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ヤマト視点
一体何が起きたって言うんだ。
映し出されているテレビには、週末の映画番組が放送されていて、演技が評価されている女優さんが古びた洋館を歩いている。女優さんの周りは非常に暗く、いかにも何かが出てくる雰囲気をかもしだしていた。
バタン、とドアが閉まる音がする。女優さんが恐怖に顔を歪めるのと同時に、俺の手がぎゅぅぅぅと引っぱられる。
俺は視線を腕に向ける。そこにはレナが女優さんと同じように顔を恐怖に染め、俺の手を必死に掴んでいた。
一体どうしてこうなった。
確かに俺がレナに対してしてあげたことは、感謝されることであるとはおもう。だけどそれはそれだ。しかし同じ家に住む赤の他人で、ミジンコぐらいの感情しか持ち合わせていなかったであろうレナが、こうまで変わるだろうか?
『隣座って良い?』
そう言われたときは反射的に許可したが、あのときは心臓が飛び出るかと思った。ウサギのすぐ横にトラが座るような、そんな感じだった。
しかもだ。こんなに大きなソファーなのに、なぜか俺の近くに座る。一体なぜ? しかも体が触れそうなくらい近づかれ、パーソナルスペースなんて無くなってしまっているかのようだ。ホラー映画が始まってからは、『その、手を握ってもいい……?』と言われ、手とはいえ肌と肌が触れ合っている。
あまりの変わりように、違和感を禁じ得ない。彼女は何か悪い物でも食べてしまったのだろうか。病気にでもなってしまったのだろうか。実は今日が週末ではなくて終末なのだろうか。これから大地震が来て火山が噴火でもするのだろうか。
レナは今も集中してテレビを見ている。そのレナの目は非常に綺麗だ。マリアさん譲りの蒼い瞳は、見ているだけで吸い込まれそうになる程美しい。また少したれた目尻は、本人の性格がどうであれ、優しい印象をこちらに与えてくれる。そしてこの絹のように美しいプラチナブロンド。俺が一生かけて髪の手入れをしても至ることの出来ないであろう、なめらかでみずみずしいその髪は、まるで一つの生き物のようだった。
テレビがCMに入ったのだろう。急に軽快な音楽に変わり、レナがこちらを向いた。目に掛かった前髪を耳にかけ、首をかしげながらこちらを見る様は異様に艶めかしくて、思わずどきりとして視線を下に向けてしまった。
「どうしたのお兄ちゃん……もしかして……臭い?」
レナはそう言って俺の手を離すと、少しだけ身を離した。
まずい。そう思った。ただでさえレナのトラウマになっている『臭い』だ。それはもう払拭されたし、気にしなくて言いのだと俺は伝えなければならない。でなければ、レナはまた臭いを気にしてしまう。
俺はすぐにレナに身を寄せ、顔を近づける。臭さなんてこれっぽっちも感じないし、むしろレナが最近使い始めたシャンプーの香りがする。そういえばレナはあの日からこのシャンプーを買い始めた。
「良いにおいだよ、レナ」
レナは嬉しそうに、それも照れくさそうに顔を下に向ける。そして少し赤い顔をあげると、俺の目をじっと見つめた。
レナはやっぱり美少女だ。よくよく見なくても分かっていたことではあるが、こうまじまじと見るとそれが身にしみて分かる。そしてぼうっとレナを見ていると、だんだんと体が近づいてきているような。
あれ、なんか近くね?
あの、何で俺の腕をがっしり掴むんですか?
その、顔を真っ赤にして体を震わせているのはなぜ?
「お、おにいちゃん。その、ね……」
「な、なんだ?」
レナの緊張が俺にダイレクトで伝わり、俺もまた一緒に緊張してしまう。
「その、ね。言いたいことがあって……」
「言いたいこと?」
「そう」と蚊が飛ぶようなか細い声で言うと、レナは小さく深呼吸する。
「あ、あのね……い、いつも、ありがとっ、 」
一章完! 短編分終わり!
学校はまだ行かねえからな、伏線ぜーんぶ投げ終わってからだからな!