王都へ - 採取2日目
夕飯はペキュラの焼肉だったが、リルファナが言うにはラム肉に近い味だそうだ。
採取の手伝いなので邪魔になるかと思い醤油などは家に置いてきてしまったけど、タレが欲しくなったので調味料ぐらいは持ち歩くべきだった。
翌日、街道に沿って北上していく。
町を出てすぐに東側に見えていた山は、昨日の脇道に逸れている間に森へと様変わりしていた。
街道は東の森に沿って進んでいる。
「この辺りでしたかねー。そろそろ森に入りますよー」
ラミィさんが街道を外れて森に入って行った。
森としては遺跡のあった森と同じだが、小さな山を越えるぐらい北上したせいか見慣れない木も多かった。
背が高く、枝が大きく広がった木が多いようで森全体が薄暗く不気味な印象だ。
迷うことなくラミィさんが進んで行くと、木や岩にかかる蜘蛛の巣が目立ってきた。
更に進むと小さな遺跡跡があり、崩れた建物付近にはたくさんの蜘蛛の巣が張られている。
「この辺りの巣を使うんですよー」
ラミィさんは鞄から大きな瓶を取り出した。
瓶の中は液体で満たされていて竹串のような棒が何本か入っている。
「この棒に絡め取って、そのまま瓶の中に入れておいてくださいー」
液体の中に漬けておくと糸の粘着力が無くなるので、それをもう一手間加工することで糸として使えるようになるらしい。
「蜘蛛さんは出来るだけ放してあげてくださいねー。また糸を張ってくれますからー」
ラミィさんは定期的に、ここで蜘蛛糸のための糸を集めているようだ。
ゲームでは蜘蛛を倒すか、蜘蛛の巣を調べるだけで手に入ったけど、現実になると加工作業が必要になるんだね。
回収する巣は間隔をあけて少しずつ残すように、といったラミィさんの注意を聞きながら、黙々と蜘蛛の巣を巻き取った。
リルファナの探知能力のおかげで、周囲の魔物を気にしなくて済むので楽である。
ラミィさんが持って来た全ての棒に巻き取って瓶の中に入れたところで、蜘蛛糸の採取は終わりだ。
最初の方に入れた糸は棒から分離し始めて、液体の中で浮いていた。
「わたくしも少し欲しいので採取してもよろしいですか?」
「自分で使う分ぐらいなら良いですよー」
蜘蛛糸は裁縫スキルでは中級レベルの素材となる。良い機会なので集めておきたいのだろう。
遺跡の端の方にある巣に近付いてリルファナが自分の鞄から出した木の棒に絡め取っている。木工の練習がてら作ったのだろうか。
その後、採取した糸に魔力を流しはじめた。どうやらその場で加工しているようだ。
リルファナは糸を棒から外して小さな糸巻き用の道具に巻きつけていた。
「あのー、リルファナさん。どうやってるのでしょうかー?」
「瓶の薬液に漬けておくのと同じ効果を、魔力で生み出して加工していますの」
「後で教えてもらえませんかー?」
「構いませんけれど魔力を使いますし、数が多いと瓶に漬けておいた方が楽だと思いますわよ」
「急ぎで必要になったときに使えると便利そうですのでー」
瓶の中に漬けておく方法だと入れた量にもよるが、粘着性がしっかり落ちるまで2日はかかるらしい。
森から街道に戻り、昨日と同じように街道の西側を採取しながら北上することになった。
「蜘蛛糸を集めるのに時間がかかったら街道を行くつもりだったのですが、午前中に終わってしまったのでー。嬉しい誤算ですー」
草糸を作るための草や綿草を集めながら進んで、夕方になる前には街道に戻り近くの野営地で休むことになった。
途中でラミィさんのマジックバッグがいっぱいになったので、わたしたちのマジックバッグにも素材を入れている。
ここの野営地では、5人の冒険者のパーティと巡回中の騎士さんたち3人と一緒だ。
冒険者のパーティはアルジーネのギルドの依頼で王都へ行った帰り道らしい。
今日はペキュラとは出会わなかったが、昨日の残りの肉がまだあるので焼肉だ。
……うーん、タレが欲しい。
このペースなら明日には王都に到着するだろうとのことだ。
夜、ラミィさんはリルファナに糸の加工方法を教えてもらっていた。
「なんだか、この方法だと瓶に漬けておくより少し頑丈になっているような気がしますー!」
よく分からないが、時間効率が良いだけではないようでラミィさんが興奮していた。
騎士さんたちと野営で居合わせると見張りは任せてしまう冒険者も多いみたい。
騎士さんたちにとっては、それも仕事に入るらしいが、念のため自分らでも行っている。
リルファナがいれば見張りをしなくても大丈夫そうだけど、リルファナが不調だったり、奴隷から解放されたあとパーティに残るとは限らないので習慣化しておいたほうが良いだろう。
いくらなのかは知らないが、奴隷から解放されるのに必要なお金はすでに貯まっているような気もするんだよね。
現状だとヴァレコリーナには帰る場所もないし、ラディス家から出ている叔父さんに頼るのも迷惑だと思っているみたい。
けれど、期限である4年半後にどうなっているかは分からない。
わたしとしてはずっと一緒にいてくれると嬉しいが、リルファナが何かしたいことがあるなら応援するつもりでもいる。
◇
3日目の朝。
……余計なことを考えていたせいかあまり眠れなかった。
「草糸と綿草は十分集まったので、今日はペキュラがいたら狩りましょうかー」
「分かりました」
「はいですわ!」
「はーいー」
クレアの口調が戻らない。ラミィさんへの返事のときだけなんだけどさ。
いつも通り街道から少し外れて進むが、午前中は何も見当たらず、お昼休憩を済ませた。
「普段はこの辺りでよく見かけるんですが、いませんねー?」
ラミィさんが不思議そうにキョロキョロと辺りを見回している。
「ええと、……この先に群がたくさんいますわ。というより、何故かこちらに向かってきてますわ!」
「戦闘準備!」
なんだかよく分からないが、不測の事態に備えてここは武器を構えるべきだろう。
どどどど、というペキュラの走る地響きが聞こえてきた。
その先頭に、何かぼんやりと光るものが浮いている。
まだよく見えないけど、妖精っぽいかな?
「妖精さんが追われていますー」
「そのせいですのね」
ラミィさんにも妖精が見えるらしい。
リルファナには妖精が見えないので何故ペキュラがこちらに向かって来るのか分かっていなかったようだ。
「数が多いですわ!」
「踏まれないように気をつけて!」
明らかにわたしたちの方へと飛んでくる妖精。その後ろには10匹近いペキュラが続き、土煙をあげている。
ペキュラも木が見えれば避けようとするなりして速度が落ちるだろう。ぽつぽつと生えている木の根元に陣取り、待ち構えることにした。
「素材は傷付いても良いので、妖精さんを助けましょうー」
数が多いのと妖精が追われているのでラミィさんは安全を優先することにしたようだ。
ラミィさんは、矢をつがえると氷矢を放った。
リルファナもクロスボウを構えている。
「土壁」
前方に低い土壁を出現させる。ペキュラが気付かなければ転ぶだろう。
「風刃」
傷んでも良いとは言われたが、出来るだけ素材が無事で済みそうな魔法を優先することにした。
低空を風の刃が飛んで行く。時間があるときにちまちまとスキルレベルを上げておいたこともあり、射出された風の刃は数が増えている。
先頭を走る2匹のペキュラの足をまとめて切り裂いた。
風刃はセブクロでは単体攻撃の魔法だったが、使い方によってはこのように小さな範囲魔法のように使える。
足に傷を負ったペキュラの速度は緩んだが止まってはいない。
「風射撃」
「風刃・石弾」
速度の緩んだペキュラにリルファナが弩と魔法で追撃する。
先頭の2匹は耐え切れず倒れたが、後続のペキュラは速度を落とすこともないまま突進してきている。その目は怒り狂っているように見えた。
あの妖精、ペキュラに何をしたんだろう……。
次のペキュラは1匹が土壁に引っかかって転んだ。
ラミィさんの弓とわたしの魔法で立ち上がれない程度にダメージを与える。
「あの……後ろのペキュラ。色がおかしくありませんこと?」
「ブラックペキュラですー。気を付けてくださいー」
ペキュラは白い毛に覆われているが、一番後ろにいるペキュラは真っ黒の毛だった。
「固有種かな」
「ペキュラにもいるんですのね」
固有種は変異を起こしたなどの理由で、強化をされている同種の魔物よりも強い個体を指す。
ミニエイナで倒したウルトラキャノンもある意味、キャノン系の固有種と言っても良いだろう。
近くまで寄ってきたのでペキュラの数が把握出来た。残りのペキュラはブラックを含めて5匹だ。
「呪雨!」
クレアが魔法を放った。ペキュラの群の周囲に魔法の雨が降り始める。
呪雨は、範囲内の敵性生物に対してじわじわとダメージを与え、移動速度や回避率を下げる水の中位の魔法だ。
いつの間に覚えたんだろう。
雨による継続ダメージの痛みと速度低下によって、ペキュラたちの突進する速度が一気に落ちた。一方、敵対していない妖精には効かないので真っ直ぐにわたしの方へと飛んでくる。
飛んできた女の子姿の妖精は、わたしの頭にしがみつくと必死にぺちぺちとわたしの頭を叩く。
「分かった分かった。助けるけど、そこにいたら邪魔だよ!」
妖精はその言葉を聞くと、ラミィさんの方へと飛んで行った。
エルフであるラミィさんより、魔法戦士であるわたしの方に優先して近寄ってきたみたいだけど、単に近かったからかな?
「防御値強化付与!」
わたしとリルファナに、クレアの強化魔法がかかる。
リルファナはすでに短刀を持って「影走り」でペキュラの群に突っ込んで行くところだった。
「加速」
普通の白いペキュラはともかく、黒いペキュラは少々手強そうなので、ラミィさんのいる後ろに通すわけにはいかないだろう。
加速の魔法を使ってリルファナを追いかけた。