5話 ソルvsチリ
話のキリ的に短めになってます。
もう少しは高校生の戯れです。
警備の人たちが追ってくる。が、誰もソルには気付かない。それもそのはず、彼が隠れている…いや、張り付いているのは天井なのだから。
自己強化の術を応用すれば、天井にくっつくということも可能なのだ。くっつくという概念はリケイから教わった。リケイが生まれつき体得している魔法がそれ、物質と自らの体の接着だ。彼の才能をもってすれば、間借りなりにも扱えるようになった。流石にリケイのように小指一本で懸垂までは無理だが。
しかし、当のリケイは、使いどころないから、と滅多に使わない。ソルは何かとお世話になっている。こんな風に。
よっと、地上に降りてくる。 血の巡りが悪くふらつく。深呼吸1つ。再度駆け出す。
角を曲がると、広間に出た。行き止まりのようだが、そこには基本的に何もなく、真ん中に取り残されたようにテントが張られている。
「おっかしいな、ここがチリの部屋のはずなんだが。」
「ええ、間違いないですよ。」
背後から声が飛ぶ。ソルは反射的にその音源から距離をとる。
その音源を見ると、高身長で優しそうな青年が佇む。その顔に敵意はなく、ただソルを眺めている。
「こりゃ参ったなぁ。これでも周りに意識は払ってたんだが、背後をとられてるとは……あんたがチリさんみたいだな。」
「そういう君は?」
「秘密結社デイリーブレイカーのソル・ピートだ。ちょっと厄介な客からの依頼であんたに用があったんだが……やめた方が良さそうなんだよなぁ。」
ソルは開戦前に結末を察知した。明らかに強さの優劣は決まっていると、背後を取られた時点で。
しかし、それを見透かしたかのように先回りしてチリは言う。
「確かに僕の方が魔力は大きいでしょう。しかし、それと戦いの優劣とは別です。」
「へぇ、意外と好戦的なんすね。」
ソルは一か八かと拳を構える。
ーーー 一撃で麻痺魔法を打ち込む。長期戦は避けたい。
拳を身体の前に構えたソルと後ろに手を組んだままのチリが向かい合う。どちらが先に動くか…沈黙の両者。
ソルは確認し続けた。チリの呼吸のリズムを。チリが沈黙後、十回目の呼吸を始めた、息を吸った瞬間、ソルが駆け出した。
人は息を吸えば吐かなければならない。その一瞬の遅れが勝敗をわける。強者同士の戦いであればこそ。
ソルは完璧なタイミングで踏み出した。やはりチリの反応は少し遅れた。
ーーーもらった!
だが、二歩目を踏み出したとき、辺りが光に包まれた。ソルとチリを囲むように光が円を描く。足が自然と止まる。
「なんだよ、初めからあんたの術中じゃねえか。あんたほんとに強いな。全然気付かなかったわ。」
ソルは防御体勢をとる。しかし、生身で魔術ないしは魔法を受けきれるとは思えない。
ーーーできるだけ痛くないのが良いなぁ。
光が最大級に輝き、ソルはその眩しさに目をつむる。魔法が彼らを包み込む。
しかし、ソルの体に痛みも変化もない。強いて言うなら、室内のはずが風を感じる。
恐る恐る目を開けると……
そこは一面に砂漠。所々に草が生え、遠くに白いテントと人影。
ソルはただ呆然とする。何が起こったか、わからない。そして何より、この男が何がしたいかわからない。
そんな疑問の目を向けると、チリは屈託なく言った。
「ここはモンゴルです。」
「は?」
「僕も昔来たことあるんですよ。今となっては良い思い出ですね。」