11 ヤマト視点
前回いいところで終わらせておいて、
それを放置し別視点で書き始める著者の屑(自己紹介)
「あ゛あ゛ーくぁあああ、疲れたぁぁぁあ」
花の女子高生というより、キンキンに冷えたビールを飲むおっさんのような声を出し、みすずはぐっと伸びをする。それと同時に発育の良い彼女の体の一部分が、ぐっと強調される。
「お前はおっさんか」
「あー、言われてみればお父さんの癖が移ったかも」
「おっさんだ……」
そう言いながらこちらに向かってくる自転車を見て場所を入れ替える。スマホを触りながら蛇行運転をしていたが、危険だからやめて欲しい。
「いつもすまないねぇ、送って貰って」
みすずはそう言うとにぱぁと笑う。確かに彼女と帰ってはいるが、それはついでである。
「いや、普通についでだから」
みすずの帰る方角にはスーパーがあるのだ。バイトの帰りはちょうど良い時間で、半額の札が貼られた商品を購入できたり、スーパー内にある産直に出品している泣きぼくろが印象的な遠藤さんが、『大量』『安い』『美味しい』の三拍子がそろった果物や野菜を出す時間でもある。
俺は遠藤さんの野菜が大好きだ。見かけるたび、ついつい購入してしまう。たまに良いのがなくて手ぶらで出てきてしまうこともあるが、ご愛敬だ。俺の中でつけている統計によれば、それは水曜日に多い傾向がある。
「ふうん、そっか」
「そうなんだよ」
みすずは何も言わなかった。ただほんの少し微笑んで、それから前を向き自宅への道を歩いてく。
それから沈黙が訪れたが、不思議なことにみすずと一緒での沈黙は別に苦ではなかった。転校時に離れ離れになったものの、一緒に居る年月がそれなりにあるからか。
いや、一緒に居る時間だったら明らかにレナの方が多いが、レナと二人きりで沈黙になったら、ぼんやりとした居心地の悪さがある。
この雰囲気はみすずだから出せるのか。
少し歩いて行くと、不意に「あっ」とみすずが声を漏らす。
彼女の視線の先には小学生くらいの男女がいた。兄妹だろうか? うち女の子の方は泣いていた。男の子が真剣な目と表情で彼女の腕を引っ張り、前へ前へと進んでいく。
みすずはその様子を心配そうに見つめていたが、両親らしき人と合流するのを見て、胸をなでおろしたようだった。
二人を見て昔を思い出したのだろうか。
「ねえ。大和はさ、私がハブられてるとき、どうして声をかけてくれたの?」
笑みを消して、かすれるような声でそう言った。
その言葉を聞いて、自分の中で先ほどの小学生達の姿が、昔の俺とみすずに重なっていく。
あの二人と同じような状況が昔あった。彼女がガチ泣きしてしまって、俺は困って彼女の手を引いて……それでそのまま保健室に行ったんだ。
「どうして声をかけたかって……あのときのお前を見て居ても立っても居られなかったんだよ」
「……そっか」
そういって彼女は手を口元に当てながら微笑んだ。
あのときはみすずがハブられているのを知らなかった。親父が何日も家に帰ってこなかった時で、しかもお金が心許ないときていた。
雑草って食べられるよな? と真面目に思案していた時でもある。だから正直学校とか友達とかそれどころじゃなかった。頭の中が『今後どうやって生活しよう』でいっぱいだった。
そんな追い詰められていた時でも、みすずの雰囲気や表情がヤバイと思った。見る人からすれば普通のようにも見えたかもしれない。でも俺からすれば不安に駆られる表情だった。
今でも思い出せる。あの時の表情は、福笑いでかなりうまく作った人のような、ほんの少しのいびつさがあって…………それは大雨の時の山の地盤のように、少しでもきっかけがあれば崩れてしまいそうな顔で、もう居ても立っても居られなかった。
結局彼女は顔を崩してしまって、すべてを知ることになったのだが。
彼女がハブられてることを知ったのその時だった。
そういえば、あの後だ。クラスの雰囲気が最悪になったのは。結局みすずもあの子も転校してしまった。みすずは悪くなかったのに。
…………学校、ね。
「そうだ、みすず」
「どうしたの?」
「ふと思い出したお願いなんだが……ちょっとみすずにしか頼めないヤツだ」
「ほうほう、言ってみよ」
「なんでそんな上から目線なんだよ。……前にちょっと話してただろ。レナ……妹がさ、お前んとこの学校受かったって」
みすずは微笑んだまま、小さく頷く。
「それで、色々あってさ。レナ、この調子だと出席出来そうなんだ」
レナは今変わろうとしている。ワキガという一番のコンプレックスを解消し、このまま自分も変えようと努力していた。
そう、一番の問題である引きこもりを脱し、学校という一つの大きな壁を乗り越えようとしていた。
その前哨戦として明日の約束がある。
確かにあまり仲の良くないレナではある。でも少しでもうまくいくように信頼の出来るみすずに。
みすずはいつものように、笑うと俺の背中をバンと叩いた。
「任せてよ、シスコンさん」
「……バカ、それはマジでやめてくれ」
俺の学校では本当にシスコンだと思われてるんだから。
カラカラと本当に楽しそうにみすずは笑うと
「でも、面白いよねぇ、一番の美少女って言われて無意識に妹って答えたんだっけ? 噂のレナちゃんに会って見たいなぁ」
そう言って髪を耳にかけ、のぞき込むように俺を見た。彼女のさらされた耳と首は白くて柔らかそうで……。
すぐに目をそらすと誤魔化すようにため息をついた。
「もうすぐ会うだろう? 今現在お前に任せたいって相談中だよ」
レナを美少女と言ってしまったのは不可抗力だ。あのときは同時に二つのことをしていて意識が分割されているって言うのに「美少女だと思う人は誰?」なんて聞いてくる奴がいたから。だから何も考えず妹と答えてしまった。何もしていなければ無難にアイドルの名前を挙げていただろうに。
ただし本当にレナは美人だ。アイドルや芸能人に何度かあったことも有るけれど、見た目だけなら正直一番綺麗だと思う。
それにしても面白いよな。学校ではシスコンだと思われてるのに、家では冷戦状態だ。最近少しだけ雰囲気というか関係が変わってきたような気もするが。
「美少女だったら私の名前を出せば良かったのに……」
「何を言ってるんだ……まあお前は美少女と言うよりカワイイだからなぁ。美人というくくりだったらレナや母さんだな」
みすずがレナを見たら、何この美少女!? 何てものを隠し持ってたの! だなんて驚くだろう。確実に。
「おっ、シスコンだけではなくマザコンもでしたか?」
マザコンか。マリアさんなら別にマザコンでもかまわない。本当に美人だし何より優しい。
そういえばイギリスに行ったときに会ったフィンランド出身らしいマリアさんの母も、上品で知的で、やっぱり美人だった。
アレは血なのだろう。
「ファザコンのお前に言われたかない」
「ねえ、家族の写真ないの?」
「無いよ。レナと一緒に写真を撮ることがまず無い」
昔は撮ったことも有るが……今はマリアさんが持ってることだろう。
「それよりもファザコンは否定しないのかよ?」
「ファザコンは否定しないし、大和だってマザコンを否定しないでしょ? そもそも私たちはそれを悪い意味として捉えてないんだから意味ないし。対外的に見たらアレなのかもしれないけど」
「確かに……っとメッセージだ」
俺はスマホを手に取ると、そこに表示された名前を見て一瞬息をのむ。
「何、誰だった?」
「……妹」
『お仕事お疲れ様です、明日はよろしくお願いします』
小さく息を吐く。
「実はさ…………明日レナと二人でカレーを作るんだ」
引きこもりの妹がまず一番にしようと考えたのは、外出である。マリアさんの付き添いなしの外出である。でも最初は一緒に来て欲しいと、レナにお願いされた。
マリアさんは目線と表情で俺に「お願い」といっていたが、それがなくても受けるつもりだった。正直、俺もレナが心配だった。ネットショップと宅配に頼り切って居た彼女を見て居たから。
外出場所は俺が決めた。まず近くのスーパーに行って買い物しようと。
そして提案をした。料理を作らないか、と。レナは迷いながらも頷いた。
外出はレナのために、料理はマリアさんのために。
マリアさんはレナに自立して欲しいと思っていたから、レナが家事を……料理をしていれば喜ぶはずだ。そう思ったのだ。
俺がカレーを作ると言ったからだろう。みすずは「そっか」と言うと懐かしむように空を見上げる。そんな彼女につられて俺も空を見上げた。
藍色に染まった空にいくつもの星がキラキラと輝いていて、少しだけ欠けた月がこちらを照らしている。オリオン座のベテルギウスから、おおいぬ座のシリウスをたどっていると、彼女はつぶやくように言う。
「大和……覚えてる?」
「もちろん覚えてるさ……」
料理に関しては彼女のおかげ、だからこそ。
「ありがとう」
そう、伝えた。





