王都 - 冒険者ギルド
朝食はティネスさんも一緒にとった。
この後はラミィさんとドレスの調整で話し合いをするらしい。
「ごめんなさいね。時間があれば町を案内したかったのだけど」
「いえいえ」
貴族様に町の案内なんてされたら、緊張でそれどころじゃないよ。
「何か町の見所とかはありますの?」
「そうね……、冒険者の方々が見るようなものではないかもしれないけど、土と水の区の間の元スラム街は見所と言えば見所かもしれないわね」
「スラム街ですの?」
「ええ、今は亡き国王の第三夫人が貧民政策を打ち出して、今では立派な孤児院などが建っているわ。王都の歴史に残る事業の1つだと思うわ」
この説明だけは、質問したリルファナでなく、わたしに向かって言われたような気がする。
最初にガルディアの町に行ったときに図書館で読んだ内容だ。20年ほど前の話だったかな。
確かに冒険者としては見る価値はあまり無さそうだけど、ティネスさんが推奨するぐらいだから観光がてら見に行っても良いかもしれない。
「南通りや西通りに並ぶお店を見るのも良いんじゃないかしら。冒険者向けのお店から雑貨屋まで揃っているわ。光の区にも色々なお店があるけれど生活用品が多いわね」
「分かりましたわ! 聖王国の品などもありますかしら?」
「ええ、ソルジュプランテは大陸の端とは言え、デシエルトを経由して西の物も色々と入ってくるわよ」
「では探してみますわ。ありがとう」
おお、王都ならみりんや味噌も見つかるかな?
ここまで和風らしさを出してる聖王国なら絶対作ってると思う。
わたしたちの担当をしているという執事さんに、夕方には戻りますと伝えてから、ティネスさんの家を出る。
とりあえず昨日3人で話した通り、売っている装備から見に行こうと南区へと足を向けた。
今日は、装備品を見たり、冒険者ギルドにも行く予定なので防具も身につけていく。
それなりに使っているおかげか、わたしたちの装備も少しずつ使い古した感じが出始めているのだ。
普段着だと舐められるかもしれないから念のためね。
◇
ガルディアは通りごとに並ぶお店の傾向があったが、王都は無秩序に並んでいる。
冒険者向けの武器屋の横に、平民向けの生活雑貨のお店、その横にパン屋といった具合だ。
貴族向けの高級店は、貴族街のある中央区やその近くにしか出店していないようだった。
「気になった店に入るようにしようか」
ガルディアの町のときと同じように南門に向かって歩きながら、店を見て回ることにする。
ガルディアと違うのは、道の終わりが全く見えないことだ。
昨日、馬車に乗りながら見ていたら真ん中辺りにも乗り場があったが、それすらも見えなかった。
北門から南門まで歩くと丸1日かかるというのも、誇張表現ではなく本当の話なのかもしれない。
3人で気になったお店に入ってみたりと、あちこちのお店を回った。
通りには建物だけが並んでいるわけでもなく、資材置き場や公園、イベントで使うという広場もあるようだ。
ガルディアと違って、窓にガラスを使っていない老舗のようなお店も多かった。
「ここは武器と防具両方取り扱っているみたい」
「聖王国の装備や道具もありますって書いてあるよ、リルファナちゃん」
他のお店に比べて2倍ぐらいありそうな大きな2階建ての店舗を見つけた。
聖王国産の道具ということは忍具だろうかと、寄ってみることに決めた。
店に入るとお客さんも多く繁盛しているようだ。商品を見ているのは冒険者だと思われる人たちが多い。
個人的に装備を買うのは冒険者か、自衛が必要な旅人が多いのだから当たり前だけどね。
1階は消耗品となりやすい道具類、2階に武器と防具が置いてあるそうだ。
「あ、ありましたわ!」
端のコーナーに、リルファナがブラックペキュラとの戦いで使っていたのと同じ札がたくさん重ねて置いてあった。
周辺に、紙で巻かれた球である煙玉と癇癪球。まきびし、クナイ、何も書いていない巻物、鏃みたいなものもある。
「うーん……、これだと遁術の札は自作でも良さそうですわね」
品質を見ていたリルファナが商品を見ながらぼやいている。
セブクロでは、これらの消耗品にも品質の良さが関係し、スキルの効果に影響していた。
劣悪なものと最高品質のものでは、スキルの成功確率やダメージもそれなりに変わってしまうことになる。
この世界でも、少しは影響すると思った方が良いだろう。
あまりここの商品は質が良くないのかもしれない。
「クナイと白紙の巻物は買っておきたいですわ。短剣よりクナイの方が馴染む気がしますの」
リルファナが、クナイをくるくると片手で回している。
巻物も忍術に使うことがあり、ここぞというときに使うので持っておきたいとのことだ。
書き込んでおく必要があるから、すぐには使えないみたいだけどね。
煙玉や癇癪球はいらないとのことだ。
なお、鏃に見えたものは吹き矢らしい。
このコーナーには侍や陰陽師といった、いわゆる和風系職業の人が使うのかなという道具類も揃っている。
商品を眺めているとお酒を入れるための、徳利があった。
「多分、巫女系のスキルに使うんだと思いますわ。酒器という専用道具があったような気がしますの」
何に使うんだろうと思っていたら、リルファナが教えてくれた。
王都でも巫女装束を着てるような人は、今のところ見ていない。売れるんだろうか……?
「このコーナーの物自体あまり売れているようには見えませんわね……。埃はかぶっていませんが、時間で劣化しているような商品もありますし」
リルファナが、煙玉や癇癪球をいらないと言ったのはそのせいだろう。
爆弾の一種だから長く置いてあって湿気っちゃってると使えないよね。
会計を済ませ、武器や防具の置いてある2階へ上がると、様々な武器や防具が陳列されていた。
一般的な剣、槍、斧、弓といった武器だけでなく、刀や甲冑、和弓といった聖王国製だと思われる装備も並べてあるようだ。
使い方が分かりやすいせいか1階のコーナーとは違い、ちらほらと商品を見ている人もいる。
「お姉ちゃん、これって何?」
「銃だね。こっちのカートリッジを差し込んで、引き金を引けば弾を打ち出せる武器だよ」
銃は火薬式ではなく、魔弾と呼ばれる弾を魔力により発射するという仕組みで、銃使いや機械工の装備だ。
ライフリングを作る技術が無いせいか、弓に比べて有効射程がかなり短いが、その分ダメージは高い。
弾を撃ち出すために消耗品であるカートリッジを差し込んで使うのだが、カートリッジの種類によって属性や特徴を変化させることが出来るのが特徴だ。
銃使いという名称から想像するよりも、かなり近接戦型の職業だったりする。
セブクロでは両手で二挺持ち出来るのは銃使いだけだったが、魔法戦士も持つことが出来たので、わたしにも使える気がする。
「ふーん。難しそうだね」
「カートリッジの維持費も結構かかると思うよ」
ゲームでは赤字になるほどではなかったけれど、攻撃すればするだけお金がかかるという、銭投げ職とも言われていた。
「ガルディアよりは品質の良さそうな物もありますが、無理に買い換えるほどでもなさそうですわね」
かかった札を見ると、多少は補正効果が付いた装備は多いようではある。
ただし、5段階あるレアリティで考えると下から2番目のマジック程度で、補正効果が職業に適した物はほとんど見つからない。
「なんだ嬢ちゃんたち。一級品を探しているのかい?」
色々と話しながら見ていると、スキンヘッドの筋肉質でがたいの良い男性が話しかけてきた。
店員ではなくたまたまいた客っぽい印象だ。
「一級品?」
「なんだ、知らずに探していたのか? 良い能力がついていて冒険者が『当たり』って言う装備のことさ」
そういえばミレルさんも、INT付きの剣を『はずれ』と言っていたな。
ランクの高い冒険者には、多少は装備の補正効果のノウハウがあるようだ。
「一級品は迷宮産の装備だから、発見者になるのはほぼ冒険者だ。だから発見者が自分で使うことも多いし、一般の店に並ぶことは滅多に無いな」
「なるほど」
「町で探すなら競売形式で販売している店が良いが、どうしても欲しければダンジョンに潜るのが一番早い。最近、新しいダンジョンが見つかったって情報もあるし、冒険者ギルドで情報を集めると良いと思うぜ」
「分かりました。ありがとう」
なんだかよく分からないが、通りすがりのマッチョに色々と教えてもらえた。
とりあえず良い装備が欲しければ迷宮に潜れってことか。
ガルディアの町の冒険者ギルドでは迷宮の話をあまり聞かないんだけど、王都には情報も多いのかな?
ガルディアに帰ったらレダさんにも聞いてみよう。
「お姉ちゃん、そろそろお昼……」
一通りお店を見てから外に出ると、クレアはお腹が空いたと言い出した途端、午前4の鐘が響いた。
相変わらずクレアの腹時計はばっちりだ。
◇
近くの飲食店に入って昼食を取った。
入ったのはパン屋で、惣菜パンやサンドイッチが置いてあり、好きな物をレジで会計して食べる仕組みだ。
店で食べずに持ち帰っても良い。
味は普通……かな?
どうもガルディアは適当に入った店でもレベルが高い気がする。
「冒険者ギルドはここですわね!」
王都の本店だけあって、ガルディアの冒険者ギルドが3つは並べられそうな大きさの建物だった。
昼過ぎのこの時間でも、多くの人が出入りしているようだ。
3人で開け放たれているギルドの扉をくぐった。
「お姉ちゃん、広いね……」
「こんにちは。ギルドのご利用は初めてですか?」
何処に何があるのか把握するために辺りを見回していたら、ギルドの制服を着た女性の職員が近寄ってきた。
王都のギルドでは案内係も置いているようだ。まだこなれた感じがしないので新人の仕事なのかな。
「えっと、冒険者志望の方でしょうか……?」
わたしたちが防具を身に着けているからか、登録に来たと思ったらしい。
「いえ、普段はガルディアで活動していて、王都に来たのは初めてです」
「失礼しました。依頼の掲示板はそちらに、消耗品や装備類は2階のお店で取り扱っています。左手の窓口は依頼を出す方の窓口となっていますのでご注意ください」
「素材買取などはどこにありますの?」
「右手の通路を進みますと受付カウンターとなっています。町の各門の近くにもギルドの買取所があるのでそちらを使う方が多いようです」
1階は依頼を出したり、受けたりといった場所。2階は店と自由に使える会議室、3階はギルドマスターの部屋と職員用のフロアになっているらしい。
周りに店が多いので、食事類は取り扱っていないそうだ。
「分かりました。ありがとう」
「何かありましたら、お声掛けください」
案内係の職員は上手く説明出来たと思ったのか、ほっとした様子で離れて行った。
依頼の掲示板を見てみると、掲示板自体が5個ずつ3列になっていた。それでもスペースが足りないようで掲示板の枠や足の部分や、壁に貼られているものまである。
「すごい依頼の量ですわね。たしかにこれならガルディアから王都に流れるのも分かりますわ」
「全部見るだけでも時間がかかりそうだよ……」
「ちょっと窓口に行ってくるね」
リルファナとクレアが依頼の膨大な量に気圧されている。
2人が依頼を眺めている間、窓口でアルフォスさんのことを聞いておこう。
確か王都のギルドで連絡が取れるようにしておいてくれるって言ってたよね。
「すみません、聞きたいことがあるんですけど」
「はい、ご用件をどうぞ」
空いている窓口に行くと、受付の職員が対応に出てきた。
「王都で活動中のA級冒険者のアルフォスさんの知り合いで、冒険者ギルドから連絡が取れるようにしておいてくれると聞いているのですが」
「ええと、出身とお名前をお願いします」
「フェルド村のミーナです。あっちにクレアとリルファナがいます」
「少々お待ちください」
一応、クレアとリルファナの名前も出しておく。
職員さんは、後ろにある棚から手紙の束を取り出し、メモ書きを確認してから、その中の1枚を選んで持って来た。
「フェルド村のミーナさん、クレアさん、リルファナさんのいずれか宛てに手紙を預かっていますので、こちらをどうぞ。それとアルフォスさんのパーティは、現在は依頼中で町を出ています」
「いつ帰ってくるとかは?」
「申し訳ありませんが、その手紙に付随している伝達内容はそれだけで、それ以上は冒険者の守秘義務に当たるため言えないルールなんです」
「そうですか、ありがとう」
勝手に冒険者のことをべらべらとしゃべらないように、冒険者ギルドの決まりみたいなものもあるのだろう。
アルフォスさんたちはリルファナが使いで行くことも想定していたのか、リルファナも手紙の受け取り対象にしてくれていたようで嬉しい。
手紙をしまって、クレアとリルファナのところへ戻った。
「どうでしたの?」
「手紙を受け取ったから後で確認かな。今は町にいないみたい」
「そうなんだ。残念だね、お姉ちゃん」
クレアとリルファナが言うには、貼られている依頼のほとんどは討伐対象や採取物が違うだけでガルディアと似たり寄ったりだそうだ。
今回の滞在中に王都で依頼を受ける予定は無い。
わたしは確認しなくても良いかなと思ったので、そのまま2階の装備品の売場を確認してから外に出た。
さきほどの店の客に聞いた通り、レアリティがコモンやマジックぐらいの装備しか取り扱っていないようだった。
ダンジョンで拾うしかないと断定したような言い方だったので、生産出来ることは知られていないか、有名な刀匠のような人しか作れないのだと思う。
カルファブロ様から貰った鍛冶スキル。ちゃんと上げないとダメそうかな……。
装備品のレアリティについては35話の「装備購入」にて触れています。
(久しぶりの登場なので一応記載しておきます)