失礼は出来ないとのことだ。
魔法研究所の成り立ちや、研究所でやっていることなどの解説を聞きながらコースを回る。
工場見学みたいなものだろう。さすがにパンフレットの配布は無いようだけどね。
研究所が出来たのは280年前。転生者がかかわっていることはほぼ間違いなさそうだった。
建物自体は拡張や老朽化によって2度建て替えられたが、コンクリートのような建材も当時の技術を真似して作っているらしい。
この研究所は、わたしたちの入った中央棟の他に4つの研究棟が建てられていて、それぞれの棟へは屋根付きの渡り廊下で繋がっている。
それぞれの研究棟ごとに攻撃魔法、回復魔法、生活魔法、基礎研究を含むその他のテーマと分けられていて様々な研究がされているらしい。もちろん妖精や魔法次元についてはその他のテーマだ。
中央棟は見学用の施設、事務や食堂、上の階は最重要な研究室などもあるそうで、紹介状があるわたしたちでも入れないと言われた。
「棟ごとの派閥争いとかもあるんですか?」
「昔からの方針で各研究棟の情報の共有化を優先していますので、仲が悪いということはありませんね。直近3年の研究成果で予算が変動するので、いかに良い成果を出すかという争いはありますがね」
お約束では派閥争いとかが激化してたりするので聞いてみたが、昔の転生者が問題点を潰してしまっている印象だ。
「こちらが体験コーナーとなっております。魔力量を測ることも出来ますよ」
体験コーナーは中央に机があり、小さな椅子が並べられている。子供向けのコーナーに見えた。
珍しい客が来ていると噂が広がったのか、何人か研究者が見に来ている。
ごそごそと机の下からティアーノさんが水晶玉を取り出して机の上に置く。
台座の中には魔力を計測するための細かい部品が入っていて、その魔力量によって水晶玉が光るという仕組みだそうだ。
「魔力を流すことが出来れば誰でも可能です。やってみますかな?」
「ではわたくしが」
折角出してくれたので、リルファナが水晶玉に魔力を流すと白い光が溢れた。
「魔力量が多いですね。白い光なので属性も均等で綺麗な魔力です」
一緒に戦っているわたしには分かるけれど、リルファナは様子を見ながら流す魔力の量を調整して、軽く流し込んだぐらいだった。
反応を見ながら調整が出来るのは魔力操作が得意だからだろう。
「私もやってみたい!」
クレアは興味が沸いたようで前に出る。
「では、どうぞ」
ティアーノさんは水晶玉に残っていた魔力を全て解放してクレアに促した。
「簡単には壊れないので全力でいいですよ」
「はい!」
リルファナが全力でなかったことに気付いたのだろう。ティアーノさんが軽く微笑んだ。
それに対してクレアが魔力を一気に流し込む。
魔力量も最初の頃に比べると上がったものだ。やはり寝る前にスキル上げとして、生活魔法を連打しているのが大きいのかもしれない。
さっきのリルファナぐらいの魔力が出ているが、まだまだ上がって行く。
……えっと、止まらないけど大丈夫かな?
そのまま上がった魔力量に耐え切れず、水晶玉は赤い光を発しながら、びしっという音と共にヒビが入った。
「あ!」
クレアが驚いて魔力を込めるのを止めた。ティアーノさんが目を見開いている。
「これは、すごいですね。この歳でこれだけの魔力量とは……」
「ご、ごめんなさい」
「いえいえ、大丈夫ですよ。魔術師の素質を持った方がやると数年に1度ぐらい同じように割れることもありますし。……彼が直すんですけどね」
割ってしまったクレアが申し訳無さそうに謝るが、ティアーノさんが笑いながら見に来ていた研究者を指さした。
「ええ、ヒビぐらいならすぐなおりますよ」
指をさされた研究者が笑いながら答えた。
「これぐらいならまだ使えますね。ミーナさんも試しますか?」
「ダメだよ! お姉ちゃんがやったら粉々になるよ!」
クレアもわたしの戦いを見ているので、魔力量を知っているのだろう。
でも正直なところ、クレアが想像しているより魔力量はあると思う。わたしが自分の魔力が減ったと感じたのはカルファブロ様の炉を使って鍛冶をしたときぐらいだ。
「クレアさんより魔力があるのですか、ちょっと見てみたいですね」
「ええ、折角なので負荷実験としてやって欲しいです。粉々は言い過ぎとしても割れたぐらいならなおしますし、万が一粉々になってもまた作れますから」
ティアーノさんが好奇心で、修理する研究員は割れるものなら割ってみろという態度だ。
これは断れそうにないな。クレアよりちょっと強めの魔力でやれば大丈夫かな?
「分かりました。やってみます」
クレアと交代して、水晶玉に少しずつ魔力を込める。水色に光り始めた。
これでは少ないようだ。
もう少し足してみようとさらに流し込むと色が濃くなって青色となる。
「おお、水属性ですね。量はクレアさんの方が多いようですが……」
元々わたしは妄想力で魔法を使っているので調整が難しい。リルファナは本当に器用だと思う。
苦戦しているところに「そんなものか」といった感じで残念そうに言われたせいか、ぐっと力を込めてしまった。
「あ、ダメだよお姉ちゃん」
青色の輝きで水晶玉が直視できなくなり、クレアの入れたヒビが一気に広がっていく。
更に新たなヒビが増えていくと負荷に耐えられなくなったのだろう、一気に小さな破片の塊へと変わった。台座の部分からは白煙が上がっている。
クレアの予想通り粉々になってしまった……。
「ご、ごめんなさい」
咄嗟に出た言葉はクレアと同じだった。