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第6話 ナビゲーションゴーレム

「おはようございマス、キョウタロウ様。昨夜はよく眠れましタカ?」


「……はい」


 女性の問いかけに、とりあえず嘘で答える。


 あまりよく眠れなかった。


 不眠の原因には山ほど心当たりがあって、目移りするほどだ。


 棺桶に片脚を突っ込むような衝撃事件の怒涛のラッシュで、神経が高ぶりに高ぶりまくっていて、一晩たった今でも、ややもすると総毛立つ戦慄が鮮明によみがえる。


 なんか最後の方は、詩織ちゃんのエキセントリックな走馬燈に感化されて、どこぞの大佐殿みたいな極端な選民思想に支配されちゃったりと、どう考えてもまともな精神状態ではなかった。


 まあ、おかげでアークセルフの威圧感に負けずに振舞うことができたのは良かったが、多分、ドーパミンとかアドレナリンとか、脳内麻薬の分泌がヤバいことになっていたに違いなく、その影響はしばらく残りそうだ。


 だがそれは間接的な原因で、もっと直接的な、直撃的な原因が二つある。


 一つはスキルレベルアップの爆音ナレーションだ。


 異世界生活の文字通りの生命線となった固有(ユニーク)スキル〈呼吸(レスピレーション)〉は、ついにLv9にまで成長した。


 最初は注射針を通しての蚊の呼吸のようだったものが、濡れたマスクをつけてやる肺活量のトレーニングくらいにまで苦しさが軽減している。


 その代償として、夜間から朝にかけて、四回もレベルアップナレーションで起こされ、そのたびに心臓がろっ骨の中で跳ね回り、冷や汗が噴き出した。


 放置系のスキル成長システムはありがたいが、通知のたびに寿命が縮むリスクがセットなのは、代償というよりもはや拷問である。


 もう一つの不眠の原因は、起床の挨拶をしてきた少女だ。


 僕は、スタート地点の牧草地から見えた、あの集落の中の一軒にお世話になっている。


 集落の住人は牧畜や農場を営む親類縁者がほとんどで、人口は三十人程。


 僕が泊めてもらったのは、集落の代表者に当たる人の比較的大きな家の一室で、普段から客人用の寝室として用いられているものだそうだ。


 六畳ほどの窓が二つある角部屋に、椅子とテーブルが一式、一人用のベッドと洋服箪笥が置いてあり、きれいに片付いている。


 どの調度も、切り出した木材の木目がそのままの飾り気のない実用一点張りのものばかりで、どれもだいぶ年季が入って落ち着いた色合いをしている。


 その素朴な色合いの部屋の片隅に、周囲から逸脱したメタリックシルバーの違和感の塊が直立不動で存在をアピールしている。


 一言で言うと、銀髪銀眼のメイド服を着た美少女だ。


 銀髪銀眼の銀は、白髪とか白内障の例えではなく、本当の銀色、メタリックシルバーで、アークセルフの黄金色の頭髪と眼と同じく、僕のいた世界ではありえない色調だ。


 少女は部屋の片隅で、両手を腰の高さで礼儀正しく重ね、完璧に折り目正しい姿勢でたたずんでいる。


 彼女がどういう存在なのか、改めて確認してみる。


 寝不足ではあるが、横になったおかげで多少は疲労が解消され、昨日よりはだいぶましに動くようになった頭の中に、昨日のアークセルフとの会話を呼び起こす。


『彼女がこれからしばらくのあいだ君の生活を援助するナビゲーションゴーレムだ』


『初めまシテ、キョウタロウ様。ナゴムと申しマス』


 そう言ってナビゲーションゴーレム・ナゴムは、腰をきっちり90度に曲げ、深々とお辞儀した。


 ナビゲーションゴーレムだからナゴムというのは、いくら何でも安直すぎるネーミングな気がした。


『いわゆるシルバーゴーレムなんだけど、実際のところ肉はシリコン樹脂、骨はチタン合金、血液は水銀、神経系は金、その他微量の各種レアメタルで構成された、複合(コンポジット)素材(マテリアル)ゴーレムだ。地球風だと、アンドロイドとかガイノイドと呼んだ方が通りがいいかな? 動作原理は全く違うけどね』


 ナゴムも、先だってのテーブルや茶器と同じく、アークセルフが手品のようにどこからともなく出現させた。


 ファンタジックな世界観ではなじみ深いゴーレムというと、岩や金属でできた単純な造作の武骨な巨人、というイメージがあったが、ナゴムはどちらかというと妖精とかエルフのように繊細で可憐で、ゴーレムというごつい語感は実態にまったくそぐわない。


 強いてゴーレムっぽいところを挙げるとすれば、あまりに完璧すぎる人工的な美貌と、その美貌をただの人形の頭部に貶めているガラスの砂漠のような無表情だろう。


 人形以上、人間未満。


 不気味の谷の底に彼女はいるようだった。


『今日はいろいろあって疲れたろうから、詳しい案内は明日にして、今夜はそこの集落でお世話になるといい。ナゴムが仲介してくれるから、多分大丈夫だろう。早く下着も替えたいだろうしね』


 僕のパンツの中は、近年まれにみる大惨事になっていて、この年齢でそれを指摘されるのはかなり恥ずかしかったが、全身血まみれの軍服と比べれば事件性が無い分、いくらかましだと、強引な理屈で自分を慰める。


 そんなこんなで、アークセルフと別れた後、ナゴムと一緒に集落で宿泊場所を確保し、今に至る。


 で、なぜ彼女が不眠の原因かというと、彼女が一晩中、部屋の片隅でずーっと立ちっぱなしだったからだ。

 

 しかも、微動だにせず、どころか瞬きひとつせず、ずっとこちらを見つめたまま。


 ホラーだ。


 しかも、部屋の明かりを消してから気が付いたが、彼女の銀色の目はほんのり発光していて、暗い部屋では二つの目だけが浮かび上がってこちらを見ているようで、なおさらホラー感がマシマシになっている。


 まともに眠れるはずがない。


 頼る者のない異世界初夜を迎えるにあたり、とりあえず誰かがそばにいてくれるのはありがたい話ではあったが、見た目が同年代の少女を立たせっぱなしで自分だけ寝こけるというのは罪悪感もすごい。


 別室での待機や、せめてベッドを使って休んでもらうように勧めたのだが、『ゴーレムなので、お構いなく』の一点張りで取り付く島もなく拒否された。


 一応、安全管理とかなんちゃらとかそれっぽい説明を受けたのだが、なにがどうして『ゴーレムなので』でこんな理不尽がまかり通るのか到底納得できはしなかった。


 だが、あのきれいな無表情で断言されてしまっては、詩織ちゃん以外の女子とまともに話などしたことのない僕に、もはや交渉を続行するだけの気力は残されていなかった。


「あの……ナゴムさんは」


「ナゴム、で結構デス。お気に召さなければ、気さくに『おいメスブタ』とお呼びくだサイ」


 どうしよう、僕のいた世界と気さくの概念がだいぶ違う。


「えーっと、じゃあ、ナゴム、僕のことも様付けしなくていいですから、京太郎って名前で呼んでもらって大丈夫です」


「わかりまシタ。おいブタ」


「あの、ブタは候補に入れてません」


 思ったより距離の詰め方が急で独特だった。


 ヴェルンボルグだと、ブタ呼ばわりは親しみを表す一般的な愛称なのだろうか。


「わかりまシタ、キョウタロウ」


「ところで大丈夫ですか? 一晩中立ちっぱなしで寝てないですよね? 少し休んだ方が」


「ご心配無用デス。ゴーレムは眠りま……」


 しゃべっている途中で、ナゴムの首がカクリと揺れた。


「……ゴーレムは眠りまセン」


「いや、今ちょっと意識トんでましたよね」


「データ収集完了。キョウタロウが誤解なされている可能性100%」


 急にロボっぽいゴーレムアピールしてきた。


「目の下が真っ黒なのは……」


「サビの可能性120%」


「くま……」


「サビデス」


 ゴーレムアピールで乗り切る決意を固めたらしい。


 なんだかいじめているような感じになりそうなので、これ以上追及するのはやめて、着替えることにした。


 と言っても、この家の主人から譲ってもらったお古の農作業用の上着とズボンを下着の上から着るだけだ。


 ひどい状態だった元の下着と制服は、最期の気力を振り絞って昨夜のうちに洗わせてもらい、外の物干し場を借りて干してある。


 あまり動くのに適した格好ではなかったので、農作業用の丈夫で動きやすい服が入手できたのはありがたかった。


「朝ご飯まで用意していただけるって話でしたよね。そろそろ朝のご挨拶に行ってもいいんでしょうか……どうしました?」


 服を着てナゴムの方に向き直ると、彼女の様子がなんだかおかしい。


 顔は相変わらずの無表情なのだが、なんだか微妙にぷるぷる震えている。


「だ、大丈夫なんですか?」


 さらによくよく見ると、ナゴムは無表情ながら、乳白色の下唇をかみしめ、腰の高さで行儀よく揃えた手で、メイド服の生地をきつく握りしめている。


「……キョウタロウ……冷却液排出のご許可を……ふぅっ……緊急要請いたしマス。臨界突破までの……くぅ、カウントダウンを……んん、開始しマス」


「許可! 許可許可許可します! カウントダウンとかいいですから! すぐ行ってください!」


「ご命令を実行し……」 


 返答の末尾は聞き取れなかった。


 言うが早いか、返答を言い切る前に、銀色の残像を残してナゴムは姿を消した。


 途端、部屋が轟音とともに揺れた。


 常識外れの高速挙動の余波で部屋の中の空気がシェイクされ、暴れまわる嵐が窓をびりびりと鳴らし、僕はその風圧に突き飛ばされ、ベッドの上にしりもちをついた。


 風が静まり、天井からぱらぱらと落ちるほこりを眺めながら、そのままベッドに腰かけて呆然と待っていると、部屋から出た時と同じような嵐を伴って、ナゴムが元の部屋の片隅に何事もなかったかのようにいつの間にか戻っていた。


「……」


気まずい空気の中、しばし無言で待っていると、ナゴムが口を開いた。


「……キョウタロウが誤解なされている可能性100%」


「いや、100%誤解じゃないですよ! 僕の知ってるゴーレムとかそういうのとだいぶ違いますよね!? 無茶苦茶無理して眠いのとかトイレとか一晩中我慢してたんですよね!? 脚とか大丈夫なんですか!?」


「ゴーレムは眠りまセンし、トイレにも行きま」


 きゅううぅぅぅぅぅ、くるるううぅぅぅ、きゅぅ。


 ナゴムのおなかのあたりから聞こえてきた、かわいらしい小動物の鳴き声のような音が、彼女の釈明を途中で遮った。


「……燃料補給のご許可を、キョウタロウ」


「……そうですね」


 僕もおなかが減っていたので、彼女を伴って部屋を出た。


 




「まず、キョウタロウが取り組むべき優先事項は二つあるかと思われマス」


 朝食後、二時間ほどしてから、僕とナゴムは家の裏庭にあたる一郭にいた。


 ちなみに、ナゴムは特別な燃料カプセルとかではなく、普通に僕と同じメニューを馳走になった。


 メニューは全粒粉のパンと野菜スープで、ナゴムは僕の三倍食べた。


 その間、三回寝落ちして、うち二回はスープ皿に頭から突っ込んだ。


 その後、『エネルギー転換のため、一時間のスリープモードに移行しマス』と言って、僕が使っていたベッドですやすやとちょっと早いお昼寝タイムに突入した。


 一時間と言っていたが、結局二時間ぐっすりお休みになった。


 彼女が寝ている間、僕は家の主人を手伝って食器を洗ったり、家周りの草むしりをして過ごした。


 この世界に四季があるのかはまだわからないが、草原を吹き渡る涼しい風は乾燥していて、転生する前の日本の秋の気配と似たような感触で、草むしりをしながら風に吹かれていると、ふと霞のようにうっすらとしたホームシックの気配に襲われた。


「申し訳ありまセン。通信環境が不安定なため、定期アップデートに予想より時間がかかりまシタ」


 色々と突っ込みたいことはあったが、遅刻してやってきたナゴムは、寝乱れた服や寝ぐせもそのままだったので、何も言わずにやり過ごした。


 話は戻って。


「二つの優先事項?」


 はい、とナゴムが無表情にうなずく。


 目の下のくま……もといサビはだいぶ薄らいでいた。


「ステータスと、超越存在の支援の有無の確認デス」


「超越存在?」


「転生者の中には、強力な力を持った存在から支援を受けている方もいマス。よく聞くのは、神や天使と名乗る存在デス」


 はっ。


 そういえばすっかり女神ポプラのことを忘れていた。


 転生前にポプラは、「24時間体制のサポート」とか、「詳しいことは転生してから」とか、こっちに来てからあれこれサポートしてくれるようなことを言っていた。


 が、ふたを開けてみれば完全に放置である。


 転生直後から現在に至るまで、助けが欲しい場面しかないと言ってもいいくらいのピンチの連続であるのに、サポート担当女神というそのものずばりの肩書を持つポプラは、その仕事をしている気配すら現わさない。


「まずは、自分が利用可能なリソースを把握していなイト、何をするにも危険デス。キョウタロウが自立した生活を確立するために役立つ仕事はいろいろありまスガ、超越存在の支援込みの力量がはっきりしなければ適切な仕事を紹介できまセン」


 異世界転生三時間後に、自分の力を過信して強力な魔獣に挑んで死んだ転生者の前例がありマス、とナゴムが淡々と述べる。


「超越存在……には心当たりがあります。女神です。ポプラって名乗ってました」


「女神……ポプラ?」


 女神の名前を聞いたナゴムの手の中に、いつの間にか立派な革表紙で装丁された、広辞苑のようなごつい本が抱えられていた。


 それをぱらぱらとめくる。


「ポプラ……ポプラ……記録がありまセン」


 どうやらナゴムの手の中のごつい本は、超越存在に関する名簿のようなものらしい。


「なんか、アルバイトとか言ってました」


「……失礼ですが、あまり大きな支援は期待できなさそうデスネ」


 まったく同感だった。


「最近創生した神か……未知の勢力か……コンタクトは取れマスカ?」


「どうやって取ったらいいのか分からないんです。向こうからもありませんし、どうすればいいんですか?」


「心の中で呼びかけるタイプが最も多いデス。実際の声で会話するタイプがそれに次ぎマス。前例は少ないデスガ、超越存在がこの世界に何らかの実体を持ち、転生者に同行するタイプもありマス。もちろん、転生後は全く関与しないタイプも少なくありまセン」


「しつこいくらいサポートするする言ってはいたので、最期のタイプは無いと思いたいんですけども……」


 高額商品購入後、まったく連絡が取れなくなる悪徳商法がちらりと頭をかすめ、不安がよぎる。


「でしタラ、呼びかけてみまショウ。やってみてくだサイ」


 簡単そうに言われたが、どうやるのかよくわからない。


 とりあえず心の中で、『女神様』と呼び掛けてみる。


 返事はない。


 『女神様、女神様、聞こえたら返事をしてください。もしもーし』と呼びかけを継続するが、それらしい応答は得られない。


「心の中で呼びかけて応答がないようでしタラ、今度は声に出して呼びかけてくだサイ」


 ちょっと恥ずかしかったが、背に腹は代えられず、口の両脇に手を当て、即席のメガホンを作り、ナゴムの言うとおりにする。


「……女神様ぁー、聞こえますかー? 聞こえたら返事をしてくださーい。皆野京太郎でーす。すごく困ってまーす! 助けてくださーい!」


 後半になるほど自暴自棄の衝動が強まり、声が大きくなった。


 お世話になっている家の主人や近所の人に聞こえたらどうしようと小市民的な心配も大きくなる。

 

 うららかな日差しが降り注ぎ、さわやかな風が目を覚ますような鮮やかな草のにおいを運んでくる最高に気分のいい昼前のひと時に、自分はいったい何をやっているのかと、だんだん馬鹿らしくなってきたころだった。


『ぴんぽおーーーーーん!!!!!』


「ぐああああっ!?」


 女神への呼びかけに集中するあまり、油断していた。


 裏庭に響き渡る通知音の爆発を鼓膜にもろに食らって、思わずひざまずいてしまう。


 地味にこんなことが続いたら難聴になってしまいそうだ。


 ナゴムの方を見ると、彼女は耳を塞いで平然としている。


 さっき冷却液の排出とやらに行った時の高速挙動からすれば、音が発生してからでも余裕で耳を塞いで防御できたとしても不思議ではない。


 続くナレーションに備え、耳を塞ぐ。


 だが、予期していたレベルアップのナレーションではなかった。


『スキル習得条件を満たしましたっっっっっっ!!!!!』


「なにぃ!?」


 ここに来て新スキル!?


固有(ユニーク)スキル〈女神との通信(オラクル) Lv1〉を習得しました!!!!!』


「それもスキルなのかよおおおおおおおおっっ!!!!!」


『もしもーし? どなたですかぁー?』


 僕の魂の絶叫とは対照的に、聞き覚えのある女神ポプラの声は、どこまでも能天気だった。


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