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1‐9

 部屋に着く頃にはすっかり陽も落ち、灯りは蝋燭を頼るものだけとなる。

繁華街から少し離れた宿は、この時間にもなると静かだ。もう出歩く者もいないだろう。アルフ達も帰って早々に窓際に服を干すと、ベッドに横になる。二人とも目は閉じているがまだ眠りについてはいないだろう。次第に呼吸のリズムも一定となって昼間に昂ぶった精神も落ち着きを取り戻すだろうか。

数刻の時が経ち、夜のとばりが落ちてくる頃、ふと、アルフが口を開いた。

「なあ、まだ、起きてるか?」

 数秒の沈黙の後に返事が返る。

「うん。」

「そう言えば、まだ、お前を助けた報酬を貰ってなかったな。」

 またも数秒の沈黙の後に返事が返った。

「うん。」

「お前はが俺に払えるものって何がある?」

 ガルデニアの呼吸が少し乱れる。その話題がいずれ上がってくることは分かっていたのだが、彼女の返答がひとつしかないことに心苦しさを感じていた。

「本当に申し訳ないけど、何もないわ。それと、お前って言わないでほしいの。せっかくアルフがくれた名前があるんだから。」

 アルフは少し詰まったように名前を呼んだ。

「すまん、ガルデニア。」

 アルフからは見えないが、名前を呼ばれた彼女はとても満ち足りたような顔をしている。アルフは思い出したようなトーンで話を続けた

「それで、報酬の事なんだけど、小さな箱を持ってたよな……。」

「ダメっ!」

 言い終わる前にガルデニアは起き上って声を張る。思わずアルフも上体を起こした。

「あれは……ダメなんです。」

 ベッドの脇のサイドテーブルに置いてある箱を手に取ったガルデニアは、アルフの前でその蓋を開けた。箱はオルゴールで、何の飾り気もないそれは、か細く、しかし繊細な旋律を奏でている。アルフは取り立てて音楽に詳しい訳ではないので、もちろんこの曲について何もわからなかった。ガルデニアも記憶がないとは言うものの、この曲の事だけは覚えていた。といっても曲の旋律と、これが大切な物と言うことだけで、これがどこで作られたものだとかこの曲の思い出だとか、歌詞のある歌なのかそうでないのかなどは知らない。ただ、大切な何かだということだけ。

それが自分の記憶を取り戻すきっかけになる可能性はあるし、何より自分のただ一つのものだったから手放したくないのである。それを離すと自分が自分ではなくなってしまう気がして。

アルフもそう聞いてはこれ以上オルゴールを貰おうなどとは考えないようで、下を向いて思案した。

「まあ、例えばんんだがこういう場合、身体で払ってもらおうかなんてことを言い出す輩も少なからずいるだろうが……。」

コトリ。と、サイドテーブルにオルゴールを置いた音。

身体……。呟いたガルデニアの心臓の音はアルフに聞こえてしまうのかと思うくらい激しく鼓動を刻んでいた。

「私、助けてもらうとき、アルフに何でもするから助けてって言いました……。」

 深呼吸と唾液を飲み込む音、それで幾分か気持ちを抑える。

その後にゆっくりとした衣の擦れる音がした。その音にアルフは顔を上げる。

ガルデニアは着ていたワンピースを足元に落とし、目を見つめた彼女の瞳は重くして動かない。

蝋燭のあたたかな光がガルデニアの細くて白い四肢を闇夜にぼんやりと浮かべた。

アルフは立ち上がり、ガルデニアに近づいた。息の細めた彼女は唇を噛む。

肩に触れたアルフの手は大きく、ガルデニアの肌とは違いごつごつしていた。その感触に、彼女の身体は一層強張る。

「そう言う輩もいるだろうが、俺はそう言うのは求めてないからな。早とちりするな。それに女が、それもガルデニアのような女の子がそうやすやすと男に体を許そうとするんじゃない。」

 ガルデニアの前にひざまずいたアルフは、ワンピースを持ち上げて彼女の肩にひもをかけた。

「今すぐじゃなくていい。長い旅の中でガルデニアが俺に渡せるものができた時にそれをくれればいい。それまで俺は待つから。」

 言い終わると、ガルデニアの目から涙が流れたのを見たアルフは手で涙を拭った。彼女なりに考えた行動なのはわかっていたので彼はそれ以上何も言わなかった。

「ごめんなさい。それと、今日の事は本当に感謝しているわ。ありがとう、アルフ。」

 ベッドに戻って少し経ってからガルデニアはそう呟いた。返事をしないアルフには聞えているかそうでないかはわからない。

 二人は、この後数か月の間、この街にとどまり生活するのであった。一つは当面の金を稼ぐため。もう一つはガルデニアの社会勉強の為。記憶がないというのはあいまいで、確かに過去の事が思い出せないガルデニアであったが、言葉をしゃべることができるし、ある程度の社会的常識もわきまえていた。それでもアルフと暮らす中に言葉の齟齬が発生することが少なからずあったのだ。それを解消させるために人の多い街で暮らしてみることにした。少し時間が立てばそう言ったものがなくなるだろうと信じて。


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