王都へ - 採取1日目
ガルディアの町の北門を抜けると乗合馬車の乗り場がある。
小さなバス停といった造りになっていて、いくつも馬車が並んでいた。
ここからは王都行きと、西のアルジーネの町行きの馬車が出ている。
馬車に乗った場合は、国によって管理されている野営地に宿泊しながら移動していくようだ。
ガルディアから王都への代金は小銀貨2枚。道中の食事代も含まれている。
1日辺り大銅貨5枚から小銀貨1枚ぐらいが相場とのことだ。
また馬を借りることも出来る。
馬に何かあったときのため、保証の代金も預けておく必要があるので馬1頭につき小金貨1枚とお高い。馬の返却は他の町の乗り場でも良く、その際に半分の大銀貨5枚は返してくれるみたい。
今回は採取依頼もあるので徒歩で行くことになる。
長時間の移動になると馬車でも徒歩でも時間はあまり変わらないので、わたしたちの場合は歩いたほうが早いと思うけどね。
「帰りは馬車でも良いですよー」
緩衝装置が付いていないのでお尻が痛くなるというのがお約束であるが、転生者がいたこの世界では改善されているのだろうか。
北門からは石畳の舗装された道が続いていた。この道も転々と魔物避けの石柱があるようだ。
王都へ続く道なので優先しているのだろう、南側の道と違いしっかりと整備されているように感じる。
「この道は大改革期のものが、そのまま残っているそうですよー」
300年前、転生者の多かった時代は大改革期とも呼ばれているようだ。
この世界の人から見れば未来の科学技術というのは理解に及ばない技術でもある。
転生者がいなくなると、様々な分野で整備が追いつかず徐々に失われていったそうだ。
その中でも魔導機は、魔法を応用した技術だからか、この世界の人たちとの共同開発だったのかしっかりと残されている。
生活水準が大きく落ちなくて助かったので、残してくれた人たちには感謝しかない。
欲を言えば冷暖房も欲しいところだけど。
西は丘の続く草原がずっと続いている。
所々に色とりどりの花が群生していたり、ぽつぽつと岩があったり木が生えているぐらいで見通しが良い。
東には小さな山が見えた。あの山の反対側にミニエイナの町がある。
前にギルドで買った地図によると、しばらく進むと霧の山脈の麓に広がる森が見えてくるだろう。
お昼までは街道を進み、魔物避けの石柱があるところで昼食となった。
「わざわざありがとうございますー」
思っていた通り、ラミィさんは保存食で済まそうと思っていたらしい。お弁当を渡すと感謝された。
「午後は少し、街道から外れますよー。綿草の採取とペキュラがいたら狩ろうと思いますー」
「分かりました」
「ペキュラはもう少し北にいかないと見かけることも少ないですけど、見つかれば夕飯が豪華になりますよー」
推定ラム肉か。わたしは日本でも食べたことが無いのでどんな味か知らない。
「肉のことならリルファナに聞け」だ。
「リルファナは羊のお肉って食べたことある?」
「マトンですの? 少し匂いと味に癖がありますが、慣れれば美味しいですわよ」
「マトン? ラム肉とは違うの?」
「子羊がラム、成長したものはマトンですわね。ラム肉の方が柔らかく癖は少ないですの」
色々と決まっているらしい。わたしは食べられればいいので明日には忘れているだろう。
街道から西の草原へと踏み入る。
魔物避けの石柱が見えなくなるぐらいの距離まで出たら、道に並行するように進路を取った。
「綿草が生えていたら教えてくださいー」
「はーいー」
ラミィさんののんびりした口調がクレアに少し移っている。
何箇所か綿草の群生地を見つけて採取しながら北へと進んで行く。
くぼんだ場所に池が出来ていて、その周辺に綿草が生えていることが多かった。
以前の依頼でも川の近くで採取したので水気の多い場所に生えるようだ。
「人数が多いと早くて助かりますー」
1人だと手数が足らないだけでなく周囲の警戒も必要で、なかなか採取が進まないらしい。
わたしには最初からクレアとリルファナが一緒にいたから気にしたこともなかった。もし1人で冒険者になっていたら色々なところで苦労したかもしれない。
休憩しながら北上を続けて行くと、先頭のリルファナが立ち止まった。
「この先に何かいますわ」
「んー。……あ、ペキュラが3体いますー」
目を凝らしてみても全然見えない。
ラミィさんは目が良いのだろうか。エルフの特性かな。
「もう少し近付いたら誘き寄せますー」
ラミィさんは背中のロングボウを手に取った。
「近付いてきたらお願いしますねー」
ラミィさんは少ない木や岩の陰を伝って、そっと近寄って行く。手際の良さから狩人系の職業っぽいかな?
ペキュラはあまり強い魔物ではないのでクレアの強化はいらないだろう。
わたしとリルファナは身をかがめたまま移動し、3体のペキュラとラミィさんの間を塞ぐように伏せた。
羊毛が生えている闘牛のような見た目で、魔物に分類されているだけあって目は鋭い。
クレアはラミィさんの近くに待機だ。
「行きますよー」
耳元でラミィさんの声がした。
びっくりして振り返るが、少し離れた岩の陰にいる。
何かの魔法で伝えてきたようだ。
ラミィさんが岩の上に軽やかに駆け上り、中央のペキュラに向かって矢を射た。
矢を射掛けられたペキュラがぐらりと横向きに倒れ、立ち上がろうと暴れ始める。
残りの2匹が岩の上のラミィさんに気付き、猛然と突進してきた。
上手くわたしとリルファナのいる方へと進路が取られている。
「『加速』『筋力強化』」
ぎりぎりまでひきつけて、一気に立ち上がる。
ぺキュラはわたしたちが立ち上がるまで気付いていなかったようで、突然わたしとリルファナが現れた驚きに一瞬速度が緩んだ。
相手の鈍った突進の勢いをも利用して前足を狙って斬りつける。
血がしぶき、止まらないままの勢いで滑るようにくずおれた。
この大きさで手当たり次第に暴れられると近づけなくなるだろう。
「旋回」
魔法の勢いを使い後ろへターンして暴れ始める前に駆けつける。
トドメを刺すために剣を構えてふと思った。
……牛の心臓の位置ってどこだろう?
迷っていたらペキュラが暴れ出してしまいそうだと、焦りから余計に思考がまとまらなくなっていく。
すると、ペキュラの動きが突然止まった。
「どうかしましたの?」
近寄ってきたリルファナが短刀で首を落としていた。
リルファナの方に突進したペキュラを見ると、同じように一刀で首を落とされている。
リルファナの冷静さって、忍者を経由しているし職業補正なのかな?
遠くで暴れていたペキュラはラミィさんの弓でトドメをさされていた。数本の矢が突き刺さり、今は動いていない。
◇
「いつもより簡単に倒せましたー!」
はさみでペキュラの羊毛を刈り取りながらラミィさんが喜んでいる。本職だけあって手馴れた動きで羊毛を集めて行く。
白い羊毛を刈り取ると下は赤褐色の肌だった。
普段はもっと乱戦になったり、最初に狙撃したペキュラまで構っていられず、合流されたりと大変らしい。
「これでC級になったばかりなんて信じられないですー」
最初のペキュラの羊毛が刈り終わって、次のペキュラの羊毛を刈り取り始めたラミィさんに、最初にかけられた声について聞いてみる。
「風の声という魔法ですよー。先に言っておくべきでしたー。すみませんー」
セブクロでは遠くのエリアの会話チャットを読み取る風の声という魔法だそうだ。
ゲームとは違って遠くに声を届ける魔法として使われているようだ。
「使い手はあまりいないんですけどねー」
風の精霊に声を届けてもらうという能力で、精霊魔法の一種らしい。
「ラミィさんは精霊使いなんですか?」
「いえいえー、私と契約してくれたのは火と風の精霊だけなので弓の方がメインですー」
うっかりこの世界では使われていない職業名で聞いてしまった。
どうやら精霊使いと呼ばれるには4種類以上の属性の精霊と契約する必要があるとのこと。職業ではなく称号のような扱いなのかもしれない。
むむむ。なんだか色々とセブクロと変わっているなあ。
「解体が終わったら街道に戻って野営地を探しましょうー。この辺りなら暗くなる前に辿り着けるはずですー」
王都とガルディアを往来する人は多いので、徒歩で3日の距離だが国の管理する野営地は半日ほどの距離ごとにあるらしい。
少し進んだところで野営地を見つけ、テントを張ることにした。
王都からガルディアに向かっているという馬車の人たちと、近場で採取していた若い男女の2人組の冒険者と一緒だ。王都のD級冒険者らしい。
ラミィさんは自分のテントを持っているようだけど、交代で見張りもするしわたしたちのテントだけ使うことにした。
「明日は森に入って蜘蛛糸を集めますよー」
蜘蛛か……。もう蜘蛛の女王と戦ったのは半年近く前なんだなあ。
「蜘蛛糸を作る蜘蛛は魔物ではありませんので危険は少ないと思いますー。もちろん他の魔物には注意が必要ですがー」
……糸は戦って集めるわけじゃないらしい。