王都へ - 出発
依頼主は、お世話になっているエルフの服屋さんだった。
「依頼主がラミィさんとなっていて、住所も南通りだったのでぴんと来ましたわ」
「ラミィさんの店に来るのも久しぶりだね」
リルファナもクレアも服屋さんの名前を知っているようだ。
わたしは聞いた覚えがないんだけど、どこかで自己紹介されたことあったっけ?
名札とかもつけていなかったしなあ、と首をひねっていると入口の扉の陰に『ラミィの服屋』と書かれた看板があった。
こんなところに答えがあるとは……。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「……なんでもない」
店に入るとちりんちりんと扉に付けられている鐘の音が響いた。
「いらっしゃいませー」
エルフの店員、ラミィさんが接客へと出てくる。
今は他の客はいないようだ。
「護衛依頼が出ていたので受注したのですが」
「あー、いつもなかなか受け手がいないので助かりますー。あまり報酬も出せなくてー。奥にどうぞー」
店のカウンターよりも奥にある部屋に通された。最初に来たときリルファナが連れていかれた部屋だ。
部屋の中は、店に陳列できない分なのか服がたくさん並べてある。部屋の大半を占める大きな机のあるスペースには、ミシンのような魔導機と型紙、周囲には布の端切れが片付けられていたり、様々な布や革、糸が置かれている。
中央のテーブルには、布や糸などの材料がたくさん積んであった。
綺麗に片付けられた机と違ってこちらは適当に積んでいた結果、こうなったように感じる。
「この辺りにどうぞー」
ラミィさんは椅子を適当に出し、中央のテーブルの上のものをざっと横に払って退かす。
かなり大雑把だけど、それ売り物の材料だよね……?
「依頼内容の確認なんですけどー」
王都への護衛という形だが、実際は予想通り採取の手伝いや荷物持ちとなるようだ。
ラミィさんの持っているマジックバッグは小タイプが1つだけで容量が小さいので、大量に採取したいときは冒険者に手伝ってもらうらしい。
前にギルドで出会ったが、ラミィさんはクロコダイルをソロで倒せるぐらいの実力を持っている。
治安の良いソルジュプランテ国内なら護衛なんて必要はないだろう。
「冒険者を引退するときに、冒険者を続けるメンバーに有用な魔道具はほとんどあげちゃいましたー」
ラミィさんは元B級冒険者とのことだ。
A級も間近だったようだがパーティが解散することになり、その時に引退することを決めた。
レダさんに勧誘されて得意だった裁縫を活かした服屋をガルディアで開いたとのことだ。
「もう10年、……20年? ぐらい前の話ですけどねー」
ラミィさんが頬に手を当てて考えている。
エルフの寿命は長いせいか、10年も20年もあまり変わらないのだろうか。ラミィさんはのんびりしてるので、気にしない性格なのかもしれないけど。
……ラミィさんはエルフだから見た目と実年齢が一致していないのは分かる。けれどレダさんって何歳なんだろうね。
採取は王都へ向かう最中に行う。
王都までは真っ直ぐ街道を行けば3日で到着する距離だが、採取しながらだと4日になる可能性もあるとのこと。
ラミィさんは王都で仕入れと商談があるので最低でも3日間はかかるそうだ。その間、わたしたちは自由行動となる。
その後、ガルディアへ帰るという予定らしい。
採取の量次第では追加報酬もあるようなので、頑張りたいところだね。
「王都の知り合いの家を借りるので、みなさんの部屋も用意して貰いますー。王都の見物がしたければ1週間ぐらいまでなら滞在しても良いですよー。時間があればやりたいこともありますのでー」
「初めてなので町は見て回りたいですが、1週間も必要なんですか?」
「大きな町なので3日では全然回れないですよー」
「実際に行かないと分からないかもしれませんねー」と言われてしまった。
少なくともガルディアの町の3倍以上の大きさで、町の端から端まで歩くとそれだけで丸1日かかる。町の中を移動するための乗合馬車があるぐらいだそうだ。
ラミィさんは急いで帰る必要も無く、王都で日数を調整しても良いとのことなので、現時点では5日ほど滞在する予定ということにした。
「素材の採取は行きで良いんですか?」
植物が多いのかもしれないけど、劣化したり腐ったりしないのだろうかと聞いておく。
「王都で処理しますし、行きの採取量で仕入れの量を変えるので大丈夫ですー」
「分かりました。出発はいつにします?」
「皆さんの都合が良ければ、明日の朝で良いですかー?」
クレアとリルファナの方を見ると頷いた。
「大丈夫です」
「では、明日の午前2の鐘が鳴るころに北門にお願いしますー」
最低限の保存食代はラミィさんが出してくれるそうだ。
採取する予定の物を聞いてから服屋を出る。
すぐに依頼に出られるように準備してあるので、今日やることが無くなってしまった。
「今日はどうしようか?」
「お姉ちゃん、D級の森の採取依頼ならあったよ」
「じゃあ、お弁当買って行って、早めに帰ってこようか」
「分かりましたわ」
朝出ている広場の弁当屋は、すぐ売り切れる人気店以外はまだやっている時間だと思う。
◇
「今日は帰りが早いね」
「明日から依頼で王都に行くので今日は早めに帰ったんです」
午後1の鐘が鳴る頃には東の森から町に帰って来た。
いつもの買取のお兄さんに、取ってきた薬草や樹皮の査定をして貰う。
「質が良いものが多くて助かるよ。ランクが上がると面倒だって採取依頼を嫌がる冒険者が多くてな」
カードを返してもらいながら、そういえばC級になったから窓口に行く必要が無いんだっけと思い出した。
家に帰ったあとは、3人で採取予定の素材や付近に生息する魔物を図鑑などで確認しておく。
「草糸にするための草だったっけ?」
草糸とは、草から作る糸のような素材の総称だ。糸になれば草布と呼ばれる布も作ることが出来る。
繊維にほぐしやすい草ならばほとんどが素材になり、この世界では主流になっている糸だ。
ガルディアの町の店でも普通に売られている素材だが、肌触りや細かい色の違いにこだわる人は草糸から自分で作るらしい。
「蜘蛛糸とペキュラの毛も欲しいと言ってましたわね」
「見つかれば綿草もって言ってたよ」
ペキュラは、白いくるくると巻かれた羊毛の生えた牛といった見た目で、気性が荒く人がいると突進攻撃を仕掛けてくる魔物だ。
王都とガルディアの間の街道から、少し離れると群れで生息しているので簡単に見つかる。肉は味に癖があるので、あまり高くは無いみたい。
気性は荒いが、下手に近寄ったり刺激しなければ魔物避けの石柱に寄ってくることもなく危険は少ない。
セブクロでのレベルは20ぐらいだったかな?
ドロップは皮と羊毛、ラム肉のような見た目をした肉だったので大体一致している。
また荷物持ちという依頼でもあるので、マジックバッグに入っているすぐ使わない物は家に置いていくことにした。
「お姉ちゃん、ボードゲームは持って行っても良い?」
「王都で暇なら遊べるし、それぐらいは良いんじゃないかな」
「木札は置いて行きますわ」
「なんでマジックバッグに入れたの」
どうやら木札を大量に作ったせいで部屋が散らかっているように感じるのが嫌だったみたい。
クレアもリルファナも、わたしの部屋で寝てるんだから、自分の部屋が多少散らかっていても問題ないのではないだろうか。
夕方、レダさんが帰って来た。
「美味しいご飯は、しばらくお預けさね」
遺跡からつながっていた洞窟は、特に珍しいものも無さそうということだった。
少し落ち着いたので、レダさんも今日は家で寝るらしい。
翌日、レダさんに見送られ、広場でお弁当を買ってから北門へ向かった。
隣で依頼主が保存食を齧っているとお弁当を食べにくくなるのでラミィさんの分も購入しておく。
北門で少し待っていると、ラミィさんもやってきた。
普段のエプロン姿とは違い、前にギルドであったときと同じリングメイルに細剣、背に長弓の格好だ。
「剣術はあまり得意ではないので、前衛はお願いしますねー」
「わたくしもミーナ様も前衛なのでお任せくださいませ」
魔法戦士はどちらかというと中衛じゃないかな。別にいいけど。
「じゃあ、行きましょうかー。今日はあまり採取するものはないと思いますー」
――さあ、王都へ出発だ。