8話 地下室と正義
高校の頃を思い出しつつの戯れ
これで第一章が終わる感じですね。
ヒストとともに階段を駆け降りる。爆発音はおそらく1階。最も人の出入りが多いところである。事故にしろ、事件にしろ、一般市民に危害が及ぶ可能性は十分にある。怪我人を出すわけにはいかない。一応、自分も一般市民であるが。
二段飛ばしで1階へ着陸する。そこはパニックを起こしていた。外に出ようとする人と、音を聞いたのであろう野次馬の波が出入口を渦巻く。テロだと叫ぶ声が聞こえる。突然の出来事に偽報が錯綜しているのだろう。
爆発源のことは気になるがヒストはこの城の長として、この混乱を収めねばなるまい。こちらをチラリと見たヒストに、コクッと頷く。ヒストは出入口に向かおうとした。
そこに2人の女性が俺たちを呼び止めた。
片側の長身の女性がヒストを制し、言った。
「こちらは私たちにお任せを。ヒスト様は先程の音源をお願いします。裏口の方で何者かが争っていたと情報がありました。」
続けてもう一方の髪を高く束ねた小柄の女性も微笑み言う。
「敵の可能性もごさいます。その場合我らでは対処出来ません。ところでその殿方は?」
「彼の紹介は後だ。私は問題の解決に向かう。ここはセカイシとニホンシに任せます。」
「「はい!」」
2人が息を揃え、敬礼する。それを笑顔で確認すると、行きますよと俺に声をかけ、ヒストはその裏口に向かって再度走り出す。
ヒストの視線が外れ、すぐに懐疑の目でこちらを眺める2人を横目に気まずく、軽く会釈だけして俺も後を追う。
走っていくと、徐々に事件現場じみてくる。壁の一部分が俺たちの駆け足の拍に合わせてポロポロと落ちてくる。何かがぶつかって壁が傷ついているのだろう。それを見る限りそうなったのはついさっきのようだ。壁にできた凸凹がまだ尖っていて、時間の経過を感じさせない。人にとっては十分すぎる大きさのあるこの城の廊下を狭く感じさせるほどの大きさのもの。全く犯人の見当がつかない。まるでドラゴンが廊下を滑空したかのよう。ドラゴンなんて居やしないが。
傷を負った壁は丁寧に城の奥へと伸びている。
その先に探した音源と思われる場所が出現した。壁が焼け落ちていて、まだその場には火の粉が舞っている。爆弾か、それにしては炎の後が直線的すぎる。爆弾と言うよりはむしろドラゴンが火を吹いたかのよう。ドラゴンなんて居やしないが。
「なんの仕業かははっきりしないけど、何者かを襲っているように見えるな…」
率直な感想を口に出す。
「ええ、早くしないとその人が危ないかも知れない。火の粉が裏口の方まで連なってる。行きましょう。」
火の粉が舞い、肌をジリジリと傷つけていく。廊下をつたい、角を曲がるとドアが出現する。その扉は黒く焦げていてなお、そこからは誰も通すまいと立っている。
周りを慎重に観察するヒストを横目に、駆け足で扉に駆け寄る。荒れかたが激しい。この辺りで一悶着あったと読める。
近づいて見てみるとガクッと膝が抜ける。
!!!床が抜けている。
階段が黒い地下に延びて、その先に広がる闇。それは何者も寄せ付けない様相。
しかし、襲われていた人が逃げるとするならこの先しかないだろう。
「ヒスト、この先は?」
階段のある穴を指差し、問う。
近づき覗き見るヒストは怪訝そうな顔を浮かべる。
「地下へ繋がる階段…この城に地下室があるとは聞いたことがない。」
「秘密の地下室って訳か。どうする?俺は行くべきだろうと思うが。」
「ああ、私も賛成だ。行こう。」
俺が先陣をきって階段を下る。暗い石階段はまるで中世の牢屋棟を想起させる。もし、何者かと戦っていた人物がフミカやソルなら、何としても助けねばならない。
自然と足音の間隔が早くなる。
少しずつ目が暗黒に慣れてきたのか、視界が明るくなってきた。否、これは光、出口、階段の終わりが近いのだ。
ラストスパートで一気に螺旋階段を駆け降りる。ヒストも遅れることなく着いてくる。
そして、白い光に飛び込む。
そこは広い空間が存在した。一面、白く広がる空間。それは荘厳なナオキ城の中とは思えない幾何学の世界。
そして、無数の筒状のガラスケース、そこには…そこには……
「リケイ!」
ガラスケースに夢中だった顔を聞きなれた声に向ける。
「フミカ、無事だったか。」
「無事ではないかな?ちょっとボロボロだし。ヒストと一緒に来たってことは今は敵として警戒しなくていいってこと?」
俺を盾にするようにしてフミカはヒストを見る。
「ああ。貴女はリケイの仲間のフミカってことで良いか?」
「ええ、とりあえず。そして、ここは何処なの?」
「それが私にもわからない。ここに来るのは初めてだ。」
「ここは僕の秘密の研究室。貴方に見せるのは初めてです。」
予想だにしない方向から第三者の声がする。声の主は小綺麗な格好をした群青色の髪の男。
それを見ると、ヒストは明らかな動揺を顔に示した。
「コウミン…貴方が何故ここに。いえ、研究室とはどういうことですか?」
コウミン、俺たちが3人目の標的としていた男である。平和主義者と聞いていたのだが、上司に隠れて地下にこんな施設を作るとあってはその前情報はあてにしない方がいいとみた。
「そのままの意味ですよ。あれを造っているのです。」
そういって、例のガラスケースを指差す。それが気になっていた。あれはもしかすると…
「結構造るの大変だったでしょ、これ。」
またもや第三者が横槍をいれる。今度はフリフリの白いワンピースを来た女。人工的な柱の影からぴょこっと森のような髪色が飛び出てくる。
その女と目線が合う。その目は綺麗なエメラルド、しかし、ぱっと自然に体が目を背けた。その目は綺麗なのに、やけに深かった。
そんな俺の様子をどう察したか知らないが、フミカがぱっと小声で素早く解説してくれる。
「あれはサイエンスのバイオ・ロジー、ここに遊びに来てるみたい。私はあいつに襲われたのだけど。」
最後の一言には苛立ちが含まれていた。
とにかくバイオは敵地に遊びに来る少しズレのある人間だと言うことはわかった。
「バイオ、君も来てたのか。」
「うん、探したんだよ~コウミ~ン。これ、水素爆弾だよね。」
思考が凍りつく。やはりか。ガラスケースの中身。かつてとある大国が開発していたと言う、圧倒的破壊兵器。
「そんな甘いものではないよ、これらは全て核爆弾、1つでユニバーシティーを吹き飛ばす代物さ。」
「なっ…」
声が、体が震える。想像を絶する展開に脳が追い付いていないのだろうか。ただ俺は、フミカも、おののくしかなかった。
「何故……そんなものを…コウミン、貴方は平和の為に全てを捧げると言ってくれた!何故核兵器なんてものを…」
ヒストが叫ぶ。その叫びには震えが含まれていた。彼女とてこんな危険を前にしたことはないだろう。
「ヒスト、誰もが平等な平和など達成し得ないのですよ。人の善意など欺瞞に満ちている。貴女の高潔な善意でさえ、どこから湧いたのか。誰もが争わないでいようと言うのは完全な理想論です。ならばどうすれば、平和は生み出せるのか、答えは1つ。誰かが押さえつければいい。そうすれば、少なくとも押さえられた人間は平和だ。」
「あんた、バカなの?そういって、崩れていった王朝が無数に存在するの。そんなの無駄よ、結局市民は数で王を上回る。」
フミカが我慢ならないとばかり激昂する。その意見は的を射ているが、今回に関しては間違いだ。なぜなら…
「そんな古臭い王朝とこの核兵器を同じにするな。これ1つでどれ程の人間を消せることか。」
その一言は重かった。今にも斬りかかるべきかという体勢をとっていたヒストは完全に戦意を抑え込んだ。コウミンを興奮させては危険だということを噛み締めたのだろう。
さて、どうするか。俺としてはこの男を斬り伏せたい。こいつの語る平和論はどうも相容れない。戦いを推奨するわけではないが、制限された日常を超えることを許さないというなら、俺はそれを叩き潰す。
しかし、目の前に核兵器を吊り下げられては強気に出れない。どうするべきか。
「では、僕はこれで。」
コウミンはこちらとの話に満足したかのように背を向けた。
「待て!何処に行く!!」
ヒストの制止にコウミンは引いた足を一度止める。
「これだけの核兵器があれば、十分。この国を支配するだけの物は作れる。」
その顔に浮かんでいたのは裏のない笑み。この男も俺と同じ、ただ己の理想の為にことをなそうとしているのみ。ならば、俺は自分の理想をもってして相対する。
話を切り上げようとするか、コウミンが手を叩くと研究室の核兵器が全て消える。どこかに転送されたのか。そうしてコウミンは俺たちに背を向ける。
「行かせるか!」
核兵器を見てから一歩も踏み出せなかった足で白いタイルを蹴る。
しかし…
ガラガラ……
「なに…なんなのよ…」
嫌な予感に敏感なフミカは上を見上げる。
天から瓦礫が降ってくる。目の前に巨大な瓦礫積もり、コウミンの姿が見えなくなる。うず高い天井が崩れ始めているのだ。
くそっ!
証拠ごと研究室、俺たちを消すつもりか……
身を翻す。フミカの手を握り、来た道を戻る。ここで深追いするのは明らかに間違いだ。
「行くぞ!今は身の安全!」
「OK!ヒストさんも速く!」
俺たちはまたあの暗い螺旋階段を上っていく。
部屋から出る直前、振り返った。降りかかる災難に目を輝かせる女、バイオが耳のような髪を嬉しそうにひくひくと動かした。
それがやけに目に焼き付いた。
地下室の崩壊から脱出し、ナオキ城の入口まで戻ってくると、俺たちを待つ人が四人。
一人は見慣れた顔、金髪のソル。そして、それに言い寄られ今にも剣を抜こうとする二人、セカイシとニホンシ。唯一、もう一人、はじめましての顔だけがこちらに気付きすっと頭を下げてくれた。
やれやれとフミカがソルを引き剥がしにかかる。
「はいはい、ソル、そのぐらいにしておきなさい。また嵐のユニバーシティ湾に沈められるわよ。」
「ああああ!フミカさん!その話はやめて!奥歯がガタガタします!」
本当にあのときはきつかった。救出の為に出したボートまで…この話はやめよう。セカイシ、ニホンシが嫌悪感を丸出しにしている。今にもこの城から追い出されそうだ。
「先程は挨拶が出来ず、申し訳ありませんでした。俺はリケイ。そして、フミカ・アーティスティック、ソル・ピート。3人でデイリーブレイカーっていう秘密結社やってます。」
秘密結社っという単語に怪訝そうな二人。使うのを避けようかとも思ったが、それ以外に言いようが思い浮かなかった。
だが、お相手も礼儀知らずではなく、ペコリと会釈を忘れなかった。
「私はセカイシ。そしてニホンシです。」
「妾たちはヒスト様の側近として働いております!」
なるほど、丁寧で静かな感じ、大きい方がセカイシ。元気よく、人に好かれそうで小さいのがニホンシ。こう覚えれば良いのか。
「セカイシ、ニホンシ。彼らデイリーブレイカーは決して悪の秘密結社なるものではない。それは私が保証する。彼らは彼らなりの理想をもって活動している。そして、今は休戦中だ。」
うんうん、と首を縦にふる。なかなか理解のある人で本当に良かったと思う。
「ヒスト様がそうおっしゃるなら。」
セカイシがすっと手を差し出してくる。俺は握りかえす。これで一応信用してもらえたのだろうか。何かやたらに握られている手が痛い。眉間によった皺から調子乗るなよとメッセージを静かに受信する。
「で、ときにヒスト様、先程の轟音の正体は如何に。」
「ここから先は他言禁止で頼む。」
ヒストが一同の顔を確認する。頷く一同。ウインクするソル。
「実はコウミンが地下に巨大な研究室にして、そこで核兵器の製造していた。そして、それを偶然彼女、フミカが見つけてしまった。コウミンは核を持ち出して逃げていった、というのが顛末だ。」
ヒストの説明にはバイオという言葉が登場しなかった。説明の必要がないとしたか、それとも意図して出さなかったのか。
「まさかコウミン様がそのようなことを…」
「これから私はカレッジ城に戻り、今回の件を報告する。セカイシとニホンシはここに残り、町の人の混乱を静め、その後研究室の調査を頼みたい。」
「了解しました!」
ニホンシがはきっと返事する。
「君たちはどうする?」
ヒストがこちらに向き直る。
俺の心意気ならもう決まっている。あの男の語るものを壊さなくてどうしてデイリーブレイカーか。しかし、3人合わせてデイリーブレイカーなのも事実。
どうする?とフミカ、ソルを見つめる。ソルのニヤリと笑った顔、フミカのやれやれといった顔が俺に一任すると告げていた。
「あの研究室の光景を見たものとして、これから協力させてくれないか?」
ヒストはパッと明るくなって、俺の手をぎゅっと握った。
「これからよろしく頼むぞ!」
そういって俺の腕をぶんぶんと縦に振った。
この人もつかみどころが無い人だ。凛々しく立ち回ると思えば急に少女が顔を出す。
「チリ、車をまわしてほしい。今からカレッジ城に向けて出発する。」
「はい。」
チリと呼ばれた紳士はこちらに一礼して何処かに消えていった。
デイリーブレイカー三人、顔を見合わせて微かに笑い合う。フミカには少しの怯え、ソルには胸の高鳴りが読み取れた。果たして俺の顔は何を示しているだろうか。答えは、ただ漠然と父親の台詞が脳裏によぎっているだけだ。
『自由とは日常を越えること』