プロローグ
高校生の戯れです。
日が沈む。ここサブジェクト帝国最大の都市ユニバーシティは四方を大きな壁に囲まれていて日没が異様に早い。ユニバースの壁と呼ばれる人間の背丈の数十倍もあろうかと言う壁はあっという間に赤い夕日を沈めてしまう。
この国はかつてから今に至るまで魔術、魔法を主とし奇跡を求める魔術派と、実証を主とし反応を求める科学派が対立している。その象徴がこの壁だ。
しかし、これが太陽を隠すのは俺たちにとっては好都合だ。今回の対象がよく現れるという裏路地の側の家の屋根に陣取る。これから狙うのは連続窃盗犯。達者な魔術師なようでなかなか警察ごときでは捕まえられない。そんなとき俺たちが民間から依頼を受ける。
息を潜めて対象を待つ。辺りが真っ暗になり、しばらく経った。
「早く現れてくれないかねー、帰りたいんだけど。」
と呑気な声を出すのは社員番号3 ソル・ピート。俺の高校時代からの親友で運動好き。
だが今は長身を小さく折り畳んで身を隠している。正座に近い体勢は確かに疲れるだろう。もちろん俺だって早く帰りたい。
そのとき黒いフードを被った男が真下の道に現れる。身長も聞いていた通り、挙動も左右を気にしていていかにも怪しい。あいつで間違いないだろう。
手を挙げる。これが隣にいる弓兵への合図。隣の女は弦を強く引き、黒い男に向かって矢を放つ!
ポロロン!
女は5本もの矢を放ったが、同時に軽やかな音色が響く。その音に気付いた黒い男は慣れた体捌きでかわす…
「音だして闇討ちする奴がどこにいるんだよ!このバカ!」
俺は隣の黒い髪をなびかせる女弓兵、社員番号2 フミカ・アーティスティックに言う。
「そういう魔法具なんだからしょうがないでしょ!」
魔法具、魔術師が主に戦闘のときに使う武器である。
ちなみにフミカのそれは『祈りの琴』と言う弓矢。その名の如く弓なのに琴。遠距離型の武器に音が鳴ると言うのは致命的だが、音を矢に変えるため、無限の矢数をもつのは魅力的だ。
「あっ、あいつ逃げる!さっさと追いかけて!」
そういってフミカは俺を屋上から蹴り落とした。あいつ…後で覚えてろよ… 多少の苛立ちを覚えながらも俺は華麗に着地……とはいかない。やはり急な衝撃に体が耐えられず、足がしびれる。黒い男は走って逃げる。俺はすぐには追えない。
「もう!全く使えないわね!」
と上方で偉そうな声。一体誰のせいなんですかね。痺れる足を気合いで動かすが男との距離は開く。これは無理だわ…そこでもう一人の相棒に声をかける。
「ソル、頼むわ。」
「了解。お前はそこで剣構えとけ。」
ソルの使う魔術はいたって単純。自身の身体能力の底上げ。速く走れるようにしたり、高く跳べるようになる魔術。
あっという間に黒い男の前に回り込み、一蹴り入れる。普通の人なら一発で倒れるソルの蹴りを受けてもなお男は倒れることなく、今度は向きを変え、俺に突進してきた。それは周りの風を巻き込んで空気の渦をつくる。
なるほど、これが男の魔術らしい。
はぁ、背後からため息が一つ。
「無駄なあがきを…さっさと決めちゃって、リケイ。」
俺…リケイは自分の愛剣『次元の剣』の柄を握る。鞘から剣を取りだし一振り。するとその剣先は空気の渦に当たることなく、男を切り裂いた。
うめき声を上げ、倒れ込む男。みねうちなので、命に問題はない。
「お疲れさま、リケイ。」
「フミカ、お前なぁ…!」
「はいはい、文句なら後で聞くから、取りあえずこいつを警察に連れていきましょ。」
斬られてから驚愕の表情を隠せていない黒いフードの男は初めて声を発した。
「まさか、お前らが噂の…」
俺たち三人は顔を見合わせて言った。
「「「秘密結社デイリーブレイカー」」」
「自由とは日常を越えて行くこと。お前は自由に生きなさい。」
親父はそう俺に言い残した。そしてここサブジェクト帝国の内戦に参加して死んでしまった。魔術派と科学派の対立から起きた内戦だった。魔術と科学、どちらにも信仰の深かった親父は無念だっただろう。
だから、俺はその遺志を継いできた。科学と魔術の調和、そして人々の自由を目指して。そしてそれを体現するために秘密結社を作った。
…その名は日常の破壊者・デイリーブレイカー
自由を求め、日常を越えていく者たち。