検証 - スキル習得
翌日、帰宅したレダさんと4人で朝食を済ませた後は、クレアと図書館に行くことにした。
リルファナは予定通り、今日は1日家で生産スキルの習得を目指すようだ。
棚から昨日、目星をつけておいた本を取り、近くのテーブルで読もうと持って行く。
あまり人がいない図書館だが、窓際の席に珍しく先客がいた。
「アムディナさん?」
「ん。ミーナちゃん? おはよう」
一緒に遺跡調査を行ったドゥニさんのパーティに所属しているハーフエルフの女性だ。
遺跡調査の続きまで数日空いたので、時間を潰していたみたい。
「……妖精に興味があるの?」
わたしの持っている本が見えたようで、アムディナさんが聞いてきた。
「はい。遺跡調査のときに気になることがあったので」
「……もしかして出会った?」
「すぐ消えてしまったので、もしかしたら妖精だったのかなってぐらいですけど」
アムディナさんが目を丸くして驚いている。
「子供以外の人間の前に姿を現すのは珍しい。私はハーフエルフだからか、たまに寄ってくる子がいるけど」
「アムディナさんも見たことあるんですか!」
さらっと言われたのでこちらもびっくりした。
「うん、この辺りだと森で野営していると年に1回か2回ぐらいは見かける。私はガルディアの生まれで、国外には行ったことが無いからどこでもかは分からないけど」
身近に妖精を知っている人がいるとは思わなかったよ。
その後、アムディナさんから妖精について知っていることを教わった。
と言っても、自分から妖精について調査しているわけではないので、実際に遭遇した時の話が多い。
アムディナさんの話をまとめてみたところ、エルフやハーフエルフは妖精を見かけることが多く、人里以外でならどこでも遭遇することはあるようだ。
古い遺跡がある森の中や、湖の近くといった自然環境の中の方が、目撃情報は圧倒的に多いようだった。
「そういえば、小さい頃は町でも見かけたことがあったかな? 考えてみると私たちが気付かないだけでどこにでも存在しているような気もする」
「こちらから会いに行くことは出来ないですか?」
「うーん……、あの子たちは気まぐれだから難しいかも。もっと詳しく知りたいなら、あの子たちの世界でもある魔法次元について学ぶと良いと思う」
魔法次元、セブクロの知識では、わたしたちの世界に並行して存在する魔力の力が強い世界だ。
妖精や精霊といった魔力によって構成される存在が生きている世界だと言われている。
魔法を使うときの魔力は、魔法次元から引き出して使うという理屈なのだが、この世界の人たちですら感覚で行っていることで、学者や賢者と呼ばれる存在ぐらいしか知らない単語だったはずだ。
ゲームでも世界観の補強という概念でしかなく、行ったり来たり出来るものではなかった。
神の聖域や妖精の国などの一部のエリアは魔法次元に存在しているという説もあったけど、真実は神(運営)のみぞ知るだ。
「お姉ちゃん、そろそろお昼だよ。あれ、アムディナさん?」
お昼になったのでクレアが呼びに来た。
リルファナは適当に家で食べると言っていたので、今日はクレアと2人だ。
「アムディナさんも一緒にどうです?」
「お邪魔じゃなければ行く」
「んーと、どこにする?」
アムディナさんは1人では行列の出来るようなお店に入りにくい性格らしく、行ってみたいお店があるというのでそこに行くことになった。
アムディナさんに付いていくと、わたしたちがたまに利用しているミートサンドのお店に到着。お昼時はかなり混んでいるようだ。
クレアとアムディナさんは普通のミートサンドを食べることにしたみたい。
わたしは新作と書かれた聖王国風ミートサンドというのを選んだ。
新作のミートサンドは、アーリョと醤油を使ったソースの、さっぱりとした風味のハンバーガーだった。アーリョの風味が良いアクセントになっている。
「美味しかった。行列が出来るのも分かる」
「持ち帰りも出来るんだよ!」
「それなら買いやすそう。今度試してみる」
アムディナさんはクレアとも打ち解けたようだ。
ネリィさんがアムディナさんのことを照れ屋だと言っていたが、パーティ単位で何人もいるより、こうした少人数の方が話しやすいのだろう。
午後はネリィさんと約束があるということで、店を出たところで別れる。
アムディナさんから欲しい情報は大体教えてもらえたので、図書館に戻る必要もなくなってしまったかな。
読んで無い本もあるし、魔法次元について調べるために戻っても良いんだけど、これ以上の情報は図書館には無さそうな気もする。
別れるときにアムディナさんが、調べるつもりなら王都の図書館か魔法研究所に行ってみると良いと言っていたので、ガルディアには大した情報は無いのだろう。
「お姉ちゃん、図書館に戻る?」
「うーん、どうしようかな」
「調べ物が終わったんなら買物に行かない? お姉ちゃんと2人だと食材ぐらいしか買いに行ったことないもん」
「じゃあ、そうしようか」
クレアの調べている古代文明については、時間があるときにゆっくりで良いので、あまり急いではいないそうだ。
クレアと雑貨屋や服屋を見て回り、午後2の鐘が鳴る前には夕飯の食材を買って帰宅する。
ボードゲームも買いたいと言っていたのだけど、リルファナがいないときに買うと何となく拗ねそうな気がしたので今度3人で行くことにした。
◇
――リルファナの部屋。
リルファナが、新しい生産スキルを習得する方法を見つけたそうだ。と言っても難しいことではない。
「ひたすら同じ作業を繰り返しているうちに習得していると思いますわ」
リルファナはわたしの料理を手伝ったりしているうちに気付いたそうだ。
ちなみに、気付いた理由は単なる違和感。
極端に例えるなら、目玉焼きを100個作れば、目玉焼きは最初よりも上手く作れるようになる。似たような焼き物も同時に上達するだろう。だが、煮物である肉じゃがを作れるようにはならない。
そのはずなのにリルファナは聞いたわけでもないのに、なんとなく肉じゃがの作り方が分かるようになってしまったといった感じだとか。
リルファナはお嬢様育ちで、料理を趣味にしていなかったことも気付いた理由の1つになりそうだ。
そのことからリルファナは調理スキルを習得したのではないかと思い付いた。
この世界の人たちは、それが普通なのでわざわざ人に教えるようなことでも無いのだろう。スキルという考え方自体が無さそうだからね。
「でも、そんなに簡単にスキルを覚えられるなら、もっとたくさんの人が何でも生産出来るようになってない?」
「同じ料理だけ続けても、一定値までしか上がらないのではないかと思いますわ。ゲームと違って生産スキルのレベルを上げないと、そもそも作ることが出来ないということも無いでしょうし」
簡単な炒め物ばかり作っていてもコース料理が作れるようにはならないのだろう。
この辺りのさじ加減がどうなっているかは分からないが、リルファナは挑戦し続ければスキルを習得するのではないかという仮説を立てて検証していたらしい。
「それでこれだけ作ってたわけね」
「はい」
リルファナの座っている机には、大量の木札が積んであった。置ききれずに足元にも積まれている。
木札は、木材を手のひらサイズの木の板に加工しただけのものだ。
セブクロでは木工スキルで最初から生産出来る中間素材という加工品で、ここから更に加工することでお守りや忍具の素材となる。
「こちらを見てくださいまし」
リルファナが出した木の板には、女神の絵が彫られていた。
顔などの部分は精密な作業が必要そうなレベルだと素人目に見ても分かる出来だ。
サイズは小さいが、このような彫刻も初期レベルの木工スキルを使って作れる家に飾るための家具だったと思う。
「ある程度、木札を作っていたら作れるようになりましたの。わたくし、彫刻なんてしたことはありませんのに、こんなに綺麗に彫れましたわ」
他にも小物や家具の製作といった簡単な木の加工なら、すぐに出来そうになったということだ。
この方法を使えば、革細工や採取系のスキルも覚えられるかもしれない。
少しかわったスキルでは牧畜なんてスキルもあったけど、動物を飼えば良いのだろうか?
「この方法で確実にスキルを習得出来るのか、そこからどうやって成長させるかはまだ分かりませんが、色々と試してみる価値はあると思いますわ」
「そうだね。これは、クレアにも上手く伝えられると良いんだけど」
「ええ、ちょっと考えてみましょうか。ずっと一緒にいたミーナ様よりも、わたくしが教えれば多少変でも納得しやすいでしょうし」
転生者であるわたしとリルファナはボーナスのようなものもあるのは何となく理解している。
なので同様に一般の人たちも習得出来るかは分からないが、試す価値はあるだろう。
木工は習得まで2日だったようだが、手当たり次第に生産スキルを取るよりは、必要なものを取って成長させた方が良さそうだ。
どの生産スキルを覚えようか、しっかり考えてから始めようかな。
「お姉ちゃん、リルファナちゃん、お茶入れたよ。ってリルファナちゃん、なにこれ!」
クレアが机や周辺に置かれた木札の量に驚いていた。
普通に見たら、休みに2日もかけて何してんだとしか思わないよね……。