プロローグ
最初に目に入ったのは銀の燭台。
少し目を移すと、それは赤いクロスの敷かれた祭壇の端に置かれていた。
祭壇は教会で神父様が説教をするような厳かなもので、後ろには大きな女神像が据え付けられている。
周囲を見回すとファンタジー世界の神殿のような場所だ。
壁や柱にも燭台が据え付けられ、立てられた蝋燭の火はゆらゆらと青白く輝いている。
大きな部屋だというのに、祭壇と丸い石柱が並んでいるだけの寂しい場所だと思った。
天井の方へと視線を上げると、祭壇へ向かって中央の通路に沿って一段上げられた折上天井になっている。
ステンドグラスの類は無く、蝋燭の輝きだけが際立つ。
部屋の大きさや配置から考えれば、本来は説教を聴きに来る人のための長椅子などもあったように思えた。
そこでやっと、わたしは周りよりも数段高くなっている祭壇の前に立っていることに気付いた。
だけど、頭にはもやがかかったようにぼんやりとしている。
「おかえりなさい」
え?
いきなり後ろから声をかけられてびっくりしてしまったが、恐る恐る振り返る。
すぐ近く、階段の下に少女が立っていた。
表情は無いが『やっと会えた』というような期待に満ちた瞳をしている。
少し青みがかった肩にかかるぐらいの銀髪。
曲線美を感じるすらっとした容姿の少女が透き通ったエメラルド色の瞳でわたしを見ていた。
服装は周囲のファンタジー風とは違い、現代で着られるようなカクテルドレスに似たノースリーブのドレス姿に、膝丈ぐらいのスカート。
胸元に銀色のペンダントをしている。
肌は色白だが、決して病的ではない美しさを備えている。
女のわたしから見ても美人だと思う。美人さんだ。
出るとこはちゃんと出てる。平均より小さい私(自称)にはとても羨ましい。どこがとは言わない、野暮だよそれは。
わたしと目が合って微笑む彼女は、最初の美人という印象からがらりと変わって可愛さが全面にあらわれた。
どれぐらい可愛いかというと、こちらも自然と微笑み返したくなるぐらい。
表情ひとつでこんなにも印象が変わる彼女に愛くるしさを覚える。
なんとなく、どこかで見たような顔だと思い、考え込む。
そうだ、『セブクロ』で作った私の操作するメインキャラに似ているんだ。
旅行や試験前を除けばほとんど毎日、2年間も使っていたキャラクターである。思い出さないわけがない。
そして自分で作った好みの顔が綺麗だと思わないわけがなかった。
そうか、これは夢の中なのだ。と納得した。
直前まで試験のために勉強漬けだったとは言え、どれだけゲームがしたかったんだろうか、わたしは……。
わたしが考え事をしていたせいか、彼女は少し困ったような顔をして、何ごとかを呟いた。
すると、頭の中のもやもやが大きくなって、なんだか眠くなってきた。眠って見ているはずの夢の中なのにとても眠い。
でも夢の中とは言え自分のキャラクターと話せる機会なんて普通は無いよね。おしゃべりしてみたい!
「それに逆らわないで」
ええっ、少しぐらい良いじゃないと思ったのだけど、眠気を払い感覚をはっきりさせようとしてもどんどん意識が遠のいていく。
彼女が何か話しかけてくるけれど、ほとんど分からないや。
「……に…………お返しします……」
泣きそうな顔で彼女は何かを言っているけど、ほとんど何も聞こえない。
彼女はそっと私に近付いてくる。綺麗な顔がもったいない。泣かないでと言いたいのに、声も出せない。
この夢を忘れたくないな、なんて思っていたら、それを最後に私の意識は途切れた。
倒れたわたしを、彼女が抱きとめたことだけは分かった。
プロローグ読了ありがとうございました。
12話で最初の一区切りとなります。