3話 あぜ道前哨戦
高校生の戯れ part4 です。
小鳥のさえずりを遮るように二台のエンジン音が田んぼの向こうの山にこだまする。冷えついた空気はよく音波を反響させ、鼓膜を薄く振動する。
そのせいか、リンリさんの言葉が頭で反芻される。
『貴方たちは自分の理想にぶつかる……それでも立ち上がれるなら、貴方たちは世界を動かせるかもしれない。』
忠告にも激励ともとれるメタファー。正直、自分たちの力で国を変えようなど毛頭思っていなかった。俺たちが自由を求め続ける限り、何らかの形で国家が影響を受けていくと言うなら、そうであって欲しいと思う。
しかし、その前の一声……
-----さっきのはあくまでリンリさんの勘。
朝の日差しを浴びながら、田園地帯の真ん中をバイクでつっきる。周りには誰もいない。その爽やかな日光があぜ道を照らして視界がかすむ。
-----自分たちの理想にぶつかる……
「ちょっ!リケイ!ぶつかる!」
-----そう、理想に……
「前!前だって!リケイ!!」
「……え?」
意識を道の先に戻すと目の前には大型のバギーが迫っていた。
急いでハンドルを右にきる。で、そのまま田んぼにぼちゃん…
と思いきや、バイクは何とか道の端でとどまっていた。
「ちょっと、ぼーっとしてたでしょう。」
後ろからフミカが意外にも心配したように言う。
「ごめん、ちょっと考え事してた。次は無いようにする。」
先を走っていたソルが大丈夫かと戻ってくる。
もう一人謝らないといけないのが…
ガチャッとバギーの扉が開き、サングラスをかけた軍人のような体格の大男がおりてくる。
この場に謎の緊張感が走る。一体何と言われるか…
「小僧、お前…」
その低い声に体が自然と居直る。怒号が来るのではと身構えるが思いもよらぬ方向性の言葉が飛んできた。
「高校から逃亡した腰抜けだな?科学派出身の。」
ーーー!!!
俺たちは瞬間的に戦闘に意識を切り替える。この大男は俺の素性を知っている。ならば、昨日の魔術警察だとするのが自然だ。姿勢を低くし、剣に手をかける。
「良い面構えだ。かかってこい!」
その声を開戦ののろしとして、俺は剣を抜き、斬撃波を放つ。
だが、大男は拳を振り落ろす。バンッと拳がその見えない波動にぶつかり、空気が震える。男はにやりと笑った。
「ねえ、リケイの剣って空間を斬るのよねぇ…なんで叩き落とされるわけ…?」
「まあ、この剣も万能ではないからな。」
斬撃波が効かないなら単純な斬撃に切り替えるだけ。ソルと同時に走りだし、男との距離を詰める。
男まで後3メートル…
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…ズシャッ!!!
その瞬間地面がせり上がる。平静とあった地は突如生き物のが如くうねり、俺たちを空中に打ち上げた。
「ぐはっ。」
宙をマイ、受け身をとる間もなく、背中から地面に叩きつけられる。
「地面を操る魔術か……!」
「強力だが、速さはこっちが上のはずだ!」
ソルはすぐに立ち上がり、もう一度走り出す。高足加速、と呟く。これは速く走る魔術。その速度は初速で自動二輪車ぐらい、なかなか反応のは難しいはず。
また大地がうごめく。しかし、遅い。ソルが加速し、大地がせり上がる前に蹴りを大男に打ち込む。が、男は難なく肘で受け止める。
そのおかげで大地の動きが少し遅れた。俺も加速し、一気に男に斬りかかる。
だが、男に剣が届くより先に大地がうねり、一本の棒のように空いた腹に一撃。吹き飛ばされた俺に気を取られるソルも弾かれて初めの位置まで後退する。揃って何とか四肢のバランスだけは保ち、次に備える。
「うむ。良い動きだ。これではどうかな。」
これまで動きを見せなかった男が初めて地面に手をかざす。地面に細かい振動が伝わる。
「リソスフィア!!」
そう叫ぶと灰色の巨大な岩石の手が地面から現れる。人間一人を握り潰せる大きさに少し冷や汗をかく。
鉱石の混じりのロケット拳が地を伸びるようにこちらに向かってくる。すっと、それに対しソルが俺の前に出る。迎え撃つようにグローブをした拳を握り、その手に魔力を集中させる。
岩の迎撃は任せろ、ということ。俺はその隙におっさんをたたくのみ。
岩の拳とソルの拳がぶつかり合う。ソルの魔術をもってすれば岩など粉々になるはずなのに、その拳はひび1つ無く、ソルを吹き飛ばした。
「うぐぬぅぅ」
「大丈夫か、ソル!?」
「ああ、おい!来るぞ!」
拳は次はお前だといわんばかりに、こちらの前にそびえていた。
ポロロロン!
フミカの弓の音だ。矢が拳に当たる。しかし、やはり無傷。
「どんだけ硬いのよ…これ。」
この岩を砕くよりはあの男を倒すのを先んずるべし。男の元へ駆ける。
岩の拳が主の敵を撃退しようとするが、そうはさせないとフミカが矢で集中を逸らす。
男まで3メートル。
男が地面に向かって手をかざす。今手が伸びているのとは異なる位置。またもう一つ岩石の手を出そうとしているのか………!!
「させるかぁ!!」
その位置、男の手のさすところにソルが降ってくる。
どごおおおお!!!
ソルの魔力を込めた渾身のダイブは地面をえぐる。そこにはクレーターが生み出される。地は、石を跳ね砕ける。操作できる地は失われた。
「なっ!!」
男が初めて驚いたような声を上げる。が、勿論わかっていた、俺には。巻き起こる砂ぼこりの中、足はもう動いていた。最高速で接近し、剣を振るう!!
だが、一撃に決めるはずの一閃が空を切った。男が巨体に似合わぬ敏捷な身のこなしでかわしたのだ。更に剣を持つ右手に痛みが走る。おそらく蹴られた。剣を俺の手から放そうという狙いだろう。この土壇場でも男は冷静、手練れの戦い、手首に攻撃をしてきた。自然反応で手が開く。
しかし、剣は俺の手から離れない。俺の唯一使える魔術『物体結合』、物体とこの手の繋がりを強固にする。
瞬時に再び剣を握りなおす。
「はあああああ!!!!!!」
剣を振り出す。ここまでの戦闘で見えた唯一の男の弱点は魔法起動までの時間。地面を操作するまでにタイムラグがあるのだ。その時間は明らかに俺の剣が届くより長い!
腕を伸ばす。……届く!!
-----ガァァァァン!!
鈍い金属音が響く。
待っていた砂ぼこりが消え、現れた光景は男と褶曲し盛り上がった地面、そしてそこに刺さった剣。当然先ほどまでなかった壁。男は計算外の速度で大地を動かして見せたのだ。
さらに悪いことに、全力で突いた剣は、寸止めのつもりであったとは言え、しっかりと岩盤に食い込んでしまっている。
-----まずい!この近距離で剣を封じられたら…!
「見事!!!」
しかし、男は攻撃することなく大声でこう良い放った。
「いや、素晴らしい咄嗟の判断力、そして純粋な戦闘力見事、見事。おかげでワシのお気に入りのサングラスが衝撃で飛んで行ってしもうた。泥の中じゃ。あはっはっは!」
大声で笑う大男の目からは確かにサングラスが消えていて、優しそうな目がはっきりと見えていた。そしてその顔には何処かで見覚えがあった。
「もしかして…帝国議員のジオさんですか?」
「おや?まだ名乗って無かったかな?そうだ、ワシが帝国議員のジオだ。」
この事実はかなりの好都合だった。何しろジオはサイエンス所属。つまり…
「実は俺たち、ケミスト・リーさんからの依頼でここに来ているんです。」
「何だと?話を聞かせてくれ。」
こういえば確実に食いついてくる。
全員魔法具を片付けて、腰を据えた。ジオにケミから受けた依頼を告げる。
「なるほどな。あの化学坊主め、また下らん手を使いおって…」
またということはこれまでも何度かあったのだろうか。それにジオはこの話自体を否定することはなかった。つまりは…
「ケミの話は全部本当と言うことなんですか?ソサエティの人たちのせいでユニバーシティの分離政策が進んでいると言うのは。」
ここが重要だ。これが嘘ならば俺たちは戦う必要はない。ドキドキしながら返答を待つ。しばらく考えたような素振りを見せたが、顔を上げてこちらに向かってにかっと笑うと、
「いや、全く知らん!」
堂々と言い放った。
俺の期待は見事に崩された。
「どう言うことなんですか、知らないって…」
フミカがちゃんとつっこむ。
「いやなぁ、ワシは主に帝国自衛軍の隊長をしておってな。あまり議会に出席しておらんのよ。今日もその分離の噂を耳にしてカレッジ城に戻る途中だったのだ。」
それで良いのか…議員は9人だけと言うのにその内一人はあまり出ないというのは、国の統合機関として。
「が、確かにソサエティは平和に重きを置いておる。犯罪を減らす為にはそういう法案を出してもおかしくはない。」
それを聞いて、心が決まる。やはりケミの依頼を遂行する。これは俺たちにも必要なことだ。
「議員としてはお前たちの行動は見逃しておけないが、ワシの上司も関わってるとなるとなかったことにしておくしか無いなぁ。ま、お前たちは利口そうだ。どこまでしてもよいかの分別ぐらいはつくだろう。」
頭をボリボリかくジオ。どうやらこのままナオキ城まで行っても良いということらしい。当然俺たちは誰も殺したりする気はないし、何なら話し合いと脅迫で何とか出来ればと思っている。
自分のバイクに乗り、再出発する。
そのとき、後ろでフミカがちょっと待ってと言う。
「そういえば、ジオさん、どうしてリケイの素性を知っていたんですか?」
「ワシは軍の隊長だ。優秀な人材の情報は入ってくる。軍に来てくれないのは残念だが、己が信念を貫く良い青年に育ったもんだ。がはははは。」
急にほほが熱くなってきて、俺は急アクセルを踏み走り出した。
目的地ナオキ城まではもう少しだ。