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レナ視点


 一体どうすれば良いのだろうか。

 母は私の苦しみを一切分かってくれない。この臭いに私はどれだけ苦しめられた事か。


 学校に行くのがいやだった。


 女子に仲の良い友達は居ない。この臭いもそうだが、私のこの造形もまた、あいつらはいやだったらしい。ただ男子はたまに声をかけてくれる人も居た。しかしそれはほぼ私の体が目当てなようで、卑俗ひぞくな視線で私を見ていた。


 電車に乗るのがいやだった。


 何かしらの空間で閉じ込められるのがいやだった。私の体から溢れる腐臭は、辺りの笑顔を枯れさせるのと同時に、小さな悪意となって私に向うからだ。だから電車やバスに乗っていると全員が敵に見えた。だけど乗客にとって敵なのは私なのだ。


 コンコン、と部屋がノックされる。叩き方で分かる。コレは義兄ヤマトだ。

 アイドルを追っかける気持ちの悪い義兄だ。

 見た目はまあそれなりにイケメンではある。しかし彼は自分が自由に使えるお金を全てアイドルグッズに替えるほどのファンだった。アイドルに人生を捧げてるような、そんな兄だった。


 以前、義兄ヤマトが階段で足を滑らせ、転げ落ちたことがある。そのとき彼は自分の手で身を守らず、アイドルグッズを腹に抱えたのだ。転げ落ちて真っ先にグッズを確認するその姿にどん引きした。多分アレはアイドルに自分の身まで捧げてしまったのだろう。


 私は立ち上がると、ドアを開ける。

「なに?」


 ドアの前にいたのはやっぱりヤマトだった。大和はじろりと私の胸元を見た後に、小さく息をつく。

 その低俗な視線は、クラスメートと同じだった。何でこんなヤツと一緒に暮らさなければならないのだろう。私は何度母さんを恨んだことだろうか。義父さんはいい人だったのに、なんで彼はこんなのなんだろう?


 だけど私がヤマトの悪口を言うと、決まって母さんはヤマトの肩を持った。手伝いもしてくれるし、要らないと言ってもお金を入れてくれるし、今まで出会ってきた子の中で一番良い子とまで言った。そしてそう思うのは私が悪いみたいに言うのだ。

 ヤマトは私の前にコンビニの袋を差し出した。


「え?」

 ヤマトは何も言わなかった。代わりに私の手を掴み袋を持たせると、すぐに部屋を出て行ってしまった。

「なんなの……」

 私は渡された袋を開ける。一番先に目に入ったのはワキガの手術費用が書かれた、チラシだった。そしてその隣にあったのは。


「通……帳?」


 月見里大和やまなしやまと、どう見ても義兄の名前が書かれた通帳だ。私はその通帳の金額を見て思わず目を疑った。一、十、百、千、万、十万、百万。そしてふと手に持ったチラシを見て、すぐさま理解した。


 ヤマトが手術費用を捻出したのだ。自分の手術費用ではない。私の手術費用を。一体どうして私にこのお金を? 一体どうやって捻出したのだろう?

 私はすぐにドアを叩きつけるように開けて、ヤマトの部屋に駆け出した。そしてヤマトの部屋を殴りつけるようにノックすると、少ししてドアが開いた。


「どうした?」

 私は言葉を発せなかった。


 ヤマトの部屋には無かった。あれだけ壁一面に貼っていたポスターは無くて、ほんの少し日焼けした壁しか無かった。CD、写真集、パンフレットなどが置いてあった棚はほぼ空っぽだった。アイドルの顔写真が貼られたペン立てには、ライブの時に使うペンライトをたくさん立てていたのに、今は何もない。タオルもTシャツも帽子もキーホルダーも。荷物が置いてあるのは机の上に広げられていた勉強道具と小物類。そして、コルクボードに貼られた写真だけだった。


 その写真はイギリスで知り合ったらしい老若男女と肩を組んで笑っていた。その隣にはお母さんの実家で撮った写真が貼られていて、そこには私も映っていた。

 部屋が広々として見えた。何も無くなってしまっていた。

 声を出そうとして声を出せなかった。


 ヤマトは私の持つ通帳を見て、フッと微笑むと。

「気にしなくていい。ちょうど春休みだし、都合が付いたときに行っておいで」

 と言った。

 結局ヤマトがドアを閉めるまで、何も言うことは出来なかった。私はこぼれる涙をぬぐいながら、重い足取りでお母さんの元へ向った。


 お母さんは私の顔を見て、持っていたリモコンを放り投げた。私は相当酷い顔をしていたのかも知れない。

「一体どうしたの!?」

 近寄って私の肩に手を乗せる母さんに、私は持っていた通帳とチラシを渡した。

「ヤマトの………このお金は…………っ!?」

 お母さんは通帳を持って絶句していた。わなわなと手が震えていて、瞳孔が収縮している。私と同じように目の前に有るものが信じられないようだった。


「ヤマトの部屋にあったグッズが、無いの。何にも無いの……。ポスターもTシャツもCDも本も……何にも無いの……」

 お母さんはヤマトがあのアイドルにどれだけうつつを抜かしていたか知っていたはずだ。気持ち悪いぐらい所狭しと並べられていた、あのグッズ群を見ていたはずなのだ。


「ヤマト……」

 呟く母さんの胸に顔を押し当て、声を殺して泣く。お母さんの冷たいけれど柔らかな手が、私をなでてくれた。

「おがあさん、どうじよう」

「…………レナには言ってなかったんだけど、実は……お兄ちゃんはずっとレナのことを心配していたのよ?」

「……んぇ?」

 私は押し当てていた顔を離し、お母さんを見つめる。眉根を下げ、何かを懐かしむような表情で、お母さんは話し始めた。


「お兄ちゃんね、ずっと言ってた。自分の大学はバイトと奨学金でなんとかするから、レナにお父さんのお金を使ってくれって」

「う、うそ……」

「嘘じゃないわ。ずっと貴方のことを心配していたの。でもね私はお父さんのことがあるから、あのお金はどうしても使いたくなかった。絶対に。だから私はずっと断っていたの」


 お母さんの言うとおり、義父は私とお母さんを窮地から救ってくれた。だからお母さんはヤマトを何が何でも立派に育てると誓っていたはずだ。

「ヤマトの決意は分かったわ。もう売ってしまった物はどうしようもないし、お兄ちゃんに感謝してつかいましょう」

 売ってしまった物は、どうしようもないと聞いて、私は顔をお母さんの胸に押しつける。涙は涸れることはなくて、ボロボロと頬を伝っていく。


「……だからお兄ちゃんはとても優しいって、言ったでしょう?」

「…………うん」

視点が変わるたびに1話として投稿しようと思います。

そのため1話の文字数はバラつきが有ります。ご了承ください。


なお1話が長すぎる場合も複数話にする場合があります。

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