12 みすず視点
大和と別れ一人街頭で照らされた道を歩いて行く。家まではもう少しだ。
彼はスーパーに行ったが、はたして本当にスーパーに行くのが目的だったのだろうか?
私を送り迎えするための口実ではないかとも思ってる。
たまたまスーパーへ行かなければならなくなって、それで退店する大和と鉢合わせしたことがあるけれど、彼は何も手に持っていなかった。
用もないのにわざわざこちらまで来る? それから気になって一緒にスーパーへいく事があったけど、彼はたまに何も買わない時があった。
実は本当にたまたまで、私が意識しすぎてるだけ?
自分の部屋に入ると、荷物を投げるように置いてベッドに身を投げ出す。そして、そばにいた人形を手に取りぎゅっと抱きしめた。
「大和」
彼の名前をつぶやく。
大和の良いところの一つは、気遣いが非常にうまいことだろう。ちょっとしたことで私を、クラスメイトを気遣ってくれる人だ。多分家でも彼はそうなんだと思う。
彼の妹が本当にうらやましい。彼女は今一緒に住んでいながら、結婚もできるのだから。
「レナちゃん、ね…………それにしてもカレーかぁ」
なつかしい。私が彼と初めて一緒に作った料理はカレーだった。
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あのときの私はクラスの中で孤立し、もう今後誰も頼れる人が居ないのではないかと思っていた。
その思いが強すぎたんだと思う。だから普段通りに会話してくれただけだったのに、号泣してしまったのだ。
大和は焦りながらも、私を落ち着かせながら保健室に連れて行ってくれた。
そして号泣する私を前に、非常に落ち着いた様子で私の話を真剣に聞いてくれた。
彼は私から直接事件の事を聞きたかったのか、事件のあった日のことから事細かに聞いていった。事件があった日のことを聞いて、少し首をかしげていたのを覚えている。そしてすべてを聞いて彼は。
「そっか。大変だったんだな。みすずはすごいな」
そう言った。お父さん以外で私を信じてくれたのは初めてだった。私が落ち着くまで彼は私のそばに居てくれた。
それから保健室の先生は、寝て少し休むと良いわと言ってくれたので少し寝ることにした。泣きすぎたせいか、眠くもあったから。
ただ、彼は授業のため保健室を出て行った。
目が覚めて私は、まずなにより大和を探した。なぜかは分からない。起きてすぐに頭が、体が大和を欲した。
そして今居る場所が保健室だと気がついて、大和が居るわけないと納得して、今度は家に帰りたいなと思った。
しかし逆に、帰りたくないなとも思った。
今、あの家にはあの人しか居なかった。仕事が出来ず使えない子を見るような、冷たい視線で私を見たあの人しか居なかった。
居るのが父だったら良かったのにと思うけれど、父は仕事だから夜まで来ない。
でも、夜に父が居るから、とはいってもあまり帰りたくなかった。あのときの二人はいつも喧嘩していたから。
詳しくは聞いていないから憶測だけど、父はあの人が浮気をしていたのをこの時点で知っていたのだと思う。もしかしたらもっと早くから知っていたのかもしれないけれど。
保健室の先生は私の様子を見てこれからどうするかを聞いた。私は帰りたくない、授業に出たくないだなんて、非常に困らせるようなことを言ったし、先生は本当に困ったと思う。最終的に「ちょっとだけ授業がんばってみない? 駄目だったらすぐにここへ戻ってきて良いから」なんて説得され、私は保健室を出た。
一歩、また一歩と歩くたびに、心臓の鼓動が大きくなっていった。実は心臓が肥大化して倍ぐらいの大きさになっているのでは、なんて思った。それでいてやけに体は重たくて、特に肩と足には何かが掴まっているような気分だったし、目の前が地震があったかのようにぐらぐら揺れていた。
教室の前に到着した私は、意を決して教室のドアを開くと、視線は私に集まった。
ああ、また嫌な視線を投げかけられる、それを考えて、泣きそうだった。来るべきじゃなかった、そう思った。
足を止め、下を向き、スライド式の鉄枠を見ながら唇をかんだ。心の中で諦めと胃を圧迫するような絶望が生まれ、更に重たくなった足を無理矢理動かし、ゆっくり進んでいった。
そして自分の席について机から教科書を取り出して気がついた。
雰囲気がおかしい。
私は泣きそうになりながら、困惑していた。向けられる視線が明らかに違かった。そして気がついた。
お金を盗まれたと言い張っていたあの女の子が居ないこと。
大和が居ないことを。
私が意を決して近くの女子に話しかけて聞いてみると、彼女と大和は早退した事を教えてくれた。
そして……謝られた。
彼は教室で奇跡を起こしていた。
私はすぐにでも大和に会いたくて会いたくて仕方が無かった。しかし私は授業を受けた。彼に会いたくても、どこに行けば良いか分からない。そのときはまだ彼の家には行ったことがなかったから。
帰りのホームルームで、苦虫をかみつぶしたような表情の担任に『残ってくれ』と言われたけれど、私はすぐに鞄を掴んで教室を出た。
先生とは話したくもなかった。
今思えばだが、第三者で一番苦労したのは担任だったのかもしれない。事件の処理、私たちへの対応、親たちの仲裁。考えれば考えるほど面倒で、心が潰されるようなプレッシャーを親たちからかけられたのではないだろうか。
でも親たちが集まったときに、私が盗んだという前提で話を進めた担任だから、同情する気など毛頭無いし今も大嫌いだ。
教室を出た私はとりあえず家に帰ることにした。でも家には居たくなかった。
帰り道にある公園の門を見て、とりあえず荷物を置いて公園に居ようかなと思い、視線を外そうとしたときだった。
彼を見つけたのは。
彼は公園のブランコに腰掛け、雑草のような物を握りしめ呆然としていた。
私が駆け寄ると、彼はゆっくり顔をこちらに向け、私の名前を呼んだ。
「みすず?」
立ち上がった彼に私は勢いよく抱きつき、また泣いてしまった。枯れ果てたと思っていたけれど、また涙はあふれ出てきた。
「大和っ……ありがとう、ありがとう大和っ…………」
「え、あ、ちょっと待て。お、俺なんかしたっけ?」
と彼は惚けた。嘘ばっかりだった。いくら感謝してもしたりないぐらいの事を彼はしてくれたというのに。
また号泣した私を、大和は公園に備え付けられているベンチに連れて行ってくれた。
そして自分のポケットからハンカチを出すと、さっと下を拭きそこに私を座らせ、ドブに落ちた話や、看板にぶつかった話や、野良犬の糞を踏んだ話や……自分の失敗談を語って、私を笑わせようとしてくれた。
でも感情が爆発した私が泣き止むのには、少し時間が必要だった。
落ち着いた私が真っ先に思ったのは彼に『恩返し』がしたいだった。
「ねえ、大和、私、恩返しがしたいの。何か出来ることが無いかな? あれば何でもするよ」
私はそう言うと大和は困ったように笑った。しかし。
「別になにも……あっ」
彼は先ほど握っていた雑草、大根の葉っぱのような物とペンペン草を見て何かを思い出したのか、口を半開きにして何かを考え込んだ。
そして恐る恐ると言った様子で、私に尋ねた。
「みすずって……料理、できる?」
私と彼の深い交流は、ここから始まった。
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