妖精と精霊
夕方、レダさんが帰って来た。
帰ってくるなり、冷蔵庫をあれこれと調べていたので気になっていたのであろう。
レダさんは自分の知らない物や新しい物が好きそうな気がする。
夕飯も食べていったのでケレベルさんの研究室でもある自宅を教えてもらった。
「しばらく町にいるなら夕飯時には帰ってくるかね。ミーナちゃんの作ったご飯の方がギルドのご飯より美味しいさね」
といって、夕飯後はすぐにギルドへ戻っていった。
なんだかんだと遺跡関係で忙しいみたい。
◇
翌朝、朝食を食べに再びレダさんがやってきた。レダさんの家なのだからおかしいことではないけど珍しい。
「ケレベルが冷蔵庫が動かなくなったってギルドまで来たんだよ。そのことでミーナちゃんが行くって言っておいたから午前中に行ってもらえるかい?」
「分かりました。片付けたら行ってきます」
動くかどうかの確認で魔力を供給したときにも、少ししか入れなかったのですぐ切れてしまったようだ。
ケレベルさんの自宅はレダさんの家と同じ北東区だった。
貴族街と平民から認識されている区画からは外れているようだが、この辺りも大きな家が立ち並んでいる。
そのまま図書館に行こうかとリルファナとクレアも一緒だ。
「いらっしゃい、待ってたよ」
門にある鐘型の魔導機を鳴らすと、家の中に聞こえるようになっている。玄関のチャイムみたいなものだ。
しばらく待っているとメイドさんが出てきてケレベルさんの研究室まで通された。
「随分と大きな家ですね」
「ああ、この町だと魔道具の専門家が数人しかいなくてね。研究員が全員で使うという形で領主様から借りているんだ」
冒険者だけでなく、研究者や専門家なども仕事の多い王都に流れてしまう人が多い。
そのような専門家が町に1人もいなくなってしまうと王都が近いとはいえ、呼び寄せるには数日かかってしまい緊急時にすぐに対応出来なくなってしまう。
そんなわけで実績があったり、将来有望な者には町から家を格安で借りることが出来たり、仕事も優先的に割り振ってもらえるようになったらしい。
冒険者ギルドや商人ギルドとは直接的な関係は無いそうだが、ギルドからの依頼も多いとのことだ。
それらの恩恵を得るには試験のようなものがあるそうだけど、わたしには関係無さそうだ。
「なるほどね。魔力操作のやり方の問題なら、別の魔力切れになった魔道具でもこの方法で供給出来るかもしれないな」
冷蔵庫で実践したところ、最初は少し苦戦していたけれどケレベルさんも魔力供給の方法を習得できた。
「あの……、魔力の無駄が多くないですか?」
「普通に見ればね。でもよく考えたら、この魔力の流れは魔道具で取り入れられている方式なんだよ」
クレアの質問にケレベルさんは笑顔で答える。
ケレベルさんは「まだ僕の推測も多いのだけど」と前置きしながらも教えてくれた。
どうやら魔道具内の魔力を測定することで、似たような魔力の無駄を発生させる部品が観測出来るらしい。その余計だと思われる部品を外してしまうと魔道具は動かなくなってしまう。
部品を取り付けなおすと動くことから、現代では無駄だと思われる魔力も、誤動作をしないような安全装置か何かなのではないかとケレベルさんは推測しているようだ。
わたしは直感的に魔力を扱えるため、自動的に判断してそれらの安全装置を回避するように魔力を扱えているのだろう。
「もしかしたら、これで他の研究も進むかもしれないな。ありがとう」
用事も済んだし、ケレベルさんも早く検証を再開したいのだろう。少しそわそわしていたので、出してもらったお茶だけ飲んでお暇することにした。
◇
3人で図書館に入ろうとすると丁度スティーブが出てきた。
「あ、スティーブくんだ」
「よう、クレア。今日は姉ちゃんたちも一緒か」
「うん、調べ物があってね」
クレアとは図書館で時々会っていたようで、随分仲良くなったようだ。
スティーブはあの後、下調べなどをしっかりするようになったらすぐにD級に上がることが出来たと言っていた。
でも、しばらくE級の依頼を受けて基本的な勉強をしていたらしい。最近になってようやくD級の依頼も受けるようになったとか。
「あっ! 今日はチビたちの面倒を見ないといけないんだった。またな!」
どうやら図書館で勉強するようになってから教え方なども上手くなったので、教会の孤児院でも重宝されているようだね。
スティーブは時間が無かったのか、慌てて帰っていった。
「それじゃあ、ここで解散かな。お昼に図書館の入口に集合でいいかな? もし先に帰るようなら鍵を渡すから言ってね」
「はーい」
「わかりましたわ」
入口でそれぞれの調べ物に散っていく。
妖精や精霊についての本を探すと、精霊の本はたくさん並んでいた。比べて妖精の本は伝承などが多いようだ。
普段は人前に姿を現さないため、あまり記録が残らないのだろう。
気になった本だけ、ざっと目を通したところでお昼の時間になったので、図書館の入口に集まって昼食に行った。
わたしとクレアはまだ調べることがあるので図書館に戻るが、その前に本屋へ寄って小説の新刊チェックや買い物だ。
リルファナは家でやりたいことがあるということで、本屋に寄った後は鍵を受け取って帰っていった。事前にこっそり聞いておいたところ生産スキルの取得が出来るのか色々試してみる予定らしい。
多分、忍術に使える道具をどうにかして手に入れたいのだろう。
それ以外でも木工や革細工といったメジャーな生産スキルはあると便利なので、どうにかなると嬉しい。
夕方、クレアと家に帰るとレダさんが食材を買い込んで帰ってきていた。
「冷蔵庫もあるからたくさん買ってきたさね。適当に使っちゃって」
夕食後にレダさんはギルドに戻っていった。
「遺跡の書類がなかなかまとまらないさね。追加報酬の支払いが1日か2日遅れてしまうかも」
「急いでないので、大丈夫ですよ」
「そう言ってもらえると助かるよ。じゃあ行ってくるさね」
レダさんを見送って、お風呂に入った後は今日1日調べて分かった内容をメモにまとめる。
妖精と精霊は、どちらも魔力で構成された身体を持っていることは共通であるが、それ以外は似て非なるものである。
妖精、またはフェアリーは、手のひらサイズぐらいで人間やエルフの子供のような容姿を取ることが多く、違う姿へと変わることは出来ない。また、気に入った人間の前にしか姿を現さないとされている。森や洞窟、遺跡などで姿を現すことが多く、迷った人を外まで導いてくれることもある。
また理由は分かっていないがエルフの前には姿を現しやすいらしい。
極稀にだが村や町にも現れることがあり、1人で寂しそうにしている子供の遊び相手になったりすることもあるようだ。そのことから子供好きなのではないかと言われている。
自身に危害を加えられない限り、人間に敵対的な行動を起こすことは無い。
精霊は、それぞれが火の精霊、水の精霊のように属性を持っている。
火の精霊なら火蜥蜴のような属性を象徴する姿をとっていることが多いが、自由に姿を変えることが出来るのが特徴だ。
セブクロのときよりも属性が多いから、こちらの世界の方が精霊の種類は多くなるだろう。
縄張りを持っている精霊もいて、人間に対する行動は属性によって多少傾向があるようだが、友好的から敵対的までそれぞれ。
敵対する場合、属性によっては物理攻撃が効きにくいため非常に危険な相手だそうだ。
一方、セブクロでは妖精使いと精霊使いという職業があった。どちらも分類上は、最上級職ではなく上級職。特殊性が強かったが慣れると強かったので、最上級職がゲームに追加実装されるまでは人気もあった覚えがある。
わたしがプレイしている間に、これらの職業の最上級職は実装されなかった。
ゲームのシステムではどちらも魔法だが、設定上では精霊使いの精霊は従えるもので、妖精使いの妖精は手伝ってもらうというイメージだったはず。
精霊は別キャラクターとして独立していて体力などのステータスもあったが、妖精は単なるエフェクトのような扱いだった。
今考えると、妖精使いがいるから、妖精から受けられるクエストが魔法戦士の専用クエストだって気付かなかったんだろう。
とりあえずは今日分かったのはこんなところか。
メモする手を止めて考える。
妖精は遭遇すること自体が、妖精の気分次第となるのであまり記録は残っていないようだった。
300年ほど前の転生者たちにも妖精使いや精霊使いはほとんどいなかったのか、技術が伝わらなかったのだろうか。
どちらも妖精や精霊という相手がいてこその職業なので、次の世代に伝えるのが難しかったのかもしれないかな。
セブクロと、はっきりと違うことは「妖精と言葉で意思疎通出来るものは少ない」という記述しか見つからなかった。
話せないわけではないようなので妖精語があるのかな?
他の妖精とも出会ってみたいし、もうちょっと詳しく妖精と出会えそうな場所の見当をつけておきたいところ。
図書館の本はまだ読んでいないものも多いから見つかると良いのだけど。
明日もう1日だけ妖精について調べたら、リルファナの方の進捗も聞きに行こう。
クレアはヴィルティリアを中心に、色々な古代文明の特徴などを調べているみたい。冒険者としてもあれば助かる知識だ。
「お姉ちゃん、まとめ終わったらボードゲームしよう!」
「今日は勝ちますわ」
クレアがわたしが選んだボードゲームを持って来た。クレアもリルファナもボードゲームにすっかりハマっているな。
「はいはい。まだまだ1位は譲らないよ」
休日の夜はのんびりと過ぎていく。