王都へ - 旅人の交差路
呪雨を受けてやや混乱気味のペキュラの群の中へと走りこむ。
わたしとリルファナは魔法の対象外だからなのか、雨の中でも濡れることすらないようだ。
リルファナが移動の片手間に手近な2匹を切り伏せる。
「氷針」
それを追いながら、リルファナの進路上にいる1匹に氷柱を打ち込んだ。
氷柱の刺さったペキュラは一気に動きが鈍くなり、屈んで動かなくなった。
傷の深さは風刃と同程度だと思うのだが、ペキュラは寒さに弱いのだろうか。
セブクロでは動物系の魔物は基本的には火属性に弱かった。普段、狩りに行くことが無かったペキュラの弱点がどうだったかまでは流石に覚えていない。
リルファナがブラックペキュラの前に辿り着き対峙する。
残っていたペキュラに、クレアの氷針とラミィさんの氷矢が撃ち込まれた。
ペキュラが倒れ、ずしんという振動が広がる。
にらみ合うかのように動かないリルファナとブラックペキュラに追い付いた。
ブラックペキュラは他のペキュラと違い角が生えている。また身体も一周りほど大きく、脚回りの筋肉量も多いようで脚が太い。
右足で地面をかきながら、わたしとリルファナのどちらに突進しようかと思案しているようだ。
「右に行くよ」
「ではわたくしが左へ」
呪雨の効果が切れて雨が止み、太陽の光が一瞬差し込んだ。
わたしとリルファナは散開して左右から攻撃する。狙うのはもちろん転倒させるための足だ。
右側面に回り込みながら、前足を斬りつける。
硬い手ごたえではじかれた。
これ、自作した鋼の剣なんだけど!
「皮膚が厚すぎますわ!」
リルファナの攻撃なら傷ついたようだけど、効果的なダメージとはなっていないようだ。
ブラックペキュラは邪魔だとばかりに顔ごと角を大きく振り回す。
慌てて大きく後ろに下がって躱した。
リルファナは、小さく跳びながら回避しているが、一定の距離を維持している。
セブクロの固有種の魔物には2種類あり、ほとんど全てが変異前の魔物よりも少しだけ強く希少なアイテムを落としやすいというタイプだ。
しかし、ブラックペキュラはもう1種類のボスタイプのように感じる。
ボスタイプの固有種は変異前の魔物よりも完全に格上の相手となり、落とすアイテムも固有となる。
ゲーム中、レベル上げをしているときに突然、近くに出現したボスタイプの固有種に全滅させられるなんて事故もたまにあった。
あまり人前で使いたくなかったけど攻撃が通らないのでは仕方がないか。依頼主やクレアとリルファナの安全の方が大事だ。
「氷剣」
魔法剣を使って鋼の刀身に冷気をまとわせる。
「呪雨!」
わたしが魔法剣を使ったことで思っていたよりも苦戦しそうだと気付いたのだろう。クレアが再度、呪雨を唱えた。
◇
ペキュラの行動は普通の動物と大差ないが、滅茶苦茶に暴れまわるだけでも近寄りにくい。
更に重量を活かした大きな角の振り回しは非常に危険だ。
クレアの弱体魔法によって緩慢な動きにはなっているが、暴れまわるだけのブラックペキュラには規則性が無いため近寄りにくい。
リルファナも攻撃をする余裕まではないようだ。
こうなる前に足を止めたかったのだが……。
土壁で足元に障害物を置けば転ばせられるかと考えたが、暴れている割にはしっかりと避けられてしまう。
1度離れて遠隔攻撃で削るべきだろうか。
「上手くいくか分かりませんが、動きを止めますわ!」
リルファナは札を取り出した。
木工スキルで作っていた木札を加工して作った忍具の1つで、低級の遁術を使用出来る札だろう。
「『土遁の術』」
札にヒビが入り、割れた瞬間に術が発動する。土遁の術は対象に強烈な重圧をかける術だ。
呪雨と土遁の術によりブラックペキュラは足がほとんど動かなくなった。
それでも戒めを解こうと動こうとしているようで膝ががくがくとしている。
「斬撃!」
こいつの硬さはリルファナの攻撃もほとんど通らないほどだと分かっている。
剣スキルも使って本気で斬りかかった。
今までは魔法剣だけで十分ということが多かったが、魔法戦士は剣スキルも使えないわけではない。
リルファナやクレアだけではなく、わたしだって少しずつ新しい技を使えるように練習しているのだ。
ざしゅっという切断音と、骨を断ち切るような手ごたえと共に刃がブラックペキュラの前足へと沈む。
そのまま鋼の刀身は硬いペキュラの足を断ち割った。その勢いで後ろ足も断ち切る。
リルファナも反対側で動きの止まったペキュラの足を攻撃していた。
ブラックペキュラの悲鳴のような遠吠えが響いた。
ペキュラってあまり大声で鳴かないらしいけど、固有種は違うようだ。
◇
ラミィさんが倒れたブラックペキュラから羊毛を刈り取っている。
「黒い羊毛はレアですー!」
稀にブラックペキュラを見かけるが、さすがに強すぎるので見かけるだけで狩れなかったと言う。
わたしやリルファナが本気で斬りかかってやっとダメージが通るぐらいでは、普通のC級冒険者では逃げるしかないだろう。
襲われれば危険な魔物であるブラックペキュラだが、普段は温厚な性格でペキュラが近くにいたとしても一緒に襲ってくることも無いそうだ。
そのブラックペキュラを怒らせた本人は、わたしの頭の上に乗っかってはしゃいでいる。
ぐぬぬ。
「そこではしゃがないの!」
ぐわしっと妖精を両手で掴んで顔の前に下ろした。
分かっているのかいないのか、妖精は笑顔のまますごい勢いで頭をぶんぶんと縦に振っている。
「あら? ミーナさんは妖精さんに触れられるのですかー?」
妖精を見ることが出来る人は少ないながらもいるし、魔力を帯びている魔物の攻撃や、魔法そのものなら当てることも出来る。
しかし、魔力で構成された妖精を素手で掴める人はあまりいないらしい。
「相当の信頼を得ていないと触れさせてくれませんよー。そもそも見ることもなかなか出来ませんがー」
「なんとなくしか分からないよ」
「わたくしは一切見えませんわ」
クレアとリルファナが唇を尖らしている。
それを聞いていた妖精が、一瞬光を発した。
「あっ! お姉ちゃん、見えるようになったよ! 可愛い!」
「わたくしにも見えますわ!」
クレアが恐る恐る、わたしの掴んでいる妖精に触れようとしたがすり抜けてしまった。触れることは出来ないようだ。
「むむぅ」
クレアが恨めしそうな顔で妖精を見るが、妖精は頭を横に振っていた。
そこまでは気を許していないよという意味なのだろうか。
「ブラックペキュラなんて危ないものにちょっかいかけちゃダメだよ」
妖精は申し訳無さそうな顔で頭を縦に振った。
その表情から事故などに巻き込まれたのでなく、自分から何かを仕掛けたらしいことが発覚した。
語るに落ちた。いや語らずとも落ちたと言うべきか。
ラミィさんが毛を刈り取ったペキュラから解体を始める。
妖精はまたわたしの頭に戻ってなにやら踊っているようだ。応援のつもりなのだろうか。
小一時間ほどで全ての解体が終わった。
ブラックペキュラの角はそれなりの値段で売れるようだが、ラミィさんは使わないからいらないと譲ってくれた。
「この黒い羊毛は高いんですよー。ミーナさんたちが依頼を受けてくれて良かったですー」
嬉しそうにラミィさんが素材をまとめている。
「もう素材は十分ですし、ここからは真っ直ぐ王都に向かいましょうー」
ラミィさんは魔法剣や、わたしたちの強さには興味が無いのか、当然だと思っているのか何も言わなかった。
街道に出て昼食後、しばらく歩くと10メートルはあるかという大きな騎士の石像が街道の中心にあった。
真っ直ぐに剣を地面に刺し両手を柄の上に乗せている人間の初老の騎士のようだ。王都を背に守っているようにも見えた。
ここは旅人の交差路と呼ばれる十字路だ。北に王都、東の道はミニエイナ、南はガルディア、西は鉱山へと続いている。
西の鉱山は馬車で通り抜けられるようになっておりフォーレン地方へと抜けることが出来る。
わたしの頭に乗ったままの妖精はぺしぺしと、わたしの頭を叩いてきた。
ふわりとわたしの顔の前まで降りてくると、寂しそうな顔で光る石を差し出してくる。
「くれるの?」
妖精はぶんぶんと頭を縦に振った。
妖精の石と呼ばれる花の蜜を結晶化させた蜂蜜色の宝石だ。
セブクロではなかなか見つからない上位素材だったような……。
「ありがとう」
妖精の石を受け取ると、笑顔になってわたしの周りを1周し、手を振りながらどこかへ飛んでいくようだ。
見ていると、そのまま溶けるように消えて行った。
「行っちゃったね、お姉ちゃん」
「ここから先は人が多いから帰ったのでしょうー。ここまで付いてくるなんて本当に気に入られていますねー」
ここまで来れば王都までもう目と鼻の先だ。