1話 始まりのユニバーシティ
急展開なのは、ツッコミ無しでお願いします。
高校生の戯れです。part2
中央都市ユニバーシティは国内で唯一魔術派、科学派が共に暮らす中立の城下町である。町の中心にはこの国を治める皇帝や帝国議員達が集まるカレッジ城あり、そこから南北に大通りが通っている。大通りは常に人にあふれ、二つの派閥の人々が比較的いがみ合うことなく平和だ。
そんな大通りから東に八画、ここに秘密結社デイリーブレイカーの事務所がある。外観はただのオレンジ色の民家に見えるが、内装は案外ちゃんと秘密結社している。一階の車庫にはバイクが二台とセダンが一台、その奥には秘密の工具がたくさん。そして、二階が事務所になっている。まあ、基本的には俺とフミカ、ソルの家なのであるが。とにもかくにも俺たち三人はここで日々秘密結社として街の人々の自由の為に東奔西走している。
そもそも何故秘密結社なのかと言うと、大したことではない。俺がちょっと自由すぎると言うだけのことである。
この国では小中学校が義務教育、そしてその中で、魔術、科学の才能があるものはさらに義務教育が続き高校、大学へと進んでいく。
そして、その後軍に入り、ゆくゆくは議会であったり、帝国自衛軍などのお偉いさんになり、国のネジカラクリとして生きるのがエリートコース。
俺はそんな道に自由を感じなかったため、丁度停学となっていた親友ソルとともに科学派の領る高校を脱走。その後、中立区のユニバーシティで、フミカも合わせ、デイリーブレイカーを作った。
そんな俺が表に出て堂々活動するのはあまりよろしくないとのフミカの御意見より秘密結社となった。と、言ってもこの街で俺が脱走不良生徒と知る人はほとんどいないので警察に追われたり、なんてことはない。最近は、デイリーブレイカーとしての派手な隠密行動が祟って、職質をかけられることが増えてきたが、そういう時は逃げるので気にすることはないのだ。
うん、まあ、確かにこっちの方が自由で良い。
「なにぼさっとしてんのよ、準備できたの?」
フミカが少しイライラしたように俺の部屋に入ってくる。
「悪いちょっと回想にふけってた。てか、部屋に入るときはノックしろっての。」
「別に良いじゃない。家族みたいなもんなんだから。」
そういう問題じゃないと思う。小さくため息をつき、愛剣を手に取り部屋を出る。
身支度を済ませると、玄関ではソルが待っていた。
「おせえよ、皇帝様の演説が始まっちまうぞ。」
「そういうお前は皇帝様を見に行くとは思えない格好だが。」
けけけと部屋着の赤ジャージのままのソルが笑う。
今日は月に一度の定期報告の議。この国の政治は帝国議会の九人によって方針を決め、それに皇帝が決定を下す、という仕組みをとっている。そして今日の演説というのは要するにその決定事項の定期発表会のようなものだ。最近は新聞で見る人が多いようだが、俺たちは国の自由を守るものとして毎月その場、つまりカレッジ城の中庭まで言ってその演説を聴くようにしている。
カレッジ城まで歩いて10分。なかなか良い物件であるなぁと我が家に感心しつつも、季節は晩夏。これでも十分に厄介な距離である。
特に琴を背負っているフミカは不満をたれた。演説を聞きに行くのに武器は不要に思えるが、こういうイベントの後は二派がいざこざを起こしやすいのだ。それをけが人が出る前に鎮圧するときには必須だ。かなり荒っぽい解決法となるけども。
城の門をくぐると中庭へと順路がのびている。今日は人が少ないかな、と思ったが、空高く500メートル以上あるかという白亜の巨城の中庭には結構な人数が集まっている。
その3階かの部分にテラスがある。そこから役人が話すのだ。そこに数人の護衛といかにも強い魔力を放つ二人。
一人は帝国議会、議長マス。年はまだ40代と若いが長年議会に内戦前、つまり8年以上前から在籍し、国の運営に携わってきた人物である。そんな前から議員をやっているだけあり、優秀な魔術師なのだろう、ここまで魔力を感じる。
それともう一人は…
「フミ、あれだれだっけ?」
やれやれと言った表情でこちらを見るフミカ。
「副議長イングリッシュでしょ、珍しいわね、表に出て来るなんて。」
帝国議員は9人いる…らしいが露出が多い人は限られている。議長マス、色男コクゴ、それにサイエンスの長ケミスト・リー、同じくサイエンスのジオ、そしてソサエティの長ヒストが主な面子だ。おかげでそれ以外の名前ははっきり思い出せない。
「議長、副議長が揃い踏みって…何か重要な発表でもあるのか?」
「サイエンスとソサエティの人が1人もいない。何か嫌な予感がするわね。」
サイエンス、ソサエティ。8年前の内戦以降、科学派、魔術派を統率する為に設立された機関。2つの派閥が組織化された象徴だろう。今では議員9人のうち、サイエンス3人、ソサエティ3人、無所属3人と暗黙の了解が出来上がってしまっている。
しかし、マスとイングリシュはいずれも無所属。対立する組織同士が誰も定期報告にいないというのは奇妙だ。
「ああ、それに関わる何か決定が…」
わああああああ!!
言葉を遮るように歓声が上がる。テラスを見ると皇帝が出てきていた。皇帝は紺を基調としたマントをはためかせ、長い杖をついている。その王たる姿は距離が十分にあっても背筋が伸びるほどの緊張感を与える。流石に内戦で亡くなった皇帝に変わり、新しく皇帝に就任し、帝国を建て直した皇帝だけあって、その鋭利な紺碧の瞳は一瞬で人々の目線を集めた。
「これより帝国議会定期報告の議を始める。」
定期報告の議は何事もなくいつも通り進んでいた。おおかた予算の使い道などをマスが説明していた。大きなあくびをしてしまう。ソルに関しては立ったまま寝ている。始まってから30分が過ぎた。もうそろそろ終わるだろう。
「それでは最後に重要な報告がある。」
集中が切れたのか少しざわつき始めていた聴衆が一気に静まり、皇帝の方を向く。俺たちもそちらに注目する。そして、皇帝が口を開く。
「ここ最近、ここユニバーシティでも魔術派、科学派の抗争による事件や殺人などが目に見えて増加している。治安を保つためにはやむを得ない。この街でも南北を分離し、魔術、科学派を分けることとなった。」
ーーーーーーーー
静寂が一瞬を支配する。その後……
おおおおおおおおおおおおおおお
歓喜や、驚愕、悲壮をこめた叫びがあちこちから沸き起こる。
……魔術派と科学派を分離…だと…
自然と拳が固くなる。認められない。何故人々の自由を奪うのか。秘密結社を始めて、派閥によって自由な交友を持てない人々を見てきた。だから、許したくない。そして、俺の理想と反する。ならば、自分は行動しなければならない。
俺は中庭から走り出た。
走り出して、茂みを抜けついた先はカレッジ城の裏口。以前に仕事の依頼で夜中にここに侵入することがあった。そのときに使った武器庫の中に続く入り口(窓とも言う)だ。
「ちょっと待ちなさいよあんた…」
後ろからぜいぜいとフミカが追ってくる。それを茶化すようにフミカの前を、後ろ走りでこちらに来るソル。
「急に…走り出して…どうしたのよ……ここ、裏口?あんたまさか、皇帝を闇討ちでもするつもり!?」
「そんなことするか!!魔術派と科学派の分離の件、やめるように直談判だ。」
「秘密結社の仕事じゃなくない?それ。」
「関係ない。行くのは俺の自由だ。」
我ながら冷静でないのはわかっているが、今行かなければ、次に俺たちの前に皇帝が現れるのは1か月後だ。そんなに待ってはいられない。
幸い、鍵は開いていた。俺は扉というか、窓を開けて、城に入る。演説中であるからか、周りに誰の気配もいない。一気に皇帝のいるベランダまで駆け出そうとすると…
「よっと。」
すたっ、と音がして窓からソルが入ってくる、続いてフミカ。
「なんだよ、結局来るのか。」
「まっ、あたしもあんな政策気に入らないし。」
「デイリーブレイカー特別任務、皇帝に直談判せよ!ってとこだな。」
相変わらず、ツンツンしているフミカとヘラヘラしているソル。いない方が直談判は成功しそうだが…
「じゃあ、行くか。見つかる前に一気に皇帝さんのところまで!」
3人で城を駆け抜ける。そして、大広間の様なところに出た。
「取りあえず何事もなく上まで行けそうだな。」とソル。
「ま、何人か気絶させちゃったけど。」とフミカ。
そう何事もなくはない。流石に誰にも見つからず、とは行かず、何人かソルが殴ってしまった。
「直談判の前に牢屋じゃないのか…」
「そうなったら、逃げるしかねぇな」とソルはいつも通りの笑顔を崩さない。
「確かこの大広間の先が階段でしょ。行きましょ。」
頷き、先に走り出そうとしたとき…
「ほう、報告会中に侵入者とは…物騒になったことよ。」
吹き抜けになった頭上から声が降ってくる。
さらに槍が数十本!!
すかさず、愛剣を鞘から出し、弾く。フミカもソルもそれぞれ回避する。しかし、腕や足に何本かは身を掠める。
槍の一幕が終わり、痛みを感じながらも見上げると2階の欄干に器用に立つ、黒い白衣を来た一人の男がこちらを見下していた。
「あんた…ケミスト・リー」
フミカが言う。
『ケミスト・リー』確か…サイエンスの…
「いかにも、俺がサイエンスが長、天才科学者及び最強の魔術師と名高いケミスト・リーだ。」
ご丁寧に説明してくれた。しかもかなりの自己肯定も忘れずに。
「ここは俗人が入るところではない。去るか、死ぬか、どちらか選べ。」
高らかに物騒なことを口走る議員さん。その目は明らかにこちらをなめている目。
「何か…嫌な感じね、あいつ。」
フミカが耳元で囁き、背中にかけている琴を手に持つ。俺も剣を強く握り直す。
「ほう、死を選ぶか、俗人よ!」
ケミストがそう声をあげると同時に先ほどの2倍の槍がケミストの背後に浮かび上がる。
「俺とソルで槍を弾くから、フミカはあいつを弓で。」
「「了解!」」2人が頷く。
俺は剣をしっかりと構え、ソルは両手に黒いグローブをはめる。
これがソルの魔法具。『失撃の手装』すべての痛みを遮断する手袋。これであの鉄パイプのような槍を殴ることができる。
フミカは琴を弓の形に変形させる。
「これを受けきれるか?俗人ども。」
槍が降り始める。
勿論、常人なら即死レベルの槍撃。しかし、俺たちは常人でも俗人でもなく、秘密結社だ。的確に槍の落ちてくる位置を見極め、叩き落としていく。
しかし、鉄の槍は剣でのキャパシティーを超えてくる。ここで俺は剣に魔力を込める。剣は俺の魔に呼応する。「次元の剣」はその性質、空間を斬る、を起動するのだ。振り下ろされた剣は空を切る。だが、その素振りは未だ剣の間合いに到達すらしていない槍を切り落とした。
正確に表現するならば、次元の剣はその槍があった空間を空間をつたって斬ったのだ。俺は「斬撃波」と呼んでいる。斬るという効果が波のように伝わっていくから。
これにより間合いの外は俺が、内はソルが身体全体を柔軟に使い、落ちてくる槍をすべて落とす。
フミカが音の矢を放つ。ケミストは一瞬驚きの表情に見せたが、すぐに2階から飛び降りてかわす。ケミストが地に足をつけた時には…
「これで槍は全部なの?大したことないわね。私たち秘密結社デイリーブレイカーの敵じゃないわ。」
カランカラン
俺たちはすべての槍をはたきおとし、着陸の衝撃に膝をつくケミストの前に毅然として立っていた。
「はははははは」
偉そうな笑い声をあげ、立ち上がるケミスト。俺たちは再び構え直す。
「もうよい、剣を下げよ。お前たちの実力は十分にわかった。年の割りに良い筋をしている。お前たちは名は何という?」
剣を下ろすが、鞘には入れず警戒は怠らない。 しかし、このケミスト・リーという男、まるで自分がかなり年上であるかのような口ぶりである。
けど、たぶん見た目はまだ若そうだし20代だろうな…
そんなことを考えつつも答える。
「フミカ・アーティスティックよ。それとリケイに、ソル・ピート。秘密結社デイリーブレイカーって言えばわかるかしら?」
「いやわからんな。」
内心ガクッとする。これでもサイエンス直轄の高校では、俺とソルは将来有望と称されていた。そんな二人が脱走し、秘密結社を作ったのだから、組織内で少し位噂になっているかと思っていたが、買いかぶりすぎ……
「歳は?」
「レディに年齢を聴くなんて失礼じゃなくって?」
フミカが何が気に食わないのか、よくわからないところに噛みつく。いや、まあケミストのわかりやすい上から目線は気に入るわけないが。
「貴様がレディと、ははははは。なるほどその浅はかな反発から察するに18くらいか、小娘。」
「当たりよ…」
キーと悔しがるフミカ。別に若いことは悪いことではないと思うのだが。
「高校には通っておらぬのか?通っておれば、城に潜入などという愚かなことはせんな…こんな有能な素材を…」
一人でボソボソ呟いているケミスト。
ここはどうするべきか…早く行かないと皇帝に直談判はできない。目を盗んで逃げるか…それとも…
「そういえば、お前たちの目的を聴いていなかった。処分を下す前に聞いておかねばならんな。」
そっちが聞いてくれるなら好都合だ。正式に通してもらえるかもしれない。
「ちょっと、誰が処分を受ける…」
フミカの口を手で制する。 ここでフミカが口を出すと長引きそうだ。
「皇帝様に面会させてもらいたい。ユニバーシティでの魔術派、科学派の分離の取り止め。しいては、ユニバースの壁の破壊まで考えていただきたいという旨を伝える。」
ケミスト・リーはほう…と何か面白そうなものを見るような目でこちらを眺める。
「お前のような俗人が言ってどうにかなるとでも?」
「最悪、脅してでも変えさせてやるさ。」
売り言葉には買い言葉、つい大きく言ってしまったが、ここで引くわけにはいかない。後ろで話を聞いていた二人の血の気は引いているだろうが。
しばらく微笑しながら下を向いていたケミストが顔を上げる。
「良いだろう。俺が話を議会に通してやる。」
……ん?奴は今なんと言った?
「そんな狸のような腑抜けた面をするな、俺が議会にお前たちの意見を通してやると言ったのだ。」
俺たち3人は喜ぶべきなのか。あまりの急展開に理解が置いて行かれる。
「何であんたがそんなことしてくれるのよ?」
フミカが言いたかったことを代弁してくれる。
「なに、単純な話。俺もこの件には反対ということだ。しかし、覚えておけ俗人。皇帝は政治的権力をほとんど持たん。ただのイエスマン。政治方針の改訂を申し込みたいなら議員にすることだな。」
フミカとソルは落ち着きを取り戻し、やがて二人の顔が明るくなる。
「良かったー。牢屋にぶちこまれたらどうしようかと思ったぜ。」
「これで一件落着ね。」
と、二人は言うが、俺はどうにもこの男が素直に行くとは思えなかった。
そういえば…
「お前が反対なら、そもそも議案は可決されないんじゃないか?」
ケミストはサイエンスの長だ。こいつが反対派なら、議会の内サイエンスに属する人は皆反対だろう。
「良いところに目が行くではないか、俗人。これが多数決制の厄介なところだ。マス、イングリッシュ、そしてソサエティの奴等が賛成派でな、これで5人。勝ち目はない。」
「それじゃあ、どうすんのよ!議会に話をしたって意味ないじゃない!」
フミカがまたカリカリしはじめる。だが、同感だ。こいつはまだ一番重要なことを話していないのではないか?
「そこでお前たちの出番だ。これからソサエティ領の中央都市ジュネープに行き、ソサエティのヒスト、チリ、コウミンの3人をちょっと痛め付けて欲しい。」
なるほど、とどのつまりこいつは俺たちにこれを依頼したかったということか。
「残念ながら、秘密結社デイリーブレイカーは暗殺の依頼はお受けしておりませーん。よって交渉決裂。二人とも戦闘準備!」
フミカがまたこの場を戦場に戻そうとする。流石にこのテンションの上下にはついていきたくないのでスルーする。
「殺せとまでは言っていない。この内二人を一週間程寝込ませれば良い。そうすれば、今週の議会で過半数を取れる。どうだ、悪い話ではないだろう?」
明らかにこいつの目的はこれだ。おそらくこれに乗じてサイエンスに有利な方策を通そうという魂胆なんだろう。
ーーさて、どうしたものか…
協力すれば仕事が済んだ後、こいつに警察に売られる可能性もある。まあ、捕まる気はまったくしないが。
それ以上にもし俺たちがケミスト・リーの差し金だとソサエティの人間に分かれば、サイエンスとソサエティの溝はかつてないものとなるだろう。最悪、8年前の再来、親父の命をを奪ったような内戦になる可能性も……
フミカとソルも悩んでいるようでどちらも無言だ。
「そうか、協力してくれないならば外にいるやからを呼んでお前たちを取り押さえねばならん。いくらお前たちが強いと言えどもあの人数はなぁ…」
そういえば、始めから選択肢はなかった。侵入者なのはこちら、変わらない事実だ。
「良いだろう。その依頼引き受けた。」
ソルはよし、きたとばかりに手を叩いたが、フミカはぶつぶつ文句を言っている。
「話のわかる男だな、お前は…」
そのケミストの声には何か大きなものを手にした悦のようなものが感じられて薄気味悪い。俺たち俗人にそれほど期待するのもこいつの性格上あり得ない。
こいつの中で何かが動き始めた。そう語っているようだった。
俺はケミスト・リーに背を向けてカレッジ城の大広間を後にする。二人も続いてくれる。
「ソサエティ領には科学派出身者は入れん。俺がソサエティ領の門番に入れるよう話をしてやろうか?」
ケミストが少しの優しさを見せてくれる。が、余計なお世話だ。
「生憎、必要ないね。俺たちは秘密結社、壁を越えるなんて十八番の1つだよ。」
「そうか、その顔、覚えたぞ。デイリーブレイカー……」
「俺も覚えたぞ、ケミスト・リー。約束は守れよ。」
そう言い残して、俺たちは来た道を引き返した。