セブクロのわたし
彫像との戦いの翌日。
クレアは疲れていたようで、起こそうとしても全く反応が無くお昼まで寝ていた。珍しいこともあるもんだ。
わたしは普通に朝起きて午前中の母さんの手伝いも済ませたもんね。
そして今、わたしは机に向かっている。
『セブクロ』の世界がベースになっていることを確信したことで、自分の知っていることをまとめておこうと思ったのだ。
「お姉ちゃん、何してるの?」
「ちょっとねー」
「ふーん。今日はシスターに魔法を教えてもらう日だから行って来るね!」
詳しいことも言えず、適当に濁したけどあまり気にしてないみたい。
クレアは魔法の勉強に教会へ行くと出かけていった。
紙とペンを出して書き出していく。
とりあえず自分のことを書いておこう。日本語で書いておけば、誰も読めないでしょう。
今の身体である「ミーナ」は自分が作ったキャラクターだと思う。
名前も一致、見た目も幼いぐらいでほとんど変わらない。
ゲームではいくつかのパターンから選ぶだけだったので、何らかの補正で誤差が出ているのか、単純にわたしが20歳ぐらいを意識してキャラクターを作ったから年齢に合わせて幼くなっている気がする。
最終的な職業は魔法戦士。
魔法剣により属性を乗せた武器で戦う近接戦闘。属性魔法による遠隔戦闘。補助魔法を主軸とした無属性魔法。
これらを全て使用出来る唯一の職業でもあった。
剣以外にも弓や銃といったものも含めて大半の武器が使えるし、基礎的な回復魔法も使用出来る。
魔力そのものの操作も得意で、仲間に魔力を分け与えたり、借り受けたりも可能という、最強職にしかなりえなかった。
……実装前の情報では。
実装後は最上級職の中では永遠に最弱から脱却出来なかった職業だった。
これはステータスの問題で、セブクロでは基本ステータスの高さによって攻撃力と命中率の基本値が決まる仕組みだった。
基本ステータスはSTR、AGI、INT、VITの4種類。
近接系の戦士職ならSTR、弓兵などの遠隔系の物理職はAGI、魔法職ならINTが攻撃力に直結するため、そのステータスをメインに上げていくのが効率が良いとされていた。
装備もそれぞれ自分のステータスに補正がかかるものを使うのが基本となる。
もちろん、他のステータスを上げれば防御力や回避率に影響するので無駄ではないのだけど、おまけ程度に付けば良いので優先する必要は無い。
「兄さんは海外のゲームだと、そういうバランスのゲームも多いと言っていたことがあったなあ」
ペンを走らせながら呟く。
妹がゲームの世界で本気で魔物と戦ったなんて知ったらどんな顔をするだろうか。
そもそも信じないか……。
職業は、基本職、上級職、最上級職と分かれていた。実際はもう少し細分化していたがここでは省く。
最上級職になると様々な戦い方が出来るようになる。
例えば、賢者であれば攻撃魔法も回復魔法も使いこなせるし、ウォーロードなら全ての武器を装備出来るなどがある。
どの職業も基本的な戦い方は転職前の職業と変わらず、必要なステータスも1種類だ。
……魔法戦士を除いて。
魔法戦士は武器も魔法も使える万能職の花形のように見えたのだが、必要なステータスはSTRとINTの2種類が設定されていた。
戦いに使う武器やスキルによってSTRが必要となったり、INTが必要となったりする。
それだけならどちらかのステータスに寄せて装備を付け替えながら戦うということも出来るのだが、大半のスキルの使用条件に両方のステータスが一定値必要という縛りがあった。
1種類のステータスだけを上げていると、ほとんどのスキルが使えなくなるのだ。
……そう、ステータスを特化できないので他の職業より火力が出ないのである。
火力が出ないだけなら致命的ではないのだが、命中率も下がってしまうのがどうしようもなかった。
目の前にいる同レベルの敵になぜ攻撃が当たらないのか、と魔法戦士なら誰しもが思ったことはあるだろう。
同レベルの相手ならまだ我慢出来たけど、格上相手にはなかなか攻撃が当たらないためイライラするほどだった。
攻撃が当たらない、ダメージを食らってもわたしは自分を回復できる。
終わらない。終わらないのだ。戦闘が。
もちろん悪いことばかりではない。万能職なので、初見の敵相手には1人いると安定する。
パーティが崩れかけても盾役やヒーラーの両方を補助出来るなどの強みはあった。
その代償として盾役の知識、ヒーラーの知識、魔物の知識と様々な知識に加えて、いざというときにアドリブで動けるプレイヤースキルも必要になった。
また時間がかかるものの、回復さえされなければ大半の魔物をソロで倒せるため、ソロ志向の人たちには根強い人気を誇った職業だ。
そんなこともあり、実装からしばらく経つと情報も出回り、魔法戦士を選択する人はほとんどいなくなった。
現実時間で換算すると、最短でも1ヶ月以上かかるクエストをクリアすることで転職することが出来るシステムがある。
そのためか、がっかりしたプレイヤーは多かったけど、炎上まではしなかったのは何よりだ。
なお、面倒であれば缶ジュース3本分ぐらいのお金を払えば一瞬で転職出来るようになるアイテムがあったのも大きいとは思う。
――それでもわたしが魔法戦士を選んだ理由?
発表された専用装備がかっこいいから。
これ一点である!
専用装備と言われる、各職業でしか使えない装備があったのだ。
魔法戦士はミスリル製の軽鎧一式と、彫刻の入ったやや細身の片手半剣。
わたしのキャライメージにぴったりだった。
職業の性能とかそんなの関係なしにすぐ決めちゃったよ。
この世界のわたしが魔法戦士の能力を使いこなせるならば色々な魔法を使えるようになる気がするけど、魔力操作がうんぬんって言われてもさっぱり分からないんだよね。
妄想力でどうにかならないかな? ダメかな?
わたしの活動していたサーバーでは小国同士で争っていて、常にあちこちに監視の目があったけれど、逆にそのおかげで対人戦闘が発生することはほぼなくて平和だった。
わたしは世界中を『散歩』と称して歩き回り、綺麗な景色や新しいものを発見するのが好きだった。
大陸だけでなく迷宮もほとんどを踏破している。
さすがに最奥に出現するボスは倒せないので手前までだけどね。
同じように綺麗な景色を探すのが趣味だったり、世界観を検証する趣味を持つ友達と一緒に散歩したこともあったっけ。
魔法戦士がいると無理をしなくても大体どこにでも行くことが出来るのが強みだと、半ば強引に連れ回されることもあったな。
毎日遊んでいれば当然のごとく、レベルは最大の255。
職業が魔法戦士だったのでエンドコンテンツにはほとんど縁が無かったものの、様々な探検の過程で装備もそれなりに良い物が揃っていた。
そう、謎解きや隠し部屋を初めて見つけたパーティには珍しい装備や新スキルが手に入ることがあったのだ。
スキルは誰かが見つけると、1ヶ月後には他の場所でも発見や購入できるようになった。
それまでの1ヶ月間は発見者のみに販売権利が発生し、執筆スキルを使ってスキルの書を増やしてバザーに流し続けることで一財産稼げたりもした。
「トラップに嵌って偶然見つけただけなのにあれは美味しかったな。そのおかげでマイホームも買えたんだよね」
もちろん新コンテンツが実装されれば、フレンドと攻略にいったり、イベントに参加したりと、まあ至って普通のネトゲ生活だったんじゃないだろうか。
……2週間ちょっとなのに、なんだかはるか昔のことみたいで懐かしい気持ちになってしまう。
「……やっぱり帰れるなら帰りたいな」
ちょっとしんみりしてペンを動かす手が止まってしまった。
セブクロの世界名は『ヴィルトアーリ』。
最新のアップデートで3つの大陸があったのだけど、全大陸を「散歩」した経験があるわたしでもフェルド村がどこにあるのか分からない。
そういえば町や国の名前を父さんに聞いてみれば良いのではないだろうか。
元冒険者なら知らないと困るよね。いきなりアレコレ聞くと変な目で見られそうだから質問するのに良いタイミングでもあると良いんだけど。
さて、次に時間について書いておこう。
町では、定期的に鐘が鳴って今の時刻が分かるようになっているらしいが、村では太陽を見て朝、昼、夕暮れ、夜と区別するぐらいだ。
時計もあるみたいだけど、性能が悪く時間が狂いやすいので珍しいもの好きの一部の貴族が持ってる程度にしか広まっていないとか。
時計なんて精密部品の塊だから、仕組みを知っていても上手く作れず徐々にずれてしまうのだろう。
1週間は7日、曜日は光、炎、水、土、風、闇、神々の日となっているんだって。
一月は4週間の28日。3ヶ月で1季節。3月が春の最初の月なので日本と同じだ。
1年は12ヶ月の336日に、年末の週「闇の神の週」と年始の週「光の女神の週」が合わさって350日になっているようだ。
クレアが言うには教会の『魔導機』で日付を確認出来るらしい。今度見にいってみようかな?
「あれ、二十歳になると地球換算と1歳差出るのか。……この世界は働き始めるのも早いし誤差でいいや」
次に、こちらの世界に来てからゲームとは違うと分かったことを書き出し始める。
魔法は妄想力で何とかなる。それは、わたしだけらしいけど。
『魔導機』などの知らない技術があり、意外と生活水準が高い。奴隷制がある。魔法戦士が知られていない。
それと、武器さえあれば、わたしでも魔物とも戦えそうだということ。
彫像というゲームではまだ序盤で出会う敵が30レベル程度の敵がB級に分類されている。
聞いたところ、かなりの経験の積んだパーティが戦うのがB級らしい。このペースだと70レベル辺りから255レベルの敵まで全部S級とかにならないのかな?
……うん、村にいるだけだとほとんど新しい情報が無いや。
このままこの世界で生活していると、日本の記憶も徐々に薄れていってしまうかもしれない。
ゲームとは関係なく忘れると困りそうなことも含めて、役に立ちそうな知識も出来るだけ書き込んでおいた。
これで、何かあったらいつでも確認出来るだろう。
この2週間でフェルド村に一生いるのは無理だと悟ったし、戦闘能力があるならこの世界を『散歩』することを考えても良いかもしれないな。