4話 魔法の街 ジュネープ
高校生の戯れその5です。
ソサエティ領で一番大きい町ジュネープは意外にものどかな町だ。レンガの屋根が平行に並び、その下は喫茶店になっていたり、魔道書店になっていたりと賑わいを見せている。
そのあちこちのからくりが魔法でできていたり、動いている。料理の炎もクレープを売るバンも公園の噴水も。
町の中央にあるナオキ城はユニバーシティのカレッジ城の華やかさとは異なり、魔法の町の心象風景に見事に溶け込んでいる。
こんな平穏な町に厄介事を起こすのだから多少気が引ける。
「よし、じゃあ、侵入ルートはこれでいいな。」
だが、わが社の優秀な社員たちは仕事とはっきり割りきっているらしく、ジュネープ片隅の小さな宿部屋でてきぱきと計画を練っている。
ナオキ城内情報はソルが友人から上手く聞き出してくれた。言っては何だが、ソルは昔から悪いことに慣れているらしい。本人は言わないが、きっと悪いことといっても、悪事ではなく、むしろ人を助けるために不都合な規則を無視してきたのだろう。そういう情の厚い奴なのだ。
で、話を戻すが、帝国議員のヒスト、コウミン、チリは城内に自室があり、主にそこにいるらしい。それは俺たちにとって好都合、一人一人叩けるということだ。
-----相手は三人、こちらも三人。戦力差を考慮するなら、こちら三人対相手一人で相対するのがが望ましい。だからといって、一人を相手にする間に他の警備員や魔導警察が駆け付ければ、それこそ敗走確定。なら…
「作戦としては一人に対して一人が当たるってことが良いか?」
二人に確認をとる。今回俺たちが立てた戦略はそっと対象に近づき、体中の神経を麻痺させる秘密の魔法を打ち込んで逃げてくるというもの。2、3週間は痺れとその後遺症が続く。(そんな魔法どこから持ってきたかって?秘密。)やはり、まともに戦って怪我をさせようにも勝ち目は薄いとのフミカの判断だ。
「嫌よ、私ひとりじゃ相手にならないもの。それにあんた達をほっておいたら、何しでかすかわからないじゃない。特にリケイなんて戦いに夢中になったら周りが見えなくなるんだから。」
右手を下唇に添えてフミカは不満そうに、でも本当に心配するように言った。
時々見せるこの表情は死んでしまったお母さんにそっくりだ。昔俺が無茶をして帰るときには決まってこの仕草をしたのだった。
俺とフミカは母を同じにしている。母の名はカルチャ・アーティスティック。といっても兄弟とかではない。フミカは彼女の実子であるが、俺は違う。内戦で親父を失った俺を引き取ってくれたのだ。フミカの親なだけあって、器用な人ではなかったが、俺とフミカに分け隔てなく多くの愛を注いでくれていた。元々、親父と二人暮らしで母親のいなかった俺にとって、カルチャさんは唯一の母と呼べる人。しかし、最後まで「お母さん」とは呼べなかった。高校から脱走し、家に帰ったときにはもうその優しい心配顔は見られなくなってしまっていたのだ。涙を浮かべる俺を見て、フミカが決壊し、それに続いた。その日は二人で大いに泣いたのを覚えている。それ以来、フミカが俺の保護者のような振る舞いをすることがしばしば、俺もフミカを家族、しいては姉弟として守ろうと決めた。
「大丈夫だよ、今回は戦闘には勝たなくても良いんだから。相手が戦闘しようとするのに対してこっちは近づいてしまえばいいだけ。こっちには十分なハンデだと思うぞ。」
「まあ、リケイがそう言うなら……」
俺が頷くと、フミカも返してきた。一応合意ということでいいだろう。
「じゃあ、それぞれの担当だが…」
「まあ、ヒストはリケイで決まりだな。僅か15歳で内戦中、一小隊率いて、科学派の小隊4つを壊滅に追い込んだっていうぐらいだから、相当腕が立つんだろ。そういうヤバイ奴にはお前が最適だ。」
内戦は8年前だから、23歳で帝国議員となったということか。なるほど、それぐらいの逸話があって当然だ。ならば、これ俺が受け持って出るのが道理であろう……?
「なんで俺が一番ヤバイところって確定してるんだよ!?」
「だってリケイ、デイリーブレイカーの顔じゃん?そりゃ、一番上のもの同士、やりあうのが筋ってもんだ。」
うっ…そう言われると…俺が行かざるを得ないか…
「それにリケイ、断トツで悪運強いし。」
「ソル、今、ぼそっと言ったな!それが本心だろ!」
どうかなーととぼける茶髪。
「てか、今回は魔法打って逃げるのが仕事なんだから、脚早いお前が適任だろ!!」
「はいはい、男の抵抗は見苦しいわよ。大人しく痛い目に……任務を遂行しさない。」
「今、痛い目見ろって言いかけたよな!?」
仕事前の緊張感というものがいつものように俺たちには存在しない。自由に騒ぐし、この後もフミカがパンケーキを食べに行こうだの言い出した。
それがデイリーブレイカー。過去最大の任務のはずだが、俺たちは平常運転。
けれど、始まりの刻は確実に迫る。それはこの世界の1つの波の始まりでもあった。
昼の3時。お日様が傾きつつあり、優しい風が吹く1日の内で最も安穏な時間。そんな時間に白昼堂々俺たちの計画は実行されようとしていた。
俺たちは門番に軽く会釈をして、ナオキ城の門をくぐる。左右には緑の庭が広がっており、真っ直ぐ顔を向けると本城への入り口と見張りが二人。
ナオキ城の庭は自由解放されているようで、おやつを楽しむ人々が芝生の上でのんびりしている。冷涼なこの国の7月は過ごしやすいったらありゃしない。門番も見張りもうつらうつらしている。
俺とソルは木の後ろに隠れるようにしてもたれかかり、フミカが本城の入り口近くの芝生に腰を下ろす。
作戦開始だ。
フミカが背中におった琴を構える。無論、弓としてではなく、琴として。そして、それを奏で始める。その音は和というより寧ろ、ハーブに似た音。『祈りの琴』は魔法の楽器、その能力でその場に見あった音を出せるのだ。
その奏では俺にはとても思い出深い。フミカが幼い頃から母親に教わって来ていた曲だ。
フミカは魅せる。音だけでなく、自身という存在を。流石、音楽にしか才能を見出だせなかった女。音と共に歌うフミカは年相応に可憐な1つの花として木陰に小さくも強く咲いて見せる。
やっぱり、なんだかんだ言ってもあいつは可愛い女の子なんだなぁ、などと思ってしまうほどに。
フミカの舞台の一幕が終わり、門番は完全に座って寝てしまっている。
大丈夫なのか、このザル警備、と思ったが、この暖かな木漏れ日の中、風と琴の音色を聴けば誰だって眠くなる。
フミカが城の入り口の見張りに手招きする。見張りであるはずの2人の男は顔を赤らめて、ほいほいフミカの所に誘い込まれる。
大丈夫なのか、このザル警備。
フミカが再び演奏を始める。もうすっかり花の虜となった男たちは俺とソルの接近に気付かない。ソルがよっと、首筋を叩いてやると、ぱたっと気絶していった。気絶したその顔は意外と幸せそうなのであった。
端から見れば、フミカに寄ってきた男たちがその音楽を聴いて眠ってしまっただけであるから、誰も気にとめない。そもそも、こんな団欒のときに物騒なことをしてるとは誰も考えたくもないだろう。
「さっ、行くか。」
俺たちはすっと城の中に入っていく。そこは市役所の役割も担っており、一般人と思わしき人も多い。
「やっぱり、見張りの人に住民票の変更に来たとかなんとか言って普通に入れば良かっただろ…」
という、ソル。
「万一身元を確認されでもしたら、ボロが出るだろ?」
と、答える俺。
「でも見ろよ、フミカのあの得意気な顔。こういう作戦が成功するとフミカが調子に乗るから嫌なんだよ。」
「ああ、美しいって罪だわあ。」
敵陣の中でこんな呑気にしていていいのか、と思うだろう。
しかし、皆覚えておいた方がいい。どこかに侵入するときは兎に角堂々としていることだ。大体の人はすれ違った相手が誰なのかなどいちいち気にはしない。
で、しれっと関係者以外立ち入り禁止の階段を上っていく。
「この階段を上りきったら、別行動だ。全力疾走で目標へ。」
「了解!」
「幸運を祈るわ。」
「だから、やめてそれ!」
他の二人と別れ、俺は一人、階段を駆け上がる。早くも何人か追っ手が来てはいるが、無視してただ走る。変に抵抗でもしようなら完全に敵と見なされる。不審者であるうちに目標目指し走る。
最上階にたどり着く。 追っ手はまだ姿を見せない。偉そうな大きな扉が目の前に現れる。
ーーー間違いない‼あれがヒストの部屋!
急ぎながらも慎重に扉を押す。
そこは如何にも偉い人の部屋という感じ。ジュネープを一望できるガラス窓、壁一面に本棚。部屋の中央には大きな机がある。
俺はその広さに驚愕しながらも、冷静に扉を閉め、その扉の横に位置する。
「ヒスト様、ここに怪しい奴が……」
追っ手が部屋をノックして入ってくるが、愚かにも開いたドアの後ろにいる俺を発見できない。そして、いないとすぐに判断したのか静かに立ち去っていった。
ほっと、一安心する。ところで……
ーーー部屋の主、ヒストはどこだ?
もしかして、外出中かもしれない。ならば、ここで待つのも1つの手ではあるが、と悩みながら一息つこうと、部屋のソファに近付くと……
!!!
いた。部屋の主が居たのだ。しかも、俺にとっては非常に都合のいい状態で。
ソファには、すーすーと安らかな寝息をたてている若い女性。見覚えがある。ソサエティの長、ヒストだ。細身で長身の体を丁寧に折りたたんで、猫のように丸まっていた。
いつもはカレッジ城のテラスにいるのを、遠くから眺めているだけだったからわからなかったが、その顔立ちは目を奪われずにはいられない。
ーーー何と言うか…綺麗だ。
リンリさんが大人の綺麗さというなら、彼女はまだまだ愛嬌の残る綺麗さ。長い紫の髪が頬を隠していて払い除けたくなる。
無意識に手をのばしかけて、何とか手を止める。
ーーー危ない危ない。早く仕事をしなければ。
湧いてくる若い欲望を飲み込んで、右ポッケから麻痺魔法を取りだし、構える。寝込みの女性を襲う、という字面からはかなりの罪悪感を受けるが、これも世界の自由のためと腹をくくる。
彼女から少し離れ、魔法を起動すると針が打ち出される。それは彼女の横腹をチクッとさす。痛みは無いだろうが、痺れが………
しかし、その瞬間くっと彼女は目を覚ます。ゆっくりと身体を起こし、両手、首を伸ばす。まるでなんでもないかのようである。
だんだんはっきりする意識の中で彼女は俺を認識すると、ひゃっと声をあげ、素早く立ち上がり、机の横に立てかけてあった自身の剣をとった。
「な、何者だ?」
キリッとしているつもりかもしれないが、欠伸が堪えきれていない。こんな調子では戦意が削がれる。
「秘密結社デイリーブレイカーのリケイだ。」
隠すつもりもないので正直に名乗る。
「デイリーブレイカー…?ユニバーシティで活動しているという輩ですか。慈善活動をしていると聞いていたから見逃していたが、流石に私の部屋に侵入するなど許しません。……しかも、寝顔を覗き見るなんて…!」
「寝顔見たのはすいません。」
「なっ、やはり貴様…」
と、剣を抜こうとするヒスト。
「あーー、ちょっと待ってください!あの、身体に異変はありませんか?痺れがあるとか。」
「ないな。貴様、私に麻痺魔法でも打ったか?残念ながら眠るときは対魔法用の防御はしている……やはり、貴様!私に……その…許さん!」
「あーー、ちょっと待ってください!俺は貴女にお願いしたいことがあって!一般市民としてお願いいたしたいことが!この城の城主であられる貴女に!」
今にでも俺を真っ二つに切らんとするヒストの静止を何とか試みる。
「私に願いとな。まあ、ここまで来たのだ。聞いてやろう。何なりと申すがいい。」
立場意識だけはっきりさせれば許されるのか。何と言うか…チョロい。
「あの、ユニバーシティの魔術、科学派の分離を勧めたというのは本当ですか?」
俺は淡い期待を得た。この幼さ残る女性が人と人の繋がりを切るようなことを率先するだろうか?やはり、この話そのものがケミの作り話ではないのか。
「本当だ。間違いないぞ。」
先程のお茶目な口調と異なり、真面目な口調で彼女はそう言った。
俺の僅かばかりの願いは砕けた。
「どうして…どうして皆の自由を迫害するようなことをするんです!?」
俺は思わず叫んでしまった。ヒストは一瞬驚いたように見えたが、すぐに冷静に言い放った。
「どうして?私たちが帝国議会議員だからに決まっている。私たちはお前たちのような民間とは違う。皆を守る義務がある。」
その一言は重かった。背負うものの言葉だった。
「貴方が何故自由を重んじるかは知らないが、私たちにとって重要なのは、安全そして、平和だ。自由とはその日常の中で個々が各自で見つければ良い。」
俺は何も言えずに拳を強く握るしかなかった。
確かに彼女の発言は正しいのだろう。国が守るべきは俺たちだ。その為に分離によって争いを防ごうとしている。
わかる。わかるのだが……
俺はあの高い壁の中に、日常の中に閉じ込められることが正解と認めることが出来ない。
「どうしても…どうしても…方針は変えれない……?」
「ええ、だから諦めて帰りなさい。今回のことは見逃して……」
シャリン。
俺は剣を取り出す。
「なら、力づくでも……」
これが間違った判断とはわかる。彼女が人を呼べば、俺はどうすることもなく牢屋に一直線だろう。
ただ、俺はとまらなかった。とまるとデイリーブレイカーの車輪までとまってしまいそうで。
ヒストはその覚悟を受け取ってくれたのか。
「その目……良いでしょう。相手になります。」
と、剣を鞘から抜く。
戻れなくなった逃げ道を頭から切り捨てて、一心に気高い女剣士と対峙した。